第百八話 六星封門機構
中央制御核の周囲に。
六つの光点が浮かんでいた。
正常稼働している施設。
二つ。
応答しない施設。
三つ。
そして。
今も異界から侵食を受けている施設が。
一つ。
「今すぐ向かわないとしても、放置はできません」
フィオナが。
赤く点滅する光点を見つめる。
「侵食が急激に進んだ場合、今回と同じことが起きます」
「この施設から監視できるようにする」
リリスが。
白銀色の制御核へ触れた。
管理者権限を得たことで。
施設内に残された情報の多くを。
以前より詳しく閲覧できるようになっている。
「他の施設と繋がっていた回路は?」
リゼットが尋ねる。
「ほとんど壊れてる。でも、完全には切れてない」
遥か昔。
世界各地に造られた。
異界侵攻を防ぐ封印施設。
それらは。
独立して動いていたわけではない。
六つの施設が。
互いの状態を監視し。
一つが襲われた場合。
他の五つが補助する仕組みになっていた。
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古代広域封印網
正式名称
《六星封門機構
《ヘキサ・アストラル・シール》》
構成施設
六か所
主要機能
・異界侵攻門監視
・異界座標遮断
・施設間相互防御
・封印魔力相互供給
・侵食情報共有
・緊急管理権限継承
現在の稼働率
二十一・八パーセント
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「六つで一つの封印なんだ」
リゼットが。
空中に浮かぶ接続図を見る。
「だから、この施設が侵食された時、他の場所にも影響が出たのかも」
「逆もある」
リリスが答えた。
「別の施設が完全に奪われたら、そこから他の五つへ侵食を広げられる」
『一つずつ切り離せばよいのではないか』
クロが尋ねる。
「切り離すと、封印の強さが落ちる」
六つの施設が繋がっていたからこそ。
四千年以上。
異界侵攻を防ぎ続けられた。
安全だけを考え。
すべてを独立させれば。
一時的な侵食は防げる。
しかし。
異界側から。
より強い力で門を開かれた時。
一施設だけでは耐えられない可能性があった。
「繋げたまま、侵食だけ防ぐ」
『できるのか』
「今から作る」
『そう答えると思った』
◇◇◇
リリスは。
制御核の前へ。
新たな魔法陣を展開した。
本来の施設間通信術式を残し。
外部からの命令だけを遮断する。
管理権限の偽装。
異界座標の注入。
遠隔術式による書き換え。
それらを。
六つの施設へ到達する前に。
判別して消去する。
「《神域相互封印壁》」
白銀色の魔法陣が。
制御核を中心に広がった。
六つの光点を結ぶ線が。
赤黒色から。
淡い星色へ変わっていく。
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《神域相互封印壁》
構築開始
施設間通信
維持
封印魔力供給
維持
管理権限共有
制限付き許可
異界側命令
完全遮断
不正術式侵入
自動浄化
記録破壊
禁止
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「記録破壊も防ぐんですね」
フィオナが。
表示項目を確認する。
「うん」
侵入を防げても。
犯人の痕跡を消されては。
《逆星教団》を追うことができない。
「外部から接触されたら、全部保存する」
「証拠になりますね」
「それと、私へ連絡する」
リリスは。
インベントリから。
高純度の《魔晶宝石》を取り出した。
無色透明の宝石へ。
六つの封印施設を示す。
星形の術式を刻んでいく。
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新規管理魔道具
《六星封門監視晶
《ヘキサ・ゲート・ウォッチ》》
所有者
リリス・ルクスヴィア
機能
・六施設状態監視
・異界侵食検知
・門起動警告
・管理権限偽装検知
・緊急情報記録
・遠隔封印補助
現在接続数
三/六
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「三つだけ?」
シグレが尋ねる。
「ここを含めて、反応がある三施設」
正常な二施設。
そして。
侵食されている一施設。
応答しない三施設は。
正確な位置すら分からない。
「近づけば繋がると思う」
「持ち歩けるの?」
「うん」
リリスは。
完成した監視晶を。
黒い首飾りの中心へ取り付けた。
星形の光が。
一度だけ明滅する。
『眠っている間にも警告が鳴るのか』
「重大な異常だけ」
『お前が無視しない仕組みにしておけ』
「起きるよ」
「本当ですか?」
フィオナが尋ねる。
「たぶん」
『警告音を最大にしろ』
