33.落ち葉拾い 4
33. Gleaning 4
“ふぅ、上手く行ったな。一時はどうなることかと思ったが…。これで腹いっぱい喰えるぞ、大義であったな、Ska。”
Fenrirさんは僕の気持ちも知らずに尻尾から緊張を緩めると、目の前に携えた戦利品を下ろして座り込んだ。
その声は対照的に何処か楽し気で、お門違いも良いところだけれど腹が立つ。
ええ、そうですね。狩りは、大成功です。
彼が視線を下げてしまったので、泣き顔を見られたくなかった僕は仰々しく顔を背けた。
“ん、どうした?喰わんのか?”
お前のために狩ったのだぞと、彼は僕に大人のほうの鹿肉を勧める。
“い、いらないです…。”
“それは何故だ…?”
“だって…それは、Fenrirさんが狩った獲物です…。”
僕はそっぽを向いたまま答えた。僕にはそれを受け取る気が無かったから。
“そんなことは無い。お前がいてくれたからこそ俺は…”
“僕がいなくてもFenrirさんは一匹で仕留められましたっ…!!”
“…。”
震える声で叫び、彼は思わず押し黙る。
ただ僕の方も、それ以上何かを喋れば泣き出してしまいそうで、口をきつく結んでしまう他ない。
“Ska…お前がこいつらを見逃してしまったのは、俺のミスだ。お前の動作の意図を読み取ろうともせず、ぎこちない連携をさせてしまった俺が悪い。お前は集団での狩りに慣れているだろうが、その…俺にはその仕方がわからぬのだ。”
意志の疎通が出来なかったのは、僕にも責任があります。
でもそれは、その必要もなかった、ということでしょ?
“だから一緒にやってみたいと考えたのだが…。どうやら俺には出来ぬことだったらしい。”
“…。”
一匹でできるなら、一匹でやっていれば良い。
そう言うことなのだろうか、そんなことないのに。僕はどう答えれば良いのか分からなくて、意地悪にも黙りこくってしまったのだった。
“済まなかったな。付き合わせてしまって。”
“いいえ…。お役に立てず、ごめんなさい。”
“…。”
意に反して、冷たい言葉を返してしまう。
Fenrirさんは深い溜息を洩らすと、何とも悲しく優しそうな声で、ご馳走を食べてくれない僕をもう一度だけちらと見た。
“わかった、お前の意志を尊重して、こいつは俺が貰い受けることとしよう。…お前はそのお零れに肖る立場ですらないと、そう言いたいのであろう?”
子供っぽい我儘だと、自分でも分かっているだけに、彼の落ち込みようは身を切られるほどに辛い。
“すみません…。”
“すぐ片付ける。暫し待て。”
ぎゅるるるるるぅ…。
あっ…。
彼が大きく牙を剥いて、一口で親鹿の半分を齧り取った矢先だった。
“…。”
情けなく鳴り響くお腹の音。
そんな、どうしてこんな時に…。
どうしたらそれを隠せるかと、僕は大慌てで意味もなく前脚を交互に足踏みしてみる。
Fenrirさんは口に肉塊を抱えたまま、不思議そうな顔でその様子を見ていた。
顔がかぁっと熱くなるのを感じ、ぐるぐると回りたくなる衝動を抑えて俯く。
Fenrirさんは目配せで僕に訴えかけた。
“小鹿だけでも、喰わぬか?”
“いいいいらないですっ…!”
“ふふっ…。”
笑わないで下さいっ!
僕は涙目のまま膨れっ面をする。
ああ、なんて子供なんだ…。あの村だったら、誰にでも一目置かれる存在で、ゆったり大人びて振舞えたのに。激しい恥辱に震えながら、僕は威嚇のポーズをとって虚勢でも本気だと彼に示す。
“わかった、わかった。だがしかし、お前にひもじい思いをさせる訳には行かぬ…。”
Fenrirさんは半笑いで憤慨する僕を宥めると、もう一口であっさりと親鹿を飲み込み、小鹿の胴を下牙に引っ掛けて立ち上がった。
“お前の憎き狼さんは、デザートをご所望だ…。狩りはせぬぞ、今度こそ、手伝ってはくれぬか?”
