27.side レグラス
『魔術が使えません』
そう、あっけらかんと言った少年。
かける言葉が見つからず、オレたちは押し黙る。
こちらからの質問が続かないと分かると、ユーキは嬉しそうに食事を再開した。
魔力を持たない人間は、いる。
いるが、それを軽々しく口にすることは決して無い。
それは人間としての欠点で、恥ずべきことだからだ。
魔術を使えない者は、人目を避けて隠れて生きる。
魔力量は、その者の容姿に比例しているから。
見目麗しい者ほど多くの魔力を保有し、容姿が醜い者は等しく魔力量が少ない。
魔力を多く保有する者が優れていて、そうでない者は劣っている。
それが通説で、常識。
とはいえ、魔力を全く持たない者は、ほぼいない。
容姿に恵まれないオレ達ですら、ある程度の魔力はあるし生活魔術は使える。
改めて、目の前の少年を観察する。
すっきりとした涼やかな目元に、小さな鼻と薄く赤い唇。肌は陶器のように白く、ほっそりとした首筋に自然と目が吸い寄せられる。肩も体も華奢で、手足は折れそうに細く儚げだ。
なにより目を引くのは、艶やかな黒髪と黒曜石の瞳。
髪や瞳の色素が濃い者は、上質の魔力を保持するという。
文句なしに、美しい。
...これほどの美貌の持ち主が、魔術を使えないなんてことがあるのだろうか。
残り物のスープとパンに目を輝かせ、頬をいっぱいに膨らませ本当に美味しそうに食べる少年。
声をかければ当然のように答え、目が合うと愛想よく笑う。
...おかしな奴だ。
礼儀正しく、言葉遣いも丁寧。
粗野なところがなく、食事をする姿も上品。
貴族ほどではないが、マナーを仕込まれているのは確実。
頭も悪くない。話し方も理性的だ。
けれど常識が、抜け落ちている。
自分の容姿に自覚がないのか、ひどく無防備で危うい。
一切の魔術を使えず、武術と体術に優れているのもおかしい。
今も、食堂のおばちゃんに丁寧に食事のお礼をして驚かれている。
そりゃ驚くよな。こんな綺麗な子に頭を下げられて、笑いかけられたらさ。
美人ってのは大抵、居丈高で性格がねじ曲がってるもんだ。
「美人さんだねぇ」と返されて、こちらを振り返る。
いや、お前のことだろ。
知識が曖昧で、誰もが知っているようなことを知らない。
オレたちのような存在に、平気で接している時点で変人だ。
気づいたら、森の中に立っていたのだという。
とびきり怪しいと思うのに、毒気を抜かれてしまう。あまりに邪気がなく、疑うのが馬鹿らしくなる。
――魔の森。
幼い頃、寝物語に聞いた話が頭をよぎる。
西の森の奥深くには、楽園がある。
争いも飢えもない、すべてが満たされた場所。
たどり着くことは容易ではなく、さらに一度入れば引き返すことは出来ない。森から出るには、自分が最も大切にしているものを引き換えにしなければならない。
森の主が望むものを差し出せた者だけが帰還を許される。
失いたくなければ、西の森に深く分け入ってはならない。
子どもが悪さをしないよう、言い聞かせるためのおとぎ話だ。
隣のキースに視線をやると、奴も難しい顔をしていた。似たようなことを考えているのかもしれない。
ユーキはもしや、魔の森から帰還したのではないだろうか...そんな馬鹿馬鹿しい想像が頭をよぎった。