「うるさいのは嫌」
『世界の危機より睡眠を優先するな』
◇◇◇
監視術式を構築した後。
リリスは。
十二体だけ起動していた。
《古代機装守護兵》へ目を向けた。
施設全体を守るには。
十二体では足りない。
だが。
すべてを動かす前に。
命令体系を書き直す必要がある。
「封門守護六号」
『命令を』
「全守護兵の優先任務を変更する」
青白い観測眼が。
リリスへ向けられる。
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《古代機装守護兵》
新規行動規定
第一優先
異界侵攻門の封鎖
第二優先
民間人および避難者の保護
第三優先
施設管理者および協力者の護衛
第四優先
異界侵食存在の排除
第五優先
施設および記録の保全
禁止事項
・無警告攻撃
・非敵対者への攻撃
・施設外への無制限追跡
・管理権限未確認命令の実行
・異界側命令の受諾
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『命令更新を確認』
封門守護六号が。
片膝をつく。
『新規行動規定――受諾』
「フィオナ」
「私もですか?」
「救助判断を登録して」
古代機装守護兵は。
異界の敵を倒すために造られている。
戦闘能力は高い。
だが。
負傷者の救助。
避難誘導。
敵意を持たない魔物への対応。
そうした判断は。
古い命令には含まれていなかった。
フィオナは。
少し考え。
制御盤へ手を置いた。
「負傷者を発見した場合、敵の排除だけでなく、安全な場所への搬送を優先してください」
『登録』
「子供や高齢者など、自力で避難できない人を先に助けてください」
『登録』
「恐慌状態の魔物は、敵意がなければ討伐せず、施設外へ誘導してください」
『登録』
次に。
シグレが。
戦闘時の危険判定を登録する。
「敵の武器ではなく、攻撃の意思を見る」
『詳細を要求』
「構えていても、攻撃しない者はいる。武器を持っていなくても、危険な者はいる」
『判定方法を要求』
「殺気。魔力の流れ。視線。重心」
封門守護六号は。
しばらく沈黙した。
『高度判断項目』
『完全理解――困難』
「少しずつ覚えればいい」
『学習命令――登録』
「素直」
シグレが。
僅かに頷く。
リゼットは。
守護兵の保守管理項目を登録した。
「関節に異音が出たら止まること! 無理に動かさない!」
『登録』
「魔導回路の損傷が十五パーセントを超えたら、整備区画へ戻る!」
『登録』
「勝手に自分の部品を外さない!」
『該当行動記録なし』
「今後のため!」
『登録』
『技術者個体による分解は許可されるか』
「必要な時だけ!」
『条件が不明瞭』
「私とリリスが一緒にいる時!」
『登録』
『技術者個体単独時――分解拒否』
「そこまで警戒しなくてもいいのに」
『行動予測に基づく安全措置』
『妥当だ』
クロが。
即座に同意した。
「クロまで!」
最後に。
クロの魔力波長が。
緊急停止権限として登録される。
『私に管理権限は不要だ』
「暴走した時に止められる人が必要」
『お前がいるだろう』
「私が暴走した時は?」
クロは。
数秒。
黙った。
『登録しろ』
「判断が早い」
「正しいと思います」
フィオナも頷いた。
◇◇◇
命令更新を終えると。
残る五十二体の守護兵が。
順番に起動していった。
青白い光が。
遺跡の各所へ灯る。
槍を持つ機体。
大盾を備えた機体。
背中へ魔導砲を装備した機体。
翼状推進器を持つ機体。
すべてが。
リリスの前へ集まり。
一斉に片膝をついた。
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《古代機装守護兵》
総数
六十四体
再起動
六十四体
侵食術式
完全除去
管理権限
正常
敵性反応
なし
施設防衛能力
七十八・六パーセント
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『封門守護兵団』
『全機復旧』
『新管理者の命令を要求』
「この場所を守って」
リリスが答えた。
「でも、守るのは施設だけじゃない」
周囲の森。
逃げていった魔物。
辺境に暮らす人々。
ここを調査する。
王国の兵士や技師たち。
「この場所へ来た人が、帰れるようにして」
封門守護六号の観測眼が。
一度。
強く光った。
『命令受諾』
『来訪者帰還支援――最優先補助任務へ登録』
ベルナールから聞いた。
《エルディオン》の艦歴。
人を守り。
必ず帰ってくる船。
似た命令になったのは。
偶然だった。
それでも。
リリスは。
少しだけ嬉しくなった。
◇◇◇
施設の通信塔を復旧させると。
西方辺境軍司令部と。
王城へ報告を送れるようになった。
空中へ。