“え…と、デザートって…?”
“肉では無いのが不満極まるだろうが、それなりに腹に溜まるだろう。ついて来い。”
わ、わかりました…。
張り詰めたあの独特な雰囲気こそ解けたものの、無事に狩りを終えた安堵だとか、よくやったなという充足感は、そこには無かった。
本来だったら、狩りの感想なんかを述べ合って、僕は手放しに褒められる予定だったんだけどなあ。
意識は狩りの失敗から、彼が寄せていたかも知れない期待の裏切りへと移っていた。
内心では、これだから犬ころは、などと失望されてるんじゃないかな。
もしかしたら、蔑みの眼で見られてるのかも知れないよ。
自尊心を酷く傷つけられ、空腹も相俟って、もうなんだかふらふらしてくる。
とぼとぼと歩く僕の尻尾を見かねたのか、Fenrirさんは軽く咳払いをして、何かと声を掛けてくれた。
“何度も言うようだが、お前は素晴らしい働きをしたのだぞ…?”
“あ、ありがとうございます…。”
“周りを良く見渡せる、狩りにおいて何よりも重要な資質ではないか。…お前には当たり前なことやもしれぬが、な。”
“いえ…。”
そう褒めて貰えるのは素直に嬉しいのだけれど、それよりも重要なことが僕の中にはあって、彼は終ぞ自分のことを狼だとは言ってくれなかった。
たった一言で、僕は浮かばれたのに。
“だいぶ歩かせたな、Ska。到着だ。”
“ここ…どこなんです?”
Fenrirさんに連れられて来たのは、洞穴を裏手に回り、林を抜けぬよう北へと登った先にある小さな陽だまりだった。
夕刻である割にまだ明るく、日差しはお昼寝に気持ちよさそうだったが、辺りを見渡しても、上の木々を見上げても、どこにも食べられそうなものはない。狩りの類は不要だと言っていたが、それはどこに隠れているのだろうか。
“ふふん、わかるまい…?”
“見つかんないです、教えてください。”
僕はFenrirさんのことを見上げ、首を緩く振って答えをせがんだ。
“視線を落とせ、すぐにわかるさ。”
“…?”
僕は言われた通り、ゆっくりと自分の足元へ視線を落とす。
もしかして、こんな色の褪せた草を食べるのかな。
食わず嫌いはしないけど、あんまり美味しくなさそうだぞ…。
食べ物の具合を見るいつもの癖で、名前も知らない蔦に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。
“違う、もっと下だ。”
地面ってこと?すれすれまで近づけて、もっと慎重に鼻をくんくんと動かす。
“土の臭いしか、しないです…。”
“まあ、そう言うことだな。”
どういうことですか…?
“そこだ、そこを掘って見ろ。”
Fenrirさんは僕が臭いを嗅いでみていた蔦が茂るあたりを顎で示す。
“ここですか…?”
何だ?何か埋まっているのかな…?
僕は大きな肉球を交互に地面に押し付け、言われた通りに蔦の根が姿を現すまで掘り進めた。
“…Fenrirさん!なんか出てきました!”
“お、当たりだな。”
なるほど、そう言うことだったのか。
僕が掘り当てたのは、くすんだ黄金色をしたお芋だった。
どうやらここは畑だったらしい。僕の村にもあるのを思い出したぞ。
Fenrirさんもここで、野菜とか育てているのかな。それともTeus様が管理してらっしゃるんですか?
“はっはっ…自生しているのを俺が見つけただけのことだ。それとも、あいつがそんなことをする柄に見えるか?”
