25.道探し 2
25. Wayfind 2
「Fenrir。走りながらで良いから、聞いてくれるかな…」
俺は彼にしがみついたまま、まるで夢の中で紡がれた、あまりにも脈絡のない仮定について語りだした。
はじまりは、どうしてVesuvaは移動する土地なのだろうか、ということだった。
何を言っているのかと思うかもしれないが、自分には、それが何かを求めているからではないかという気がした。本来ならば、人々の活気で溢れていたはずだ。それが今は空っぽで、それ故の身軽さから、悠久の年月で意思を持ち始め、動き出したのではないか、と。拠り所に強い意志を持った人形が、その持ち主の元に帰ってくるような、そんな話を昔聞いたことがあったから。寂しさを埋めたいがために住人を求めて動いているのではないかと彼に話題を持ち掛けようとしたのだ。
しかし、次に浮かんだ疑問が、俺達の進むべき道を決定的に変えた。
「これは、俺の勝手な想像なんだけど…」
どうして、Vesuvaは滅んだ?
「もとよりVesuvaは、ヴァナヘイムの片割れだったんじゃないかと思うんだ。この辺りに住んでいる神様は昔からヴァン神族しかいないからね。少なくともその血筋の神がいたと思って間違いない。
それが、今は人の絶えて彷徨う亡霊のような街になってしまった。そしてその理由は、はっきりしている…。」
「それはなんだ…?」
「戦争だ。」
「…?」
人が滅ぶ契機など、いつだって一つなのだ。それは、うんざりするほど目にしてきた苦い真理。
誰と、誰が戦ったなんてわからない。戦った理由すらも、知る由もない。
でも間違いない、これだけは神として、はっきりと自信を持って言える。
「Vesuvaは、血生臭い歴史を持ってる…。」
「どういう…ことだ…?」
「つまりそう言うことさ。住民は、何らかの理由で虐殺されている…。」
彼の耳が張り詰めた空気の中を探知するかのようにぴんと立つ、何かを考えているようだった。
それとも話について行けないなりに、心当たりがあるのだろうか。
「史実が、あるわけじゃない。そんな話を聞いたことすらもない。恐らく俺達は、ヴァン神族の禁忌に触れようとしている。」
Fenrirは、その隠された真実の存在に同意を示しつつも、驚きを隠せないようだった。
「…滅んだ理由は俺にも分からないが、恐らく俺がこの森に追放されるより前の出来事だろう。…お前の推測は、正しいと思う。だが、どちらかが死に絶えるまで殺し続けるなんてことを、人が…。」
敗北を認めようとしなかったのか、それとも投了という行為を認めなかったのか、いずれにしろこの狼にとっては到底考えられないことだろうことを、何者かが平気でやってのけたのだ。どちらかが死ぬまで終わらない戦いを。
暫く彼は黙り込んでいたが、話がまだだったなと、導かれるべき答えを促した。
「…そして、俺達が進むべき道と、その結論はどのように符合する?」
そう、Vesuvaは、なぜ動く?
「Vesuvaは…目的を持って動いている、逃げているんだ。」
「逃げている…?」
「Fenrirの目撃が引き金となってVesuvaは動いたけれど、それはFenrirから姿を隠した訳じゃないんだ。Vