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星屑の破砕、あるいは夜風の絶叫

リミニス・ベースの屋上は、鉄錆の匂いと、行き場を失った熱気が混ざり合う場所だ。

グレーの吹き付け塗装が施された外壁の向こう側、武蔵野の夜景は地価高騰を象徴するように、不自然なほど明るい光を放っている。

その光は、かつてこの場所が持っていた静謐さを、無慈悲に侵食し続けていた。


瀬戸亜弓は、コンクリートの縁に両手を突き、夜の闇に向かって肺の中の空気をすべて吐き出した。

観覧車という名の硝子の檻の中で、志摩巧から突きつけられた論理は、彼女の心拍数を管理するスマートウォッチさえも沈黙させるほど、冷徹な響きを持っていた。


「……なんで。なんで、あたしじゃないんだよ」


彼女の呟きは、都会のノイズに掻き消されて誰にも届かない。

巧さんは今、階下の部屋で、理花さん宛てのメールを推敲しているはずだ。

彼の眼鏡の奥にある瞳は、常に動かない過去、倉田理花という名の聖域だけを映している。

柳という男が遺した後遺症を、唯一の繋がりとして抱え続ける彼女の傍らに、巧さんは自分の人生を捧げることを選んだ。


亜弓さんは、自分の右手の指先をじっと見つめる。

打楽器を叩き続けることで作り上げられた、硬いタコ。

練習量をトラッキングし、巧さんの歩幅に合わせようと足掻いた日々の記録は、彼にとっては単なるデジタルな残滓に過ぎなかった。

彼が求めているのは、前向きな成長ではなく、美しく壊れたままの静止画なのだ。


「あああああぁぁぁぁぁ!」


耐えきれなくなった彼女は、喉が裂けるような絶叫を夜風に放った。

その声は、5Gの電波が遮断された地下練習室にまで届くことはない。

情報の真空地帯で無音の打鍵を続ける律さんも、メイプルシロップを隠し味にした炊き出しの準備をしている海くんも、この屋上で一人の少女の恋が粉砕された事実を知る由もない。


階下の志摩巧は、スマートフォンのバックライトに照らされながら、完璧な形式の文章を綴っていた。

理花さんの不自由な左半身を支えるための、詳細なスケジュール。

柳さんのアーカイブを修復し、捏造された過去を彼女の日常に浸食させるための、冷酷な演算。

屋上から微かに響いた振動を、彼は古い建物の軋みとして、即座に思考の外へと分類した。


理花さんが柳さんの影を追うのなら、自分はその影の影になればいい。

それが志摩巧という男の、静謐な狂気だった。

そこには、亜弓さんが持つような、血の通った熱情が入り込む余地など一ミリも残されていない。


屋上の風は、彼女の涙を乾かす前に、体温を容赦なく奪っていく。

亜弓さんは、露出した腿の筋肉が寒さで強張るのを感じながら、震える手でスマートウォッチの画面をなぞった。

設定された目標値は達成されているのに、胸の奥にある欠落は、どんな数値でも埋めることができない。


彼女は知っていた。

巧さんは決して自分を振り返らない。

彼は理花さんという名の呪いに服従し、自ら社会的な死を選ぶだろう。

その一途さが、同時に彼女の誇りをこれ以上ないほど残酷に踏みにじっていた。


夜空を見上げても、都会の光に阻まれて星は見えない。

ただ、情報の海に溺れる若者たちの、行き場のない孤独だけが、メイプルシロップのような甘い依存となってこのシェアハウスに沈殿していく。


亜弓さんは、もう一度だけ、声にならない絶叫を喉の奥に押し込んだ。

彼女のスマートウォッチが、急激な心拍数の変化を検知して警告の振動を伝えてくる。

けれど彼女は、それを無視して、鉄の階段を重い足取りで降り始めた。

自分の打楽器が待つ、湿り気を帯びた孤独な部屋へ。


階下でメールを送信し終えた巧さんは、眼鏡を外し、一度だけ深く息を吐いた。

彼の瞳の奥には、すでに自分ではない「誰か」の残像が、鮮明な波形となって定着していた。

日常の足元が崩れる音は、誰の耳にも届かないまま、冷たい夜の中に吸い込まれていった。

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