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第百十話 十九年越しの救難信号



 《魔導巡航艦エルディオン》。


 新しい艦長の登録を終えても。


 艦橋の青白い光は。


 消えることなく灯っていた。


━━━━━━━━━━


新規任務


世界探索


仲間の保護


未知領域調査


災害救援


帰還


航行準備


開始


━━━━━━━━━━


「航行準備って出てるけど」


 リゼットが。


 隣の操作盤を確認する。


「今すぐ飛ぼうとしてないよね?」


━━━━━━━━━━


回答


主動力炉出力不足


推進系統点検未完了


必要乗員数不足


即時出航


不可能


━━━━━━━━━━


「よかった」


 フィオナが胸を撫で下ろす。


「何がよかったの?」


「リゼットさんと師匠が、そのまま出航させそうだったので」


「しないよ」


「私は少し考えた」


「リゼット」


『正直なのは認めよう』


 リリスは。


 艦長席から立ち上がった。


「まずは私たちを乗員登録しよう」


「所有者と共同管理者だけでは足りない?」


「エルディオンに、誰が仲間なのか覚えてもらいたい」


 艦長認証台へ。


 フィオナが手を触れる。


━━━━━━━━━━


乗員登録候補


フィオナ・ルーヴェル


担当候補


医療


生活支援


魔法戦闘


錬金補助


登録しますか?


