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第百一話 古き訓練機と新たな時代



 翌朝。


 屋敷の正門前へ。


 巨大な影が近づいてきた。


「来た!」


 まだ朝食を食べ終えたばかりだというのに。


 リゼットは。


 正面玄関から勢いよく飛び出した。


「リゼット、帽子」


「忘れた!」


 フィオナが持っていた青い作業帽を。


 後ろから投げる。


 リゼットは振り返らず。


 片手で受け取った。


「ありがとう!」


「廊下を走らないでください!」


「もう外だから大丈夫!」


「そういう問題ではありません!」


 リリスたちも。


 少し遅れて外へ出る。


 正門の向こう。


 屋敷へ続く大通りを。


 八頭立ての大型魔導牽引車が進んでいた。


 その後方には。


 黒い布で覆われた巨大な積載台。


 護衛として。


 王立幻想機兵団の騎士と技師たちが同行している。


 積載台の全長は。


 二十メートルを超えていた。


『あれか』


 クロが。


 庭園の中央で顔を上げる。


「うん」


 リリスも。


 布の下へ視線を向けた。


 《神域鑑定》を使えば。


 内部構造まで一瞬で把握できる。


 けれど。


 今日は使わなかった。


 せっかくなので。


 布が外される瞬間を見たかった。


◇◇◇


 牽引車は。


 昨日作った仮設格納庫の前で停止した。


「退役訓練用幻想機の引き渡しに参りました」


 隊列の先頭に立っていたのは。


 幻想機兵団の副隊長だった。


「受領責任者は、リゼット・ヴァルカン殿で間違いありませんか?」


「はい!」


「機体管理責任者として、ノクス侯爵閣下のお名前も記載されています」


「侯爵閣下はやめてください」


 リリスが言う。


「承知いたしました、ノクス殿」


「それでお願いします」


 副隊長は。


 書類を二人へ渡した。


━━━━━━━━━━


退役幻想機譲渡証明書


機体名称


汎用幻想機アルカディア・トレーナー


製造年


王国暦七八二年


全高


十八・六メートル


機体重量


百八十二・四トン


操縦方式


単座式魔導操縦桿型


主動力


魔晶燃焼炉マナ・リアクター


現在状態


武装撤去済み


軍用術式除去済み


出力制限機構作動中


訓練機能


使用可能


━━━━━━━━━━


「本当に貰えるんだ……」


 書類を見つめるリゼットの声が。


 僅かに震えていた。


「昨日もそう聞いたでしょ?」


「聞いたけど、実物が来るまでは夢かもしれないと思ってた」


『随分と現実的な夢だな』


「布を外してもいい!?」


「どうぞ」


 副隊長が合図する。


 積載台の周囲へ立っていた技師たちが。


 固定具を解除した。


 黒い布が。


 魔導巻き上げ機によって引かれていく。


 最初に見えたのは。


 灰白色の脚部。


 次に。


 厚い腰部装甲。


 腕。


 胴体。


 そして。


 騎士兜を思わせる頭部。


 《汎用幻想機アルカディア・トレーナー》。


 訓練用の機体であるため。


 装甲には何度も補修された跡が残っている。


 色も褪せ。


 肩には小さな傷が無数に刻まれていた。


 武装は外され。


 両手には何も握られていない。


 それでも。


 十八メートルを超える人型機体は。


 立っていない状態でも。


 圧倒的な存在感を放っていた。


「おお……」


 リリスの目が。


 僅かに輝く。


「大きいですね」


 フィオナが。


 頭部を見上げる。


「実戦で見た機体より、少し細い」


 シグレは。


 腕部と脚部の形状を観察している。


「訓練用だからでしょうか」


「装甲と魔導出力を落として、操縦しやすくしてある」


 リゼットが答える。


 彼女は。


 既に積載台へ登っていた。


「この膝関節、第三世代型だ。今の機体より回転域が狭い。でも、構造が単純だから整備しやすい……肩部の魔力導管も外から交換できる!」


「まだ触らないでください」


 副隊長が言った。


「引き渡し手続きが残っています」


「すみません!」


 リゼットは。


 機体へ伸ばしていた手を引っ込めた。


 だが。


 目だけは離していない。


◇◇◇


 書類確認が終わると。


 機体は。


