第百七話 復元された十五年の記録
昼食を終えた後。
リリスたちは。
封印管理施設の中央広場へ移動していた。
崩れた石柱。
苔に覆われた床。
停止したまま並ぶ。
六十四体の《古代機装守護兵》。
先ほどまで。
黒い召喚円環が空を覆っていたとは思えないほど。
遺跡は静かだった。
「ごちそうさまでした」
フィオナが。
使い終えた食器を重ねる。
「外で食べるお弁当もいいですね」
「戦いの直後じゃなければ、もっといい」
シグレが。
湯気の残る茶を飲む。
「でも、おいしかった」
「シグレがおいしいって言った!」
リゼットが驚く。
「言う時は言う」
「いつもは『悪くない』なのに」
「今日は、おいしかった」
「珍しい」
「そこまで珍しくない」
『食事の感想だけで騒ぐな』
クロは。
敷物の隣へ伏せながら。
焼いた肉を食べている。
リリスは。
甘露南瓜の蒸し菓子を一つ口へ運んだ。
柔らかな生地。
南瓜の甘み。
少量の星蜜。
「もう一つ食べようかな」
「師匠、三つ目です」
「まだ二つ」
「今持っている分で三つ目です」
「数えてたの?」
「目の前ですから」
『別の場所へ持っていく分まで含めれば、さらに多いだろう』
リリスの手が。
僅かに止まった。
「別の場所?」
フィオナの狐耳が動く。
『独り言だ』
「クロが?」
『私も独り言くらい言う』
「念話で?」
『そういうこともある』
クロは。
何事もなかったように肉へ噛みついた。
リリスは。
小さく頷く。
さすがクロ。
少し強引だが。
秘密は守ってくれた。
◇◇◇
食器を片付けた後。
リリスは。
停止している《古代機装守護兵》の一体へ近づいた。
全高十二・四メートル。
石材のように見える外装。
その下には。
魔導金属製の骨格が存在している。
顔には。
目に当たる細い観測部が一つ。
武装は。
右腕と一体化した長槍。
左腕の大型盾。
背中には。
折り畳まれた推進器らしき構造。
「壊れてない」
リゼットが。
機体の足へ触れる。
「外から命令を書き換えられてただけなんだよね?」
「うん」
リリスは。
施設の管理権限を通じて。
一体の制御核へ接続する。
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《古代機装守護兵》
機体番号
封門守護六号
本来任務
・異界門封鎖
・施設管理者護衛
・侵入存在排除
現在状態
強制休眠
外部侵食術式
残存率一・七パーセント
復旧可能
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「残っている侵食術式を消す」
リリスが。
機体の装甲へ手を置く。
「《完全浄化》」
淡い白光が。
古代機装兵の全身を巡った。
装甲の隙間から。
赤黒い煙が僅かに漏れ。
光に触れて消えていく。
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外部侵食術式
完全除去
本来制御系統
復元
管理者接続
正常
再起動可能
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「起こすの?」
フィオナが尋ねる。
「一体だけ」
『攻撃された場合は、すぐ止めろ』
「分かってる」
リリスは。
管理者権限から。
再起動命令を送った。
「封門守護六号。起動」
古代機装兵の内部から。
低い駆動音が響く。
肩。
肘。
腰。
膝。
装甲の隙間へ。
青白い光が灯っていく。
最後に。
顔の観測部が。
赤ではなく。
淡い青色へ輝いた。
巨大な機体が。
ゆっくりと片膝をつく。
『管理者認証』
古びた。
無機質な音声。
『封印管理者リリス・ルクスヴィア』
「うん」
『長期管理停止を確認』
『異界侵食を確認』
『施設防衛失敗』
『管理個体――謝罪』
「謝らなくていいよ」
リリスは。
片膝をつく守護兵を見上げた。
「外から操られていただけだから」
『管理者承認』
『謝罪命令――解除』
返答が。
少し変だった。
「真面目」
シグレが呟く。
『古代兵器に性格を求めるな』
クロが言う。
「でも、謝ってくれた」
フィオナが。
少し寂しそうに微笑む。
「四千年以上、ここを守っていたのですね」
『稼働記録欠損』
『正確な経過時間――不明』
『現管理者の指示を要求』
「他の守護兵を起こす前に、全部浄化する」
リリスが答えた。
「封門守護六号は、その間ここを守って」
『命令受諾』
古代機装兵は。
ゆっくりと立ち上がった。
青白い目が。
遺跡全体を見渡す。
先ほどまで。
敵として立ちはだかった存在が。
今度は。
静かにリリスたちの背後へ立った。
「味方になると格好いい……」
リゼットが。
目を輝かせる。
『解体禁止』
「まだ何も言ってない!」
『行動予測』
『技術者個体による接触確率――九十二・六パーセント』
「私のこと覚えてるの?」
『外部観測記録を参照』
『技術者個体は、停止直後から当機群を見ていた』
「見られてた……」
『正確だな』
クロの声に。
フィオナが小さく笑った。
◇◇◇
それから。
リリスは。
六十四体すべての侵食術式を除去した。
一度に起動はさせない。
施設の動力供給。
制御核の負荷。
敵味方識別。
命令優先順位。
それらを確認してから。
十二体ずつ。
段階的に再起動する。
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《古代機装守護兵》
