第百四話 西方封鎖遺跡群
屋敷へ戻った頃には。
空が。
茜色に染まり始めていた。
リリスたちは。
夕食より先に。
応接室へ集まっている。
大机の中央には。
ベルナールから預かった。
十五年前の航行記録板。
その周囲には。
王国から受け取った地図や。
ベヘモス召喚地点の調査資料が並べられていた。
「似てる」
リリスが。
二つの術式を重ねて表示する。
一つは。
十五年前に記録された。
西方の空間異常。
もう一つは。
《陸皇亀》が召喚された場所に残っていた痕跡。
円環の大きさ。
星形術式の数。
空間固定線の伸びる方向。
完全に同じではない。
だが。
根本となる構造は。
明らかに共通していた。
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術式比較解析
第一術式
十五年前の西方空間異常
第二術式
《陸皇亀》召喚痕跡
構造類似率
六十一・四パーセント
共通要素
・超大型対象指定
・異界座標固定
・空間強制穿孔
・召喚対象拘束
・遠隔魔力供給
相違点
・術式規模
・使用魔力量
・対象固定精度
・召喚完了工程
推定
十五年前の術式は
試験または失敗例である可能性が高い
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「試験……」
フィオナが。
僅かに眉を寄せる。
「十五年前から、あれほど大きな神獣を召喚する準備をしていたのでしょうか」
「もっと前かもしれない」
リリスは答えた。
「記録に残ったのが十五年前なだけで、術式そのものはさらに古い可能性がある」
「遺跡に残っていた装置を使った?」
リゼットが尋ねる。
「それなら、人間一人では扱えない規模でも説明できる」
「古代文明の装置か」
シグレが。
表示された魔法陣を見る。
「それを誰かが再起動した」
『あるいは、今も自動的に動いているかだ』
クロの言葉に。
室内が静かになる。
使った者がいる。
そう考えていた。
だが。
古代施設そのものが。
一定条件で異界の存在を召喚し続けている可能性もある。
「それは困る」
リリスが言った。
「次もベモくらい大きいのが来たら、隠す場所を作るのが大変」
『問題はそこではない』
「分かってるよ」
フィオナが。
首を傾げる。
「ベモ?」
「何でもない」
「今、ベモと言いませんでしたか?」
「言ってないよ」
『言ったな』
「クロ」
『私は嘘をつかぬ』
「新しい素材の名前を考えてただけ」
「どのような素材ですか?」
「まだ考え中」
危ない。
あと少しで。
秘密の契約神獣について。
自分から話すところだった。
リリスは。
何事もなかったように。
記録板へ視線を戻した。
◇◇◇
「明日、王城へ申請を出します」
フィオナが。
必要な書類を揃えていく。
「《西方封鎖遺跡群》は、王国特別探索権の対象です。ただし、高危険度封鎖区域なので事前許可が必要です」
「どれくらい掛かる?」
「通常なら一週間以上です」
「長い」
「ですが」
フィオナは。
ベヘモス召喚事件の資料を持ち上げた。
「今回は事件調査への参加許可も得ています。緊急性を認められれば、早くなると思います」
『申請を終えるまでは、勝手に転移するな』
「しないよ」
『本当か』
「たぶん」
『やはり信用できぬ』
「師匠」
フィオナが。
静かな声で呼ぶ。
「許可が出るまで待ってください」
「はい」
「返事だけは素直」
シグレが言った。
◇◇◇
その日の夕食は。
鶏肉と茸の炊き込みご飯。
根菜の味噌風スープ。
白身魚の香草焼き。
そして。
甘露南瓜を使った。
柔らかな蒸し菓子だった。
「南瓜」
リリスは。
皿の上へ乗った蒸し菓子を見る。
「今日はたくさんありますよ」
フィオナが答える。
「マルタさんが、リリス様は最近南瓜を食べたそうだと言っていました」
「うん」
『本当にお前が食べたいのか』
「食べるよ」
嘘ではない。
リリスも食べる。
ただし。
この後。
《神獣楽園》へ持っていく分も必要だった。
「クロは食べる?」
『肉の後ならな』
「シグレは?」
「一つ」
「リゼットは?」
「三つ!」
「食べすぎないでください」
フィオナが。
すぐに止める。
謎の召喚術式。
危険な封鎖遺跡。
明日には。
新たな調査が始まるかもしれない。
それでも。
食卓を囲む時間は。
普段と変わらなかった。
リリスは。
炊き込みご飯をおかわりし。
南瓜の蒸し菓子を二つ食べた。
そして。
誰にも気づかれないよう。
さらに十個を。
インベントリへ収納した。
◇◇◇
翌朝。
午前八時。
王城から。
緊急魔導通信が届いた。
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王国特別探索許可
申請者
S級冒険者ノクス
同行者
B級冒険者フィオナ・ルーヴェル
A級冒険者シグレ・ヤルク
B級冒険者リゼット・ヴァルカン