 魔導牽引装置によって格納庫へ運び込まれた。


 天井の大型固定器が。


 機体をゆっくりと立ち上がらせる。


 金属音。


 魔導駆動音。


 床を伝う振動。


 やがて。


 《アルカディア・トレーナー》は。


 巨大格納庫の中央で。


 両足を大地につけた。


「……立った」


 リゼットは。


 子供のような表情で見上げていた。


『昨日まで存在しなかった格納庫へ、今日、幻想機が立っている』


 クロが周囲を見回す。


『相変わらず展開が早いな』


「次は動かしてみよう」


「すぐにですか?」


 フィオナが尋ねる。


「点検が先」


 リゼットが。


 意外にも冷静な声で答えた。


「十五年前の機体だし、輸送中に緩んだ場所があるかもしれない。魔導炉を動かす前に全部確認する」


『機械を前にしても最低限の理性は残っていたか』


「失礼だなあ」


 幻想機兵団の技師たちも加わり。


 点検が始まった。


 リリスは。


 今度こそ《神域鑑定》を発動する。


━━━━━━━━━━


汎用幻想機アルカディア・トレーナー


分類


旧式訓練用幻想機


総合状態


良好


骨格摩耗率


十二・七パーセント


装甲劣化率


十八・二パーセント


魔導回路損耗率


九・四パーセント


主動力炉


魔晶燃焼炉マナ・リアクター


炉心残量


六十八パーセント


推定連続稼働時間


通常訓練時:約十一時間


高出力稼働時:約四十七分


主要問題


・右膝部魔力伝達率低下


・左肩部補助回路断線


・背部放熱器効率低下


・操縦席緊急遮断術式旧式化


危険性



━━━━━━━━━━


「右膝と左肩。背中の放熱器も少し悪い」


「分かるの!?」


「うん」


 リリスが。


 鑑定結果を共有する。


 リゼットは。


 表示された数値を一つずつ確認した。


「すごい……軍の検査結果とほとんど同じ」


 幻想機兵団の技師が驚いた声を上げる。


「背部放熱器の低下は、昨日の検査では発見できなかったぞ」


「内部に細い亀裂がある」


 リリスが指を向ける。


「ここ」


 《万象解析》で。


 亀裂の位置を立体表示する。


「本当だ」


 リゼットが。


 すぐに作業台から器具を取った。


「交換しなくても直せる。師匠、補修用の創石繊維を少しだけ出して」


「分かった」


 リリスとリゼット。


 幻想機兵団の技師たち。


 さらに。


 興味を持ったフィオナとシグレも加わる。


 大規模な改造はしない。


 今日は。


 あくまで安全に起動できる状態へ戻すだけ。


 それでも。


 巨大な機体の周囲で行う作業は。


 普段の武具整備とは全く違っていた。


 足首の部品一つが。


 人間の胴体ほどある。


 外した装甲板を運ぶには。


 複数人用の魔導搬送機が必要になる。


「大きい機械って面白いね」


 リリスが言う。


『お前まで完全に楽しんでいるではないか』


「うん」


「師匠、そこの回路を押さえて!」


「ここ?」


「もう少し右!」


「これ?」


「それ!」


 クロは。


 格納庫の入口へ伏せ。


 作業を眺めていた。


『夕食までには終わるのだろうな』


「たぶん!」


 リゼットが答える。


『不安しかない』


◇◇◇


 二時間後。


 すべての点検と補修が終わった。


「主動力炉を起動する」


 リゼットが。


 操縦席へ続く昇降機へ乗る。


「最初は軍の操縦士が行うのでは?」


 フィオナが尋ねた。


「譲渡済みなので、所有者が起動して構いません」


 副隊長が答える。


「ただし、出力は最低段階。歩行は禁止。姿勢制御と各部反応の確認のみです」


「分かりました!」


 リゼットが。


 胸部に開いた操縦席へ入る。


 装甲扉が閉じる。


 格納庫内に。


 警告音が響いた。


━━━━━━━━━━


《アルカディア・トレーナー》


起動確認


操縦者


リゼット・ヴァルカン


魔力波長登録


開始


━━━━━━━━━━


『リゼット、聞こえるか』


 クロが念話を送る。


「聞こえるよ!」


 操縦席内の通信機から。


 リゼットの声が響く。


「操縦席、ちょっと狭い。でも配置は分かりやすい!」


「炉心を起動してください」


 技師が指示する。


「炉心接続。魔晶燃焼開始!」


 機体の胸部。


 幾重もの装甲に守られた場所で。


