33.落ち葉拾い 5
33. Gleaning 5
二匹は口の中にありったけの戦利品を放り込み、洞穴へと帰宅した。
こうなるとFenrirさんの大きい口が便利だった。僕が掘り出した大量の丸芋たちは、殆ど彼の中に放り込まれてしまう。
やっぱり、僕もFenrirさんぐらい大きくて、狩りが上手な狼になりたいなあ。そう羨望の眼差しを新たにするのだった。
大きくても良いことなんてないって言っていたけれど、僕はFenrirさんみたいが良いです。
僕らを待っていたのは、こんもりと積み込まれた落ち葉の山だった。
その元へいそいそと歩み寄ると、彼は口にリスの如く蓄えていた食べ物をすべて吐き出した。
それに倣って僕も零れかけの芋を注ぎ込んでいく。
“よし、では離れていろ…。”
僕は指示通りFenrirさんの傍らまで下がると、これから何をするのかどきどきしながら見守った。
“Fenrirさん、これ、どうするんですか…ってわあ゛っ!?”
僕は次の瞬間、彼の口から吐き出される火炎放射に文字通り跳び上がってしまった。
火が、火が出てるっ!?
“気を付けろ。熱いからな、近寄る出ないぞ。”
“えっ?えっ?どうやって…!?”
すっかり気が動転してしまった僕は、人間の所業ですら目にしたことのない魔法に目を丸くして跳ね回った。
こんなことまで、Fenrirさんはできちゃうの!?
“だから近寄るなと…!”
“おわっ?”
慌ててFenrirさんが、子供にそうするように、首根っこの皮を捕まえてひょいと引き上げる。
びっくりした、こんなに大きくなったのに。
僕の子供たちはこんな浮遊感を楽しんでいたのか、きっとこうされるのが楽しいんだな。
なるほど、通りで言うことを聞かないわけだ…。
そうあっても、行き過ぎた行動は咎めないといけないから困ったものである。
僕はもちろん子供ではない。後ろ足をぴんと引き攣らせ、落ち着くので降ろしてくださいと言うとFenrirさんはそっと僕を足元へと降ろしてくれた。
“もう少し待て、直に良い匂いがしてくるぞ。おい、聞いているのかSka…。”
言われた通りそれ以上は近づかずにいたものの、焚き火に目が釘付けになってしまい、碌に返事もしない。
僕は尾をぴんと立てて警戒のポーズをとると、目を輝かせて、もくもくと立ち上る煙の行く末を見守っていたのだった。
待ちきれない時間は、自然と彼の異能へと興味が向く。
一体、どうすれば火を吹けるようになるのだろう。
僕はお腹に力を込めて、口から息を吐き出してみたけれど、せいぜい生暖かいそれが風に吹かれるだけだ。
“Fenrirさん、お腹の中に火があるんですか…?”
“ん?その通りだ、と言いたいところだが…。”
これは少し汚いが、俺が溜め込んだ ‘げっぷ’ なのだ。吐き出したガスに俺が点火してやっている、と言うことだな。最も、その発火が不可思議だ、と言いたいのだろうが…。
“それじゃあ、僕には出来ないんですね、残念…。”
“まあ、お前は人間といるのだ、彼らに火付けは任せれば良かろう。”
動物が火を扱う必要などあるまいと彼は言うが、これは狼であるなしに関係なく、僕はひたすらに羨ましかった。
“よし、頃合いだろう…。”
Fenrirさんは火種を絶やさぬよう、慎重に落ち葉の山からお目当てのものを掻きだすと、ころころと転がして粗熱をとる。
“ほら、熱いから気を付けろ。”
“ありがとうございますっ!”
彼が渡してくれたのは、ほくほくと湯気を立てる美味しそうな焼き芋だった。
やった、ようやく食べられるぞ。どんな味がするのだろう。
人間の方が食べているのを目にしたことはあったけれど、実は口にするのは初めてだ。
牙を突き立て、柔らかくなった実をほろりと崩して舌の上に運ぶ。
“んあ゛っつぅ!?”
“だからそう言っただろ…。”
またも顔を振り翳して跳び上がる僕に、Fenrirさんは呆れた様子で自分の取り分に息を吹きかける。
舌が、火傷しちゃう…!
“お水飲みたいです、近くに川か池はありませんか!?”
“そう言うと思った。ほれ。”
“…?”
これは…?
ぼとり、と目の前に転がったのは、僕の大好物だった。
“リンゴだ!”
とびきり大きいぞ、一体いつの間に…?