独立知性神獣
《冥獄神狼クロ》
調査対象
《西方封鎖遺跡群》
目的
・十五年前の空間異常調査
・古代召喚術式の確認
・ベヘモス召喚事件との関連調査
許可区分
王国最高危険区域特別調査
支援内容
・王立転移門使用許可
・西方辺境軍施設利用許可
・機密地図貸与
・調査資料優先閲覧
注意事項
発見した召喚装置を
許可なく起動しないこと
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「最後の注意」
リゼットが。
通信文の最下部を見る。
「私たちに向けて書かれてる気がする」
『間違いなくそうだ』
「起動しないよ」
リリスが答える。
「最初は調べるだけ」
『最初は、か』
「必要なら止める」
十五年前の術式が。
まだ動いているなら。
放置することはできない。
次に召喚される存在が。
ベモのように意思疎通できる神獣とは限らない。
世界そのものへ敵意を持つ。
危険な存在かもしれない。
「準備します」
フィオナが立ち上がる。
「保存食、回復薬、野営道具、地図、記録用魔道具」
「全部インベントリにあるよ」
「確認は必要です」
「はい」
「刀は持った」
シグレが。
腰の《天月神刀》へ触れる。
「整備道具も持った!」
リゼットは。
工具鞄を背負っている。
「遺跡の機械なら、分解していい?」
「最初は見るだけ」
「師匠と同じこと言ってる」
「リゼット」
「分かってるって!」
『不安な二人だ』
◇◇◇
王立転移塔。
巨大な転移門の前には。
王国騎士。
宮廷魔導師。
西方辺境軍へ送られる物資が集められていた。
目的地は。
王都から約二千二百キロメートル離れた。
西方辺境都市。
《城塞都市グラウベル》。
そこから。
封鎖遺跡群までは。
さらに四百キロメートル。
「一度で遺跡まで行けないの?」
リゼットが尋ねる。
「正確な転移座標が存在しません」
転移門を管理する宮廷魔導師が答えた。
「また、封鎖区域周辺は空間が不安定です。無理に転移すれば、転移先がずれる危険があります」
「歩いて四百キロ?」
「飛ぶ」
リリスが答える。
「みんなを浮かせて行けば早いよ」
「先に辺境軍から状況を聞きましょう」
フィオナが。
また釘を刺す。
「最近の魔物分布や、魔力嵐の発生状況も確認しなければなりません」
「分かった」
『今日は素直だな』
「ちゃんと学習してる」
「本当ですか?」
「少しは」
転移門へ。
青白い光が満ちていく。
門の向こう側に。
石造りの城壁。
乾いた大地。
遠くに連なる山々が映し出された。
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転移先
《城塞都市グラウベル》
距離
約二千二百キロメートル
接続状態
安定
周辺危険反応
なし
転移許可
承認済み
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「行こう」
リリスが。
一歩前へ出る。
フィオナ。
シグレ。
リゼット。
クロが続く。
光が。
全員を包み込んだ。
◇◇◇
次の瞬間。
乾いた風が。
リリスの外套を揺らした。
石造りの転移塔から出ると。
目の前には。
王都とは異なる景色が広がっている。
高く厚い城壁。
土と石で作られた建物。
武装した辺境兵。
街の外には。
茶色い草原。
さらに西には。
黒緑色の森林と。
幾重にも重なる険しい山々。
「遠くまで来ましたね」
フィオナが。
風に揺れる髪を押さえる。
「空気が違う」
シグレが。
西の山を見る。
「魔力が乱れている」
「うん」
リリスにも分かった。
遠く離れているにもかかわらず。
山岳森林地帯の奥から。
僅かな空間の歪みが届いている。
規則的ではない。
呼吸するように。
膨らみ。
縮んでいる。
『何かが動いているな』
クロが。
低い声で告げた。
その時。
辺境軍の兵士が。
慌てた様子で転移塔へ駆け込んできた。
「王都より来られた《黒月》の皆様ですか!」
「そうです」
フィオナが答える。
「何かありましたか?」
「今朝、封鎖遺跡群の方向で異常が発生しました」
兵士は。
息を整えながら続ける。
「森林一帯の魔物が、東へ逃げ始めています」
リリスたちの表情が変わる。
十五年前。
同じことが起きていた。
「他には?」
リリスが尋ねる。
「遺跡上空に、巨大な黒い円環が出現しました」
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緊急情報
《西方封鎖遺跡群》
異常空間反応
急速上昇
魔物大量逃走
確認
巨大召喚円環
出現
推定状態
召喚術式起動中
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遺跡は。
眠っていなかった。
リリスたちが到着した。
その日に。
十五年前の術式が。
再び動き始めていた。