 青白い光が灯った。


 低い駆動音。


 魔力が。


 全身の導管へ流れていく。


 腕。


 脚。


 背部。


 頭部の順に。


 魔導回路が点灯する。


 最後に。


 兜型頭部の双眼が。


 淡い青色に輝いた。


━━━━━━━━━━


主動力炉


魔晶燃焼炉マナ・リアクター


起動状態


正常


出力


五パーセント


各部魔力伝達


正常


操縦者負荷


軽微


━━━━━━━━━━


「動いた……!」


 リゼットの声が。


 少し震える。


 巨大な右手が。


 ゆっくりと持ち上がる。


 五本の指が。


 一つずつ動いた。


 続いて。


 頭部が左右を見る。


 肩が回る。


 膝が。


 僅かに曲がった。


 人間の動きとは比べものにならないほど遅い。


 ぎこちない。


 けれど。


 確かに。


 十八・六メートルの鋼鉄の巨人が。


 リゼットの意思で動いている。


「すごい!」


 フィオナの狐耳が立つ。


「大きな人間みたい」


 シグレも。


 少しだけ目を見開いていた。


「私も刀を持たせてみたい」


『まだ気が早い』


「クロも乗ってみる?」


『断る』


 リリスは。


 動く機体を見上げながら。


 内部の魔力循環を観察していた。


 《魔晶燃焼炉》から生まれた魔力は。


 全身へ送られ。


 使用後。


 ほとんど回収されずに放出されている。


 熱。


 残留魔力。


 術式損失。


 あまりにも無駄が多い。


「もったいない」


 リリスが呟いた。


『何がだ』


「魔力」


 炉心から出た魔力の。


 半分近くが。


 動力として使われる前に失われている。


 使用後の魔力も。


 ほぼすべてが廃熱と一緒に捨てられていた。


「戻せると思う」


「何を?」


 通信を通じて。


 リゼットが尋ねる。


「使った魔力を炉へ戻すの」


 一瞬。


 機体の動きが止まった。


「……戻す?」


「全部は無理だけど。循環路を作って、大気中の魔力も少しずつ集めれば、燃料の消費をかなり減らせる」


 リゼットは。


 操縦席の中から。


 魔導炉の表示を確認する。


「今の炉は、魔晶を燃やして使い切るだけ」


「うん」


「でも、循環させれば……」


 通信の向こうで。


 息を呑む音がした。


「何倍も長く動ける」


「たぶん十倍以上」


「十倍!?」


 幻想機兵団の技師たちが。


 一斉にリリスを見た。


「通常航行なら、もっと長くできると思う」


「理論上は可能かもしれない」


 年長の技師が言った。


「だが、使用後の魔力は波形が乱れている。そのまま炉へ戻せば、魔晶が破損するぞ」


「整えてから戻す」


「どうやって?」


人工魔晶宝石マナジェムを間に置く。魔力を一度受け止めて、純化して、必要な波長へ変換する」


 リゼットが。


 すぐに理解した。


「循環回路の途中に、小型の魔力調整槽を置くんだ」


「うん。それと、外部魔力吸収用の術式」


「安全装置も必要。炉心が満ちたら吸収を停止させて、余剰魔力は補助蓄積槽へ……」


 二人の会話が。


 次第に速くなる。


「待ってください」


 副隊長が。


 困惑した表情で手を上げた。


「お二人は今、この場で新型動力炉を考案しているのですか?」


「まだ大まかな構造だけです」


 リリスが答える。


「でも、作れると思う」


「名前も決めよう!」


 リゼットが言った。


「もうですか?」


「名前があった方が作りやすい!」


「そういうものなの?」


『恐らくリゼットだけだ』


 リリスは。


 淡い青色に輝く機体を見上げた。


 星のような魔力を。


 体内の血液のように循環させる。


 新しい魔導炉。


「《星脈循環魔導炉アストラル・サーキュレーター》」


 その名前が。


 格納庫の中へ響いた。


━━━━━━━━━━


新規開発構想


星脈循環魔導炉アストラル・サーキュレーター


基本機能


・使用済み魔力回収


・魔力波形純化


・炉心再供給


・外部魔力吸収


・余剰魔力蓄積


・魔力逆流防止


・自動過熱制御


想定効果


・連続稼働時間増加


・燃料消費大幅削減


・魔導出力安定化


・操縦者負担軽減


開発段階


基本構想


━━━━━━━━━━


「できたら、王国へもデータを渡そう」