━━━━━━━━━━


「担当が多いですね」


「フィオナは何でもできるから」


「師匠ほどではありません」


「私も全部できる」


『張り合うな』


「登録」


 青白い光が。


 フィオナの手を包む。


━━━━━━━━━━


乗員登録


完了


フィオナ・ルーヴェル


担当


医療・生活支援


副担当


魔法戦闘・錬金補助


保護対象設定


最優先


━━━━━━━━━━


「最優先?」


 フィオナの狐耳が動く。


「エルディオンは乗員を守る船だから」


『全員を最優先とするつもりではないか』


「駄目?」


『優先順位の意味がなくなる』


 続いて。


 シグレが認証台へ触れた。


━━━━━━━━━━


乗員登録候補


シグレ・ヤルク


担当候補


艦内警備


近接戦闘


敵性存在迎撃


危険区域先行調査


━━━━━━━━━━


「合ってる」


 シグレが頷く。


「最後の担当だけ少し危険です」


「向いてる」


「向いていることと、安全かどうかは別です」


「フィオナも心配性」


「普通です」


━━━━━━━━━━


乗員登録


完了


シグレ・ヤルク


担当


艦内警備・戦闘


副担当


危険区域調査


保護対象設定


最優先


━━━━━━━━━━


「やっぱり最優先」


『予想どおりだな』


 次は。


 リゼット。


━━━━━━━━━━


乗員登録候補


リゼット・ヴァルカン


担当候補


動力炉管理


艦内整備


魔導技術


鍛冶


改造


解体


再構築


━━━━━━━━━━


「最後の三つが不穏」


 フィオナが言う。


「技術者として普通だよ」


『この船が自ら警戒しているようにも見える』


「してないよね、エルディオン?」


━━━━━━━━━━


回答保留


━━━━━━━━━━


「保留された!」


「まだ知り合ったばかりだから」


「リリスは私の味方だよね?」


「壊しすぎなければ」


「壊さないって!」


『壊しすぎなければ、という条件には反論せぬのだな』


━━━━━━━━━━


乗員登録


完了


リゼット・ヴァルカン


担当


艦内技術管理


副担当


整備・鍛冶・魔導研究


共同管理権限


確認


保護対象設定


最優先


━━━━━━━━━━


「これで技術区画も自由に使える!」


「今日は見るだけです」


「フィオナが厳しい」


 最後に。


 クロが認証台の前へ立った。


 だが。


 大型の神狼であるクロには。


 手を置く場所がない。


『どうすればよい』


「前脚を乗せる?」


『乗る大きさではない』


「鼻」


『断る』


 リリスが。


 認証台へ手を置いたまま。


 クロの首へ触れる。


「私を経由すれば登録できるかも」


 黒い毛並みから。


 冥獄の魔力が流れ込む。


 認証台の光が。


 一瞬だけ大きく揺れた。


━━━━━━━━━━


未登録高位生命体


種族


冥獄神狼ネクロ・フェンリル


名称


クロ


従魔判定


不一致


独立知性体判定


一致


神獣級反応


確認


担当候補


艦内防衛


艦外迎撃


危険察知


艦長監督


緊急停止


━━━━━━━━━━


「艦長監督」


 シグレが。


 小さく笑う。


「緊急停止まである」


 リゼットも笑った。


『誰を停止する役目だ』


 全員の視線が。


 リリスへ集まった。


「どうして私を見るの?」


『自覚がないことが最大の問題だ』


「登録して」


━━━━━━━━━━


乗員登録


完了


クロ


分類


独立知性神獣


担当


特別守護


副担当


艦長監督・緊急停止


保護対象設定


最優先


━━━━━━━━━━


『私まで保護対象か』


「仲間だから」


 正面表示盤が。


 穏やかに明滅する。


━━━━━━━━━━


現在登録乗員


五名


艦長


ノクス


共同管理者


リゼット・ヴァルカン


乗員


フィオナ・ルーヴェル


シグレ・ヤルク


特別乗員


クロ


標準運用必要人数


一八四〇名


現在充足率


〇・二七パーセント


━━━━━━━━━━


「少ない」


「圧倒的に足りませんね」


「自動化するしかないね」


 リゼットが。


 腕を組む。


「古い自動人形を増やして、艦内制御を再構築すれば――」


「それは後で」


 リリスは。


 表示盤へ目を向ける。


「今はエルディオンの中を見たい」


◇◇◇


 艦内は。


 想像していたよりも広かった。


 長い主通路。


 並んだ居住区。


 医務室。


 食堂。


 物資庫。


 訓練室。


 停止した魔導昇降機。


 武装が撤去された区画には。


 大きな空洞が残されている。


「ここなら工房を作れる」


 リゼットが。


 元砲術区画の壁を叩く。


「振動対策も元からあるし、資材運搬路も格納庫へ繋がってる」


「リゼットさん」


「見るだけ。今日は見るだけだから」


 口ではそう言いながら。


 既に小さな帳面へ。


 大量の線を書き込んでいる。


「こちらは医療区画ですね」


 フィオナが。


 古い扉を開いた。


 内部には。


 十数床の寝台と。


 旧式の治療魔導具が残されている。


「まだ使える物もあります」


「全部新しくする?」


「使える物は修理します」


「思い出があるかもしれないから?」


「はい。それに、古い物を直して使うのも錬金術師の仕事です」


「うん」


 格納庫には。


 何もなかった。


 以前は。


 幻想機十二機を搭載できたという。


 現在は。


 機体固定具と。


 整備用足場だけが残されている。


「《アルカディア・トレーナー》なら余裕で入る」


 リゼットが。


 格納庫の高さを測る。


「訓練機を運び込む?」


「整備補助にも使えるし、緊急時には作業機になるよ」