“いえ…。あんまり…。”
僕も正直に答えると、Fenrirさんはさも可笑しそうに笑った。
“だろう?あいつが農作業など、お似合いと言えなくもないが…。”
僕は、此処にはいない可哀想なTeus様の陰口を苦笑いしながら聞いているのだった。
それにしてもFenrirさんはTeus様のことを話題にするだけで、こんなに嬉しそうな顔をするんだなあ。
仲良しで羨ましいな、折角仲間に入れて貰えたのに、僕もこんなことを言い合えるぐらい、Fenrirさんとお近づきになれるんだろうか。
今日の感じだと、そんな日は来ないような気がしてくる。
FenrirさんとTeus様はきっと長い付き合いに違いないんだろうな。
“そうだ、念のために言っておくがこれはTeusには内緒だぞ。あいつへの報告には含めないでくれるか?”
“え?ええ…。”
“ありがとう。これはお前と俺だけの秘密だ。”
“…。”
Teus様には内緒、か。悪くないな。
僕はFenrirさんのように意地悪く微笑んで、彼の願いを聞き入れることにしたのだった。
“とまあ、お前には此処で宝探しをやって貰いたいんだが…一応この仕事が俺には不向きであることを、示しておこうか。”
そう仕切り直すと、Fenrirさんは僕に脇にどけるよう促し、蔦が絡まった地面に自分の前脚を慎重に喰いこませた。
“ううむ、やはり不器用な俺には扱えぬ…。”
“ああ…。”
確かにFenrirさんの前脚は僕よりも大きくて力強いけれど、そのせいで姿を現した山芋は切り裂かれ、奇麗な断面が土の中から覗かせてしまっていたのだ。
そうか、小さなものを大事に扱うのは大変なんだ。
“まあ、もったいないから喰うのだがな。生だとあんまり旨くないが…。”
Fenrirさんはそう言って土のついたままの丸い芋の欠片を咥えると、そのまま口の中へ放り込んだ。
“お前の方が、こういう丁寧な作業は向いているだろう。取り敢えず適当なものを、見繕っておいてくれるか。”
分かりました、いっぱい集めておきます。
“おっと、まだ喰ってはならぬぞ?俺は俺で準備がある…。”
“はい…Fenrirさんは何を…?”
“それは見てからのお楽しみだ。”
そうとだけ言い残すと、Fenrirさんは洞穴の方へとのんびり歩いて戻ってしまったのだった。
一体、何を用意しようと言うのだろうか。
全く見当もつかない。このお芋たちと一緒に食べると良いものでもあるのだろうか。
ひょっとして、とびきり大きなリンゴとか?
きゅううううう…。
先よりも情けない声で鳴く腹の虫に急かされ、僕は何処かの犬のごとく、ここ掘れわんわんとせわしなく両前脚で地面を叩いたのだった。
暫くして、Fenrirさんは僕の様子を見に戻ってきた。
“首尾はどうだ?Ska。”
“あ、Fenrirさん…!”
僕は喜びの声を上げて、収穫の成果を報告しようと彼の方を向いた。
“おいおい!泥だらけではないか…!”
“ほんとですか?僕、なんだか楽しくなっちゃって…。”
面白いほどごろごろとお芋が出てくるので、夢中で掘り掘りしていたのだった。
自分の口の周りを舌で舐めてみると、なるほど土の味がする。
“しまったな、せっかくの奇麗な毛並みだったと言うに…。”
“気にしないでください。僕、帰りにあの川で水浴びしてきます。”
“そうしてくれ…。Teusに怒られてしまう。”
Fenrirさんはにっこり笑って、僕の胴の土汚れを首の下の毛皮を使って優しく払ってくれた。
“あ、大丈夫ですよ、僕…。”
僕は慌ててそれを断ろうとする。だってそこは…。
“ふふん、お前は優しいな…。”
それをどう受け取ったのか、僕には分からなかったが、自分にはFenrirさんのほうが、遥かに広くものを見ていると思った。