ガイゼル将軍の映像が浮かぶ。
『召喚円環の消失を、こちらでも確認しました』
「異界門は閉じました」
フィオナが。
調査結果を読み上げる。
「現在、古代施設の封印機能を復元しています。守護兵六十四体も、侵食を除去した上で再起動しました」
『六十四体……』
将軍の映像が。
リリスたちの背後へ並ぶ。
巨大な守護兵たちを見る。
『それらは安全なのですか』
「新しい命令を登録しました」
リリスが答えた。
「民間人を攻撃しない。避難者を守る。侵食された命令は受けない」
『王国軍へ指揮権を移すことは可能ですか』
「限定的なら」
完全な管理権限を。
そのまま渡すことはできない。
《逆星教団》の協力者が。
王国内部に存在する可能性もある。
「辺境軍には、避難と防衛の協力権限を登録します。ただし、異界門の起動や封印解除はできないようにします」
『それで構いません』
ガイゼル将軍は。
すぐに頷いた。
『こちらからも、調査隊と補給部隊を送ります。ただし、到着には数日必要です』
「それまでは守護兵が守ります」
『ありがとうございます』
報告が終わる直前。
王城側から。
新たな通信が割り込んだ。
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王国緊急連絡
報告事項
・異界侵攻阻止を確認
・《逆星教団》関連資料の調査開始
・他封印施設の国家間照会を準備
追加連絡
退役魔導巡航艦購入申請
審査完了
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「エルディオン!」
リゼットが。
通信表示へ駆け寄る。
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審査対象
《王国第三魔導巡航艦エルディオン》
購入申請者
ノクス侯爵
共同管理責任者
リゼット・ヴァルカン
審査結果
承認
決定事項
・優先払い下げ許可
・武装撤去後の艦体譲渡
・王立管理港での初期整備許可
・艦船登録変更許可
・改修計画提出期限の免除
・軍事機密区画の封印処理
引き渡し予定
王都帰還後
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「買える!」
リゼットが。
両手を上げた。
「《アストラル・ノア》にできる!」
「まだエルディオンです」
フィオナが。
すぐに訂正する。
「それに、大規模改修は少しずつです」
「分かってる!」
『その返事は信用ならぬ』
「でも」
リリスは。
承認通知を見つめる。
「これで、世界中を探しに行ける」
応答のない封印施設。
異界侵食を受けている。
遥か南西の施設。
《逆星教団》の痕跡。
王国の地図にすら載っていない。
未知の土地。
すぐに。
すべてへ向かうことはできない。
だが。
エルディオンを。
《アストラル・ノア》へ生まれ変わらせれば。
遠い大陸も。
荒野も。
山岳地帯も。
空に近い古代施設も。
仲間たちと共に。
自由に巡ることができる。
「帰ったら、まず船を受け取る」
「その前に」
フィオナが言う。
「今夜は、ここで野営です」
「もう帰れない?」
「封印機能の安定を、一晩確認します」
「分かった」
『今日は随分と素直だな』
「船が待ってるから」
「理由はともかく、助かります」
◇◇◇
夜。
遺跡中央の広場へ。
野営用の天幕が張られた。
空には。
無数の星。
黒い円環は。
もう存在しない。
広場の外側では。
六十四体の古代守護兵が。
静かに周囲を警戒している。
焚き火の上では。
肉と野菜を煮込んだ。
温かなスープ。
鉄板では。
厚切り肉と茸が焼かれていた。
「古代兵器に囲まれて食べる夕食」
リゼットが。
周囲を見回す。
「ちょっと落ち着かない」
『先ほどまで目を輝かせていた者の言葉とは思えぬな』
「動いてると迫力が違うんだよ」
封門守護六号が。
野営地の近くへ立っている。
『周辺敵性反応――なし』
『食事継続に支障なし』
「食事の安全まで報告してくれる」
フィオナが。
嬉しそうに笑う。
「ありがとう、六号さん」
『感謝を確認』
『返答方法――検索』
少しの沈黙。
『どういたしまして』
「覚えた」
シグレが。
焼いた肉を口へ運ぶ。
「悪くない」
「今日は、おいしいじゃないんだ」
「今日は悪くない」
「戻った!」
笑い声が。
古代遺跡の夜へ広がった。
六つの封印施設。
異界の《幻魔機》。
百年以上。
姿を隠している《逆星教団》。
不安は。
まだ数多く残されている。
それでも。
閉ざされていた門は。
再び守られ始めた。
古き守護兵たちは。
新たな命令を得た。
そして。
王都では。
長い役目を終えた一隻の巡航艦が。
新しい主人たちの帰りを。
静かに待っていた。