“生憎、近場に水場はない。そいつで我慢してくれ。”
そう言われるが早いか、僕は舌を冷やすためにかぷりと赤い肌に齧り付いた。
果汁がじわりと溢れ、そこに舌を押し当てて存分に甘味を堪能する。
“ふー…。”
助かった、これでまた食べられるぞ。
慌てふためいている間に食べやすくなったお芋を、僕は慎重すぎるぐらいゆっくりと口の中に含んだ。
“どうだ?旨いか?”
“んん!!甘くておいしい!”
リンゴのような爽やかなそれではなかったが、口の中でほろほろと崩れる果肉は優しい味をしていて、いつまでも噛み締めていたいぐらいだった。
“もっと貰っても良いですか?”
“おお、たっぷり喰え。”
僕は尻尾をぶんぶんと振り回して、彼が新しく別の焼き芋を引っ張り出してくれるのを見守ったのだった。
それにしてもFenrirさんは、どうして僕の好きなものを知っていたんだろう?
お肉を食べなかったのを申し訳なく思うほど、彼は自分に良くしてくれる。
こんなに優しい狼さんが、僕のことを心から蔑んだり、馬鹿にしたりなんかする訳ないのに。
僕は…僕はどうしてFenrirさんに、犬だと思われたくないんだろう。
ただ、彼とは違うというだけが、どうしてそんなに悔しくて、嫌なのかな。
“今日は、ありがとうございました。”
あの村の前の川岸まで、Fenrirさんは僕のことを見送くりに来てくれた。
“おお、色々と済まなかったな…。気を付けて帰るのだぞ?”
“はい、大丈夫です。”
僕のお家はすぐそこですから、暗くても道に迷ったりしないです。
“うむ、ではTeusによろしくな。”
あ、そうだった。Teus様に、任務が完了したことを知らせに行かなくっちゃ。
“それじゃ僕、帰ります…Fenrirさん。”
“…また来ても、良いですか…?”
“…そうだな。お前が、…苦しくないのなら。”
Fenrirさんは、悲しそうな顔を背け、そうとだけ呟いた。
“…。”
今日あった嫌なことが、ちょっとだけ胸を刺す。
“さようなら、Fenrirさん。”
“…。”
やっぱり、僕の去り際には声を返してはくれない。
せがむこともどこか憚られて僕はおずおずと背を向けると、静かに流れる川を渡り、その日の彼との袂を分かったのだった。
「あ、お帰りSka。戻ってきてたんだね?」
Teus様が住んでいるお家の扉の前で吠えると、既に帰宅していたらしかった主人が明るい声で僕を出迎える。
はい、ただいま戻りました。
「お遣いありがとうね。Fenrirには上手く伝えられた?」
もちろん、ちゃんとTeus様の伝言はお伝えしてきましたよ。
ぴんと背筋を伸ばして小さく吠えると、Teus様はぱっと顔を輝かせて、僕の毛皮をわしゃわしゃと掻きまわした。
「Skaはほんとにすごいなあ!君がいてくれてほんとに助かるよ、ありがとう…。」
えへへ、これくらいどうってことないです。それよりもっと撫でてください。
僕はTeus様のされるがままになって、褒めちぎる称賛の言葉に良い気分で頷いていた。
「どうだい?あいつは、恐いかい?」
Teus様は、突然そんなことを僕に尋ねた。
どうして、そんなことを聞くのでしょうか?
「なんか、あったかなと思って…。」
…。
僕は目を瞑って、自分の額をTeus様の胸に押し当てる。
今日あったことを、このお方に伝えられないだけで、僕はもう彼のようにはなれないのだ。
Teus様、僕は狼じゃなくて、犬なんでしょうか?
「そっかそっか…。」
Teus様は僕のことをもう一度ぎゅっと抱きしめると、僕に何かをくれるように、しばらくそのままでいてくれた。
「Skaは、ほんとに優しい狼だねえ…。」
“…!”
僕は尻尾を一度だけ揺らし、その言葉にありがとうと伝えた。
「うん、それじゃあ今日はほんとにありがと!疲れたでしょ、ゆっくり休んで…。」
はい、気にかけてくださって、ありがとうございます。
Teus様も、なんか具合悪そうですけど、大丈夫ですか?
「俺もちょっと暴飲暴食しすぎたわ、気持ち悪い…。」
彼はお腹を摩って、今すぐにでも横になりたそうにする。
どうやら僕と同じで、今日はお腹いっぱい食べたみたい。
Teus様も、火が吹けたりするのかな。
そう目で訴えて尋ねてみると、
彼はとびきり下品な音を立ててげっぷを寒空に吐いたのだった。




