第百十一話 今度こそ、全員帰す
救難信号を受信してから。
《魔導巡航艦エルディオン》の艦内は。
一気に慌ただしくなった。
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特別探索支援任務E―〇七一
目的地
南西未踏地域
距離
約四一〇〇キロメートル
救助対象
《探索船セレスティア》関係者
出航予定
最短十二時間後
最優先事項
安全航行能力の確保
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「十二時間」
リゼットが。
技術管理室の中央で腕を組む。
「普通にやったら三日は必要」
「普通じゃなければ?」
「師匠と私がいるなら、できる」
リリスは頷いた。
「でも、安全は削らない」
「分かってる」
急ぐ。
けれど。
無理に飛ばして。
途中で墜落すれば。
誰も助けられない。
帰ることもできない。
「修理する場所を限定します」
フィオナが。
艦内構造図へ印を付けていく。
「第一主炉、補助炉三基、浮遊機関、推進機関、操舵系統、通信設備、生命維持設備。それ以外は封鎖します」
「居住区は?」
「艦橋近くの士官区画だけ使用します。厨房も小型調理室のみです」
「食堂は?」
「閉鎖です」
「大きい厨房……」
「救助が終わってからです」
『今は料理を惜しんでいる場合ではない』
「分かってるよ」
少しだけ惜しいだけだった。
◇◇◇
リリスは。
第一主炉室へ向かった。
巨大な円筒形の《魔晶燃焼炉》が。
低い音を響かせている。
旧式。
大型。
魔力効率も悪い。
けれど。
三十一年間。
エルディオンを飛ばしてきた心臓だった。
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第一《魔晶燃焼炉》
稼働率
三十一パーセント
魔力変換効率
四十二・六パーセント
冷却循環
一部閉塞
魔力導管
劣化箇所百八十七
長距離航行判定
不可
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「全部交換したくなる」
リゼットが呟く。
「今は駄目」
「分かってる」
「本当に?」
「ちょっとだけ考えた」
『正直すぎるのも問題だな』
クロは。
主炉室の入口で伏せている。
巨体のため。
奥まで入れば。
配管を壊しかねない。
『私はここで異常を監視する』
「お願い」
リリスは。
主炉へ手を触れた。
《神域錬金》。
《完全修復》。
《物質変換》。
使おうと思えば。
炉そのものを。
新型へ作り替えられる。
だが。
今の目的は。
改造ではない。
「悪いところだけ直す」
高密度の魔力が。
主炉を包み込んだ。
破損した魔導線を接合。
摩耗した軸受けを再生。
詰まっていた冷却管を洗浄。
ひび割れた燃焼室を補強。
消耗した部品だけを。
新しい素材へ置換していく。
「出力上昇!」
リゼットが。
計測器を確認する。
「四十、五十、六十……七十二パーセント!」
「上げすぎない」
「七十で固定する!」
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第一《魔晶燃焼炉》
稼働率
七十パーセント
魔力変換効率
七十八・二パーセント
冷却循環
正常
魔力導管
正常
長距離航行判定
条件付き可能
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「一つ終わり」
「次は補助炉!」
リゼットが走り出す。
「転ばないで」
「転ばない!」
直後。
床に残っていた工具箱へ躓いた。
「わっ!」
リリスが。
襟を掴んで支える。
「転んだ」
「まだ転んでない!」
『ほぼ同じだ』
◇◇◇
修理は。
夜通し続いた。
艦内のすべてを直すことはしない。
必要な場所だけ。
最短で。
確実に。
フィオナは。
医療区画と生命維持装置を担当した。
古い治療魔導具を整備し。
薬品。
包帯。
食料。
飲料水。
救助者四十三人以上を想定した物資を。
次々と運び込む。
「生存者が何人いるか分かりません」
フィオナは。
空いた棚へ回復薬を並べた。
「だから、できるだけ多く準備します」
十九年前の乗員が。
全員そのまま生きているとは限らない。
けれど。
救難信号は。
ここにはまだ人がいると告げた。
「怪我人が多い可能性もあります」
「簡易病室も増やそう」
「格納庫に仮設寝台を設置します」
シグレは。
封鎖する艦内区画を巡回した。
扉。
通路。
換気口。
非常脱出口。
侵入される可能性のある場所を。
一つずつ確認する。
「封印施設の中に」
シグレが言う。
「《幻魔機》が残っているかもしれない」
「うん」
「救助だけでは終わらない可能性が高い」
「戦う準備もする」
とはいえ。
エルディオンの武装は。
すべて撤去されている。
艦そのものに。
戦闘能力はほとんどない。
「私たちが戦う」
「それなら問題ない」
シグレは。
静かに頷いた。
「船は私たちが守る」
◇◇◇
深夜。
王城から。
緊急出航許可が届いた。
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民間特別探索艦
《エルディオン》
緊急出航許可
目的
国家機密指定封印施設調査
救難信号発信者の捜索・救助
航路
王都南西航路
高度制限
一部解除
国境通過
特例承認
王国軍支援
待機
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「許可が下りました」
フィオナが。
艦橋へ書類を持ってくる。
「早かったね」
「救難信号と《逆星教団》の情報を添えました」
