28.
ことり、とスプーンを置く。
「...ふぅ」
久しぶりに感じる満腹感。
なんて幸せな苦しさ。お腹をさすって息をつく。
そこに、すっとティーカップが置かれた。
「お茶ですよ」
ふっくらした、優しそうな目元のご婦人が、3人それぞれにお茶を出してくれた。
湯気が漂う茶色の飲料。紅茶だろうか。
「あの、お料理とっても美味しかったです」
深く頭を下げる。
「お茶まで出していただいて、ありがとうございます」
なんと至れり尽くせり。
お支払いできる金銭が無いので、丁寧に頭を下げるしかできない。
「あらあら、まぁ...こちらこそ、美味しそうに食べてくれて嬉しかったわ」
ご婦人は少し驚いた様子だったけど、にっこり笑い返してくれた。
「こんな美人さん、そうそう拝めないもの。こっちの方こそ、ありがとうね」
美人さん?
二人の方を振り返る。
「おまえのことだろ」
レグラスさんが呆れたように言った。
この美的感覚、私が慣れることは無さそうだ。
***
「あの森は、入るのはとても簡単なんです。危険は少なく、子どもたちの遊び場にもなっています」
キースさんの、低めの声が耳に心地よい。
ティーカップを前にした姿が様になりすぎていて、ぜひとも画像を保存したい。貴族?貴族なの?
「でも」
「...でも?」
「奥深く迷い込んだら、二度と出られない」
「え」
「森の奥には楽園があるそうです。争いも飢えもない場所」
「...楽園」
ふいに、あの森で初めて朝を迎えた時に見た光景が頭に浮かんだ。
生者の気配のない森。
濃くて深い、緑の匂い。
空から射し込む光が、神秘的だった。
確かにあれは、楽園と呼べそうな幻想的な風景だった。
...ちょっと先に行ったら、争いも飢えもあったけどね。
「楽園から戻ることはできません。奇跡的に出てこられたとしても、その人は、大切な何かを失っているそうです」
「...」
「記憶、感情、体の一部...何を失うかは分からない」
「......」
ホラーだった。
私、そんな恐ろしい森をウロウロしていたのか。いや、でも、魔獣だっけ?あんな獣たちが生息してる時点で、楽園ではないと思う。
「という、伝承があります」
「...え」
「あくまでも古い言い伝えです。西の森の出入りは自由にできますし、深く分け入って獣に襲われることはあっても、魔獣に遭遇することなど滅多にない。平和な森です」
...滅多にないの?
めちゃくちゃ遭遇したけど、私。
「でも、あなたは、違うのかもしれない」
紫の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
「あなたは、本当に『魔の森』を抜けたのかもしれません」
『大切な何か』と引き換えにしか出られないという、魔の森。楽園というわりに、魔の森。
私が失ったものといえば、...リュックとその中身。それから、都合のいい時だけ頼っていた神様ぐらいだけど。
「...あなたは」
キースさんは一度言葉を区切り、息を吸う、
「魔力と引き換えに、こちらに帰ってきたのですか?」
真剣な問いに、返す答えを私は持っていない。