総数
六十四体
浄化完了
六十四体
再起動
十二体
待機状態
五十二体
敵性反応
なし
施設防衛機能
一部復旧
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十二体の守護兵が。
巨大な門や。
円形施設の周囲へ配置される。
攻撃のためではない。
外部から。
再び侵食されないよう監視するためだった。
「これで少し安心」
リリスが言う。
『少し、か』
「異界側がまた何かするかもしれないから」
「この施設へ遠隔接続できたのなら」
フィオナが。
空を見上げる。
「別の封印施設にも、同じことをしている可能性があります」
「あると思う」
この遺跡だけが。
特別とは限らない。
四千年以上前。
異界侵攻を防ぐ施設が造られた。
それなら。
侵攻門は。
一つだけではなかった可能性が高い。
「施設の記録復元が終われば、他の場所も分かるかもしれない」
リリスは。
管理画面を確認した。
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不正アクセス記録
復元進行率
八十七・三パーセント
推定完了時間
四十八分
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「もう少し」
「待っている間に、落ちた腕を見たい!」
リゼットが。
勢いよく手を上げる。
「封印の外から見るだけ」
「分かってる!」
『先ほどと同じ返事だな』
◇◇◇
《キメラ・ギガス》の右腕は。
遺跡中央から少し離れた。
岩場へ落下していた。
長さだけでも。
十二メートル近い。
五本の爪。
黒紫色の装甲。
その隙間には。
黒い魔獣組織が詰まっている。
切断面から伸びていた。
肉と金属の繊維は。
神域封印によって停止していた。
「幻想機なのに、生き物みたい」
リゼットが。
封印壁越しに観察する。
「《魔蝕機鋼》が、魔獣の肉と完全に繋がってる」
「機械へ生物を付けたというより」
フィオナが。
少し顔を曇らせる。
「生物を機械へ作り替えたように見えます」
「近い」
リリスは。
腕に残る記録を解析する。
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《キメラ・ギガス》右腕
生体構成
・大型魔獣四種
・魔族組織一種
・死霊魂魄十二個体
・搭乗者神経組織
機械構成
・《魔蝕機鋼》
・瘴気伝導回路
・死霊固定器
・侵蝕型魔導筋繊維
製造方式
生体侵蝕融合
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「十二個体……」
フィオナが。
杖を強く握る。
「魂まで使っています」
「解放できる?」
シグレが尋ねる。
「腕の中に残っている分なら」
リリスは。
封印壁の内側へ手を差し入れた。
「《魂魄完全分離》」
黒い腕の内部から。
淡い光が。
一つずつ浮かび上がる。
人の形ではない。
小さな灯火。
十二個。
苦痛で歪んでいた魔力が。
外へ出た瞬間。
穏やかに変わっていく。
「《魂魄浄化》」
白い光が。
十二の魂を包んだ。
怨嗟。
恐怖。
命令。
拘束。
それらが消え。
魂は。
空へ昇っていった。
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拘束魂魄
十二個体
解放
完了
浄化
完了
残留怨念
なし
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「これで自由」
リリスが。
空を見上げる。
十二の光は。
青空の中へ。
静かに溶けていった。
フィオナは。
胸元へ手を添え。
しばらく。
その光を見送っていた。
「師匠」
「うん?」
「ありがとうございます」
「私がしたかっただけだよ」
『それでよい』
クロが。
短く告げた。
◇◇◇
その時。
施設全体へ。
低い鐘の音が響いた。
地下の制御核から。
白銀色の光柱が立ち上がる。
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不正アクセス記録
復元完了
復元期間
十五年七か月
記録総数
四千八百二十一件
重大侵入記録
六件
物理侵入者記録
一件
遠隔侵入元
特定不能
世界側協力者記録
部分復元成功
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「出た」
リリスたちは。
中央制御区画へ戻った。
◇◇◇
白銀色へ変わった制御核の前。
空中へ。
複数の記録映像が表示される。
最初は。
十五年七か月前。
激しい砂嵐が。
遺跡全体を覆った夜。
山肌の門が。
外部から開かれている。
一人の人物が。
施設内部へ入ってきた。
長い外套。
深く被った頭巾。
顔には。
白い仮面。
体格からも。
種族は分からない。
「この人が、世界側の協力者?」
「記録上、物理的に侵入したのはこの一人だけ」
リリスが答える。
映像の人物は。
迷うことなく。
中央制御核へ向かっている。
初めて訪れた場所ではないような動き。
そして。
制御核の前へ立つと。
懐から。
一つの黒い板を取り出した。
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不明魔道具
機能
・異界座標中継
・管理権限偽装
・遠隔術式注入