「王国軍は?」
「追いつける艦がありません」
王国軍の現役巡航艦でも。
南西未踏地域まで。
急行すれば数日を要する。
それでは。
間に合わないかもしれない。
「後続の調査隊は編成されます」
「先に行くしかないね」
「はい」
リリスは。
艦長席から立ち上がる。
「リゼットは?」
「格納庫です」
「まだ作業してる?」
「《アルカディア・トレーナー》の固定作業中です」
『止めても聞かぬだろう』
「見に行こう」
◇◇◇
第一格納庫。
中央には。
十五メートル級の訓練用幻想機。
《アルカディア・トレーナー》が。
固定架へ収められていた。
古びたエルディオンの格納庫に。
新しい白銀の機体が立っている。
「固定完了!」
リゼットが。
機体の足元で腕を上げた。
「魔力供給線も接続した。作業腕も使えるし、艦内修理の補助もできるよ」
「操縦するの?」
「必要なら」
「戦闘は?」
「しない」
「本当に?」
「訓練機で《幻魔機》に突っ込むほど無謀じゃないよ」
『改造を始める可能性はある』
「時間があったらね」
「ないよ」
「分かってる」
格納庫の奥には。
人型の自動人形が。
二十体並んでいた。
戦闘用ではない。
船内作業用に。
リリスが短時間で作ったものだった。
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《汎用艦内作業人形》
配備数
二十体
担当
・機関監視
・魔力導管点検
・物資運搬
・消火活動
・隔壁操作
・救助補助
戦闘機能
なし
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「標準乗員千八百四十人には遠いけど」
「今の航行なら足りる」
リゼットが答える。
「エルディオン自身が、かなりの範囲を制御してくれるから」
疑似精神形成率。
三十一・六パーセント。
完全な意思ではない。
それでも。
艦内の異常を察知し。
扉を開閉し。
航路を補正し。
乗員を守ろうとする。
「エルディオンに任せすぎないようにしよう」
「うん」
リリスは。
格納庫の天井を見上げた。
「私たちも乗員だから」
◇◇◇
夜明け前。
最低限の修理が完了した。
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《魔導巡航艦エルディオン》
航行前最終診断
第一主炉
正常
補助炉三基
正常
浮遊機関
正常
主推進器
正常
補助推進器
六基中四基正常
操舵機構
正常
生命維持設備
正常
長距離通信
一部制限あり
武装
なし
登録乗員
五名
自動作業人形
二十体
《アルカディア・トレーナー》
一機
出航判定
可能
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「終わった……」
リゼットが。
技術席へ突っ伏す。
「まだ出航前です」
フィオナが。
温かい飲み物を差し出す。
「少し休んでください」
「寝たら出航を見逃す」
「出航は全員で行います」
「絶対起こして」
「はい」
「絶対だよ」
「分かりました」
そう言ってから。
十秒も経たず。
リゼットは眠ってしまった。
「早い」
シグレが言う。
『限界だったのだろう』
リリスは。
自分の外套を。
リゼットの肩へ掛ける。
「一時間だけ休もう」
「師匠もです」
「私は平気」
「三度しか起きていないと自慢した人の言葉は信用できません」
『今回は眠ってすらいない』
「少しだけ寝る」
艦長席へ座り。
目を閉じる。
正面表示盤の光が。
静かに弱くなった。
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艦内照明
休息設定
乗員状態監視
開始
出航予定時刻
二時間後
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「エルディオンも、おやすみ」
表示盤が。
一度だけ明滅した。
◇◇◇
午前七時。
王立魔導艦船管理港。
朝日に照らされた。
《魔導巡航艦エルディオン》の周囲から。
整備用の足場が外されていく。
浮遊桟橋には。
ベルナール元艦長。
クラリス大隊長。
軍務省の関係者。
そして。
昨日別れを告げたはずの。
元乗員たちが集まっていた。
「見送りに来てくれたんだ」
艦橋から。
リリスが呟く。
「エルディオンの再出航ですから」
フィオナが微笑む。
リゼットは技術席。
シグレは航行補助席。
クロは艦長席の横。
正式な乗員配置など。
まだ決まっていない。
それでも。
今は全員が。
自分にできることをする。
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王立魔導艦船管理港
出航管制
《エルディオン》
出航許可
進路
南西
第一浮遊桟橋
固定解除
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「主炉出力、五十パーセント」
リゼットが報告する。
「浮遊機関、安定」
「周辺空域に異常なし」
シグレが答える。
「医療区画、物資、救助用寝台の固定を確認しました」
フィオナも。
自分の席へ座る。
『艦内異常なし』
クロが告げる。
リリスは。
古い艦長席の肘掛けを握った。
「エルディオン」
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艦長命令
待機
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「出航するよ」
艦橋の表示盤が。
一斉に青白く輝く。
船体の奥から。
低い駆動音が響いた。