『戦闘用ではないが、何もないよりはよい』


「じゃあ、後で運ぼう」


 リリスは。


 静まり返った格納庫を見上げた。


 いつか。


 ここには。


 《星装幻想機アストラル・ギア》が並ぶ。


 フィオナの機体。


 シグレの機体。


 リゼットの機体。


 そして。


 自分の《黒狼皇機フェンリル・ノクス》。


 だが。


 それはまだ。


 少し先の話だった。


◇◇◇


 艦内を進むうち。


 リリスたちは。


 艦歴記録室へ辿り着いた。


 扉の上には。


 古い文字が刻まれている。


━━━━━━━━━━


《第一航行記録庫》


━━━━━━━━━━


「艦橋の記録核とは別?」


「こちらは詳細な任務記録でしょう」


 フィオナが答える。


 内部には。


 幾重もの記録棚が並んでいた。


 航海記録。


 戦闘記録。


 補給記録。


 修理記録。


 乗員名簿。


 救助者名簿。


 リリスが中央端末へ触れる。


━━━━━━━━━━


艦歴概要


就役期間


三十一年


戦闘任務


四十三件


巨大魔物迎撃


百十二件


輸送護衛


二百七十一件


災害救助


八十九件


救助人数


五千八百七十六名


艦内死亡者


十一名


未帰還任務


なし


━━━━━━━━━━


「五千八百七十六人……」


 フィオナが。


 息を呑む。


「そんなに助けてたんだ」


「だから、帰還にこだわる」


 リリスは。


 端末へ手を置いたまま。


 記録の深部を解析する。


 通常の記録層。


 軍事機密層。


 旧艦長専用層。


 そのさらに下に。


 存在しないはずの。


 小さな領域があった。


「隠し記録がある」


「王国軍の機密?」


「違う」


 リリスは。


 慎重に封印を調べる。


「エルディオン自身が作った場所」


『疑似精神が形成される過程で、独自に保存したのか』


「たぶん」


 封印へ。


 艦長権限を流す。


━━━━━━━━━━


未登録記録領域


管理者


《魔導巡航艦エルディオン》


閲覧条件


現艦長


乗員保護方針


一致


条件確認


開放


━━━━━━━━━━


 壁の一部が。


 低い音とともに開く。


 その奥には。


 小さな記録晶が。


 整然と並んでいた。


━━━━━━━━━━


《第零帰還記録庫》


━━━━━━━━━━


「第一じゃなくて、第零」


 シグレが呟く。


 リリスが。


 最初の記録晶へ触れる。


 空中へ。


 一人の少女の姿が映し出された。


 煤で汚れた顔。


 腕には包帯。


 けれど。


 笑っている。


━━━━━━━━━━


救助記録


災害救助任務D―〇一二


救助対象


ミレイ・アトラ


年齢


九歳


救助地点


北東鉱山崩落区域


帰還確認


家族へ引き渡し完了


━━━━━━━━━━


 次の記録晶には。


 老夫婦。


 その次には。


 負傷した兵士。


 幼い兄弟。


 行商人。


 冒険者。


 遭難した飛空船の乗客。


 エルディオンが救い。


 帰した人々の姿が。


 一人ずつ保存されていた。


「軍の公式記録じゃない」


 フィオナが言う。


「この船自身が覚えていた人たちですね」


「名前だけじゃなくて、顔も」


 リゼットの声が。


 少しだけ震える。


 どの記録にも。


 最後には。


 同じ言葉が残されていた。


━━━━━━━━━━


帰還確認


━━━━━━━━━━


 エルディオンにとって。


 救助は。


 船へ乗せた時点では終わらない。


 安全な場所へ届け。


 家族や仲間のもとへ帰す。


 そこまでが。


 一つの任務だった。


『この船にとっての宝物か』


 クロの念話へ。


 リリスは頷いた。


「うん」


 五千八百七十六人分。


 すべての帰還が。


 ここに残っている。


 ただし。


 一つだけ。


 異なる光を放つ記録晶があった。


 青白い記録晶の中で。


 それだけが。


 弱い赤色に点滅している。


「未完了記録」


 リリスが触れる。


━━━━━━━━━━


救助記録


特別探索支援任務E―〇七一


対象船


《探索船セレスティア》


乗員


四十三名


最終確認地点


南西未踏地域


任務発生


十九年前


状態


捜索打ち切り


帰還確認


未完了


━━━━━━━━━━


「十九年前……」


 フィオナが呟く。


 記録映像が。


 空中へ展開する。


 白銀の小型探索船。


 乗員たちが。


 出航前に並んでいる。


 若い男女。


 学者。


 冒険者。


 護衛兵。


 操船士。


 全員が笑っていた。


━━━━━━━━━━


《探索船セレスティア》


任務


南西未踏地域調査


乗員


四十三名


主要調査対象


古代建造物反応


地下魔力脈


星型封印紋


関連情報


反転した星を掲げる集団の目撃証言


━━━━━━━━━━


「反転した星……」


「《逆星教団》」


 リゼットが。


 表情を引き締める。


 さらに。


 古い地図が表示された。


 南西。


 王都から。


 およそ四千百キロメートル。


 巨大な荒野。


 正式な国境にも含まれない。


 ほとんど人が立ち入らない土地。


 その地点は。


 《六星封門監視晶》が示した。


 二つ目の侵食施設と。


 ほぼ重なっていた。


━━━━━━━━━━


照合結果


《探索船セレスティア》最終確認地点


《六星封門機構》第二侵食施設推定地点


位置一致率


九十六・八パーセント


━━━━━━━━━━


「偶然じゃない」


 シグレが。


 赤い地点を見つめる。


「セレスティアは、封印施設を見つけた」


「そこで何か起きた」


 リリスは。


 残された記録を再生する。


 砂嵐。


 途切れた音声。


 激しく揺れる船内。