 リリスが言う。


「いいの?」


「安全装置と基本構造はね」


 幻想機兵団から。


 訓練機を受け取った。


 その技術を参考にするのなら。


 完成した安全技術を返すのは。


 悪いことではない。


「この炉が本当に完成すれば……」


 副隊長は。


 起動した訓練機を見上げた。


「王国の幻想機は、補給能力に縛られなくなる」


「王国だけじゃないよ」


 リゼットが。


 操縦席の中で答える。


「他の国でも作れるように、危険のない部分は共通規格にできる」


 幻想機技術が。


 王国から。


 世界へ広がっていく。


 それが。


 将来どのような変化を生むのか。


 この時。


 まだ誰にも分からなかった。


◇◇◇


 起動試験を終え。


 《アルカディア・トレーナー》の光が消える。


 胸部装甲が開き。


 リゼットが昇降機で地上へ降りてきた。


「どうだった?」


 リリスが尋ねる。


「最高だった!」


「怖くなかったのですか?」


「少しだけ」


 リゼットは。


 自分の両手を見る。


「でも、機体が自分の体になったみたいだった。手を動かしたら、あの大きな腕が動いて……」


「今の操縦方式だと、動きに遅れがある」


「うん。操縦桿を動かして、魔導回路が命令を読んで、それから機体が動く」


「思考と体の動きを直接繋げられたら、もっと速くなる」


 リゼットの顔が。


 再び輝く。


「それも作ろう!」


『話が増えたな』


「《魂装操縦機構ソウル・リンク・システム》」


 リリスが。


 その場で名前を付けた。


「師匠、今日は名前が出るの早いね」


「楽しいから」


『理由になっていない』


 フィオナは。


 訓練機を見上げた。


「その操縦方式なら、私たちの魔法や剣技も機体へ反映できるのでしょうか」


「できると思う」


「なら」


 シグレが。


 腰の刀へ触れる。


「幻想機でも、いつもと同じ抜刀ができる」


「専用機を作る時は、みんなの戦い方に合わせよう」


 リリスが答える。


「フィオナは魔法と結界」


「はい」


「シグレは刀と高速戦闘」


「うん」


「リゼットは修理と工房機能」


「大きなハンマーも欲しい!」


『私は除外しろ』


「クロは機体に乗らないで、装甲を着ける形かな」


『話を聞け』


 格納庫へ。


 笑い声が広がった。


 その中央には。


 一機の古びた訓練機。


 武器もない。


 特別な能力もない。


 十五年前に造られ。


 役目を終えたはずの機体。


 けれど。


 その機体から。


 新しい魔導炉。


 新しい操縦方式。


 そして。


 新たな幻想機の構想が生まれ始めていた。


━━━━━━━━━━


《新世代幻想機開発計画》


第一段階


完了


取得済み基礎情報


・幻想機基本骨格


・魔導筋繊維


・魔力伝達構造


・操縦方式


・姿勢制御術式


・《魔晶燃焼炉》構造


新規開発候補


・《星脈循環魔導炉》


・《魂装操縦機構》


・新型共通幻想機骨格


・操縦者保護機構


━━━━━━━━━━


『先に言っておく』


 クロが。


 楽しそうに機体を見上げる四人へ告げる。


『今日はこれ以上、格納庫から出ぬつもりではあるまいな』


「昼食はここで食べる?」


「駄目です」


 フィオナが。


 珍しく強い口調で答えた。


「一度、全員で屋敷へ戻ります」


「でも、まだ調べたい場所が――」


「戻ります」


「はい」


 リリスとリゼットの返事が。


 同時に重なった。


 シグレは。


 何も言わず。


 二人より先に格納庫の出口へ向かう。


「昼食の後なら、戻ってきていい?」


 リリスが尋ねる。


「午後は王国へ提出する機体管理書類の作成があります」


「それが終わったら?」


「夕食までです」


「分かった」


『徹夜は禁止だ』


「しないよ」


『昨夜も同じことを言っていたな』


 リリスは。


 返事をしなかった。


 格納庫を出る直前。


 もう一度だけ。


 《アルカディア・トレーナー》を振り返る。


 古びた灰白色の機体。


 けれど。


 リリスの瞳には。


 その先に生まれる。


 漆黒の巨大な狼皇機が。


 既に見えていた。

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