四百八十二メートルの巨体が。
ゆっくりと浮上を始める。
長い間。
管理港へ繋ぎ止められていた。
固定具が。
一つずつ外れていく。
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第一固定具
解除
第二固定具
解除
第三固定具
解除
全固定解除
船体浮遊
正常
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灰青色の艦体が。
桟橋から離れた。
浮遊桟橋に集まった人々が。
一斉に敬礼する。
先頭には。
ベルナールが立っていた。
リリスは。
艦長席から立ち上がる。
胸元から。
受け継いだ艦長認証札を取り出した。
そして。
元艦長たちへ向け。
静かに掲げる。
ベルナールの口が動いた。
遠くて。
声は聞こえない。
けれど。
その言葉は分かった。
――行ってこい。
リリスは。
小さく頷いた。
「主推進器、起動」
「主推進器起動!」
リゼットが。
操作盤へ魔力を流す。
艦尾の推進機関に。
青白い光が集まる。
大気が震え。
巨大な船が。
ゆっくりと前へ進み始めた。
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《魔導巡航艦エルディオン》
航行再開
進路
南西
目的地
《六星封門機構》第二侵食施設
任務
生存者確認
救助
全員帰還
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王都の城壁が。
少しずつ遠ざかる。
街並みが。
屋敷が。
王城が。
朝靄の向こうへ小さくなっていく。
「飛んだ……」
リゼットが。
技術席から立ち上がりかける。
「座ってください」
「でも飛んだよ!」
「飛んでいますから座ってください」
「フィオナ、冷静すぎる!」
そう言いながら。
フィオナの狐耳も。
嬉しそうに立っている。
シグレは。
側面窓から流れる雲を見つめた。
「悪くない」
「すごく気に入ってる時の言い方だね」
「船の旅は初めて」
『まだ港を出たばかりだ』
「それでも旅は始まった」
シグレの言葉に。
クロは目を細める。
『そうだな』
エルディオンが。
王都上空を抜ける。
前方には。
どこまでも続く青空。
その遥か先。
四千百キロメートルの彼方で。
誰かが待っている。
「巡航速度へ移行」
リリスが命じる。
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巡航速度
上昇
推定到着時間
十九時間四十二分後
救難信号
再受信待機
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「十九時間」
フィオナが呟く。
「間に合います」
「間に合わせる」
リリスは。
赤く示された目的地を見つめた。
その時。
長距離受信機が。
小さな反応を捉えた。
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微弱信号
受信
発信源
航路前方
距離
約八百二十キロメートル
信号形式
旧式航路誘導波
登録識別
《探索船セレスティア》
内容解析中
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「セレスティアの信号?」
「救難信号とは発信地点が違います」
フィオナが。
地図を拡大する。
現在の目的地よりも。
ずっと手前。
南西航路の途中。
人の住んでいない山岳地帯だった。
雑音の奥から。
機械的な音声が流れる。
『こちら……航路中継標……七号……』
『セレスティア……通過記録……保存……』
『警告……』
『南西へ進む船へ……』
通信が。
一度途切れる。
そして。
最後の言葉だけが。
艦橋にはっきりと響いた。
『星を……信じるな……』
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未知航路中継標
位置確認
セレスティア通過記録
存在可能性
高
推奨行動
接近調査
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「寄り道になる」
リゼットが。
目的地までの航路を確認する。
「でも、セレスティアが残した情報かもしれない」
「罠の可能性もある」
シグレが。
刀の柄へ手を置く。
『無視して進めば、同じ危険へ正面から踏み込むことになる』
「時間は?」
リリスが尋ねる。
「現在の航路から少し東へずらすだけ」
リゼットが計算する。
「接近確認だけなら、遅れは一時間以内」
救助を急ぐなら。
真っ直ぐ進むべきかもしれない。
だが。
十九年前。
セレスティアが残した記録なら。
封印施設へ安全に近づくための。
重要な手掛かりになる。
「航路変更」
リリスは決断した。
「中継標を確認してから、救助地点へ向かう」
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航路変更
第一経由地
旧式航路中継標七号
任務遅延予測
四十七分
危険情報取得可能性
高
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エルディオンの艦首が。
僅かに進路を変える。
朝の空を切り裂き。
南西へ。
十九年間閉ざされていた航路へ進む。
リリスは。
艦長席から前方を見据えた。
「待ってて」
今も。
どこかで。
助けを求めている人へ。
静かに告げる。
「必ず迎えに行くから」
古き巡航艦は。
青白い航跡を残し。
失われた探索船が辿った空へ。
速度を上げていった。