・記録破壊
製造系統
判別不能
構成素材
一部解析成功
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表示が。
切り替わる。
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検出素材
《魔蝕機鋼》
含有率
三十一・二パーセント
未知金属
含有率
六十八・八パーセント
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「この世界に、デモナイトが持ち込まれていた」
リゼットが言う。
「十五年以上前から」
「異界側と接触してた証拠」
シグレが。
白い仮面の人物を睨む。
映像の中で。
黒い板が。
制御核へ接続される。
赤黒い文字が。
少しずつ。
本来の封印術式へ混ぜ込まれていった。
すべてを書き換えるのではない。
気づかれないよう。
僅かずつ。
何年も掛けて。
侵食させる方法。
『慎重だな』
クロが言う。
『衝動的な者の仕業ではない』
「長期計画」
フィオナが。
静かに呟く。
記録が進む。
三年前。
遠隔侵食が。
一気に強まる。
そして。
ベヘモス召喚の少し前。
施設から。
別の異界座標へ向けて。
試験接続が行われていた。
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試験接続記録
実行時期
《陸皇亀》出現の二十七日前
接続対象
神獣級生命体存在座標
結果
座標固定成功
対象拘束
不完全
強制召喚
未実行
━━━━━━━━━━
「ベモを……」
リリスは。
そこで言葉を止めた。
「ベヘモスを見つけてたんだ」
危なかった。
「二十七日前には、既に狙われていたのですね」
フィオナは。
記録へ集中していて。
言い直しには気づかなかった。
『そうだな』
クロも。
余計なことは言わない。
映像の最後。
白い仮面の人物が。
制御室を出ようとする。
その瞬間。
頭巾が。
僅かに風でめくれた。
見えたのは。
髪ではない。
耳でもない。
首の後ろ。
皮膚へ刻まれた。
黒い紋章。
欠けた円環。
その中央に。
逆さまの星。
━━━━━━━━━━
紋章照合
王国記録
該当なし
冒険者ギルド記録
該当なし
宗教組織記録
類似情報あり
名称候補
《逆星教団》
記録区分
禁忌宗派
最終確認
百八十三年前
活動状況
消滅済みと推定
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「消滅済み」
リゼットが。
表示を見上げる。
「でも、十五年前にはいた」
「今もいる可能性が高いです」
フィオナの声が。
低くなる。
「百八十三年間、姿を隠していただけかもしれません」
『異界侵略を望む宗派か』
「記録を調べる必要がある」
リリスが。
施設へ新たな検索命令を出す。
だが。
表示された結果は。
予想とは違っていた。
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追加重大情報
復元済み遠隔接続記録を照合
同系統施設
複数存在
確認数
六施設
現在状態
正常
二施設
応答なし
三施設
異界侵食反応
一施設
━━━━━━━━━━
「他にもある」
フィオナが息を呑む。
世界のどこかに。
同じ異界門封印施設が。
少なくとも六つ。
そのうち。
三つは。
応答すらない。
そして。
一つは。
今も異界から侵食を受けている。
「場所は?」
リリスが尋ねる。
世界地図が。
空中へ浮かび上がった。
だが。
座標の大部分は。
損傷している。
正常な二施設。
応答しない三施設。
侵食されている一施設。
表示できたのは。
大まかな方角だけだった。
北。
東。
南。
遠い大陸。
地下深く。
空に近い場所。
その中で。
異界侵食反応を示す。
一つの赤い点。
それは。
この遺跡より。
遥か南西。
王国領を越えた先。
地図上では。
名前すら記されていない。
巨大な荒野の中央に存在していた。
━━━━━━━━━━
緊急警告
第二封印施設
異界侵食率
四十七・九パーセント
侵攻門状態
閉鎖中
遠隔干渉
継続
推定完全侵食まで
算出不能
━━━━━━━━━━
「すぐ行く?」
リゼットが尋ねる。
リリスは。
赤い点を見つめた。
「今日は行かない」
『意外だな』
「場所が遠い。情報も足りない」
今回のように。
到着した直後。
侵攻門が開く可能性もある。
王国への報告。
移動経路。
周辺地域。
封印施設の状態。
準備すべきことは多い。
「それに」
リリスは。
制御核へ手を触れた。
「まず、ここを完全に安全にする」
六十四体の守護兵。
地下の封印装置。
異界側の再侵入防止。
《逆星教団》の痕跡。
置き去りにして。
次へ進むわけにはいかない。
『妥当だ』
クロが頷く。
「師匠が先に進まないって言った……」
フィオナが。
少し驚いた顔をする。
「私だって考えるよ」
「成長しましたね」
「子供みたいに言わないで」
シグレが。
僅かに笑う。
「でも、偉い」
「シグレまで」
危険な侵攻門は閉じた。
遺跡も取り戻した。
だが。
異界の軍勢。
百年以上姿を隠していた《逆星教団》。
世界各地に眠る。
六つの封印施設。
今回の戦いは。
一つの門を閉じただけ。
その先には。
リリスたちが。
まだ知らない場所と。
新たな敵。
そして。
古代から続く秘密が待っていた。