 最後に聞こえたのは。


 誰かの叫びだった。


『門が――』


『星が逆さに――』


『地下へ避難しろ!』


 そこで。


 記録は終わっていた。


━━━━━━━━━━


最終通信


十九年前


救難信号


消失


王国捜索期間


三か月


結果


船体未発見


生存者未発見


任務


捜索打ち切り


エルディオン判断


帰還未確認


任務継続


━━━━━━━━━━


「捜索が終わっても」


 フィオナが。


 記録晶を見る。


「エルディオンは諦めていなかったんですね」


「十九年間、ずっと」


 リリスは。


 赤く点滅する記録へ触れた。


「見つけられなくて、ごめん」


 正面端末が。


 弱く明滅する。


━━━━━━━━━━


回答


捜索能力不足


航続距離不足


軍命令により任務終了


救助対象


帰還未確認


━━━━━━━━━━


「エルディオンのせいじゃないよ」


━━━━━━━━━━


回答


未完了


━━━━━━━━━━


 短い文字。


 それだけで。


 この船が。


 十九年間抱えてきたものが分かった。


「行こう」


 リリスが言った。


「まだ船は直っていません」


 フィオナが。


 静かに確認する。


「全部は直さない」


「最低限だけ?」


「安全に飛んで、帰れるようにする」


 リゼットが。


 既に端末へ手を走らせている。


「主炉は旧式だけど稼働可能。第二炉は魔力漏れがあるから封鎖。第一炉と補助炉三基を整備すれば、巡航はできる」


『乗員が足りぬ』


「エルディオン自身の制御を補助する自動人形を用意する。細かい改修は後回し」


「《アルカディア・トレーナー》も積みましょう」


 リゼットが言う。


「作業腕と魔力供給装置が使える。機体を降ろさなくても、格納庫内で緊急修理ができる」


「王国への申請は?」


 フィオナが尋ねる。


「私が出します。封印施設に関係する緊急調査なら、許可は下りるはずです」


「私も報告書を書く」


 シグレが言った。


「要点だけなら早い」


『私は必要物資を確認する』


「じゃあ私は――」


 リリスが言いかけた瞬間。


 艦内のすべての照明が。


 一斉に赤く明滅した。


 警報音。


 通信端末。


 停止していたはずの。


 長距離受信機が。


 勝手に起動する。


━━━━━━━━━━


緊急通信


受信


発信地点


南西未踏地域


距離


約四一〇〇キロメートル


信号規格


旧王国探索船式


識別情報


破損


推定発信元


《探索船セレスティア》


━━━━━━━━━━


「今……?」


 リゼットが。


 息を止める。


「十九年前の信号じゃない」


 リリスは。


 通信へ意識を集中させた。


「現在の信号」


 雑音。


 途切れる魔力波。


 砂を引っ掻くような音。


 その奥から。


 かすかな声が聞こえた。


『……誰か……』


 若い女性の声。


『聞こえますか……』


 フィオナが。


 通信盤へ駆け寄る。


「聞こえています! こちらは《魔導巡航艦エルディオン》です!」


 だが。


 相手には届いていない。


 一方向だけの。


 弱い救難信号。


『門が……目を覚ます……』


『ここには……』


 激しい雑音。


 それでも。


 次の言葉だけは。


 はっきりと聞こえた。


『ここには、まだ人がいる……』


『お願い……』


『助けて……』


 通信が途切れる。


━━━━━━━━━━


救難信号


消失


再受信待機


発信時刻


現在


生存者反応


確認


《六星封門機構》第二侵食施設


危険度


急上昇


━━━━━━━━━━


 艦橋に。


 沈黙が落ちる。


 十九年前に消えた探索船。


 四十三人の乗員。


 現在から届いた声。


 それが本人たちなのか。


 子孫なのか。


 時間さえ歪んだ場所なのか。


 まだ何も分からない。


 ただ。


 一つだけ。


 確かなことがある。


「生きてる」


 リリスは。


 赤く点滅する地点を見つめた。


「誰かが、そこで待ってる」


「整備にはどれくらい必要?」


「全員でやれば」


 リゼットが答える。


「最低限の安全確保だけなら、一日」


「半日にする」


「無茶は駄目です」


 フィオナが。


 強い声で止める。


「急ぐ。でも、安全は削らない」


 リリスは。


 艦長席へ座った。


 認証台へ。


 両手を置く。


「エルディオン」


 正面表示盤が。


 青白く輝く。


「あなたが帰せなかった人を迎えに行こう」


━━━━━━━━━━


特別探索支援任務E―〇七一


再開申請


救助対象


《探索船セレスティア》関係者


任務目的


生存者確認


救助


全員帰還


受諾しますか?


━━━━━━━━━━


「受諾」


 船体全体へ。


 低い振動が広がった。


 古い導管に。


 次々と光が戻っていく。


 十九年間。


 未完了のまま残されていた記録晶が。


 強い青白い光を放った。


━━━━━━━━━━


任務


受諾


目的地


南西未踏地域


距離


約四一〇〇キロメートル


出航準備


開始


最優先命令


生存者確認


救助


全員帰還


━━━━━━━━━━


「今度こそ」


 リリスは。


 光を取り戻した艦橋を見渡した。


「全員、帰すよ」


 フィオナが頷く。


「はい」


「異論なし」


 シグレが。


 刀の柄へ手を添える。


「絶対に間に合わせる」


 リゼットが。


 技術区画へ走り出す。


『ならば急ぐぞ』


 クロが。


 艦橋の扉へ向かう。


 古き巡航艦エルディオンは。


 新しい主人を得たその日に。


 十九年越しの。


 最初の任務を取り戻した。

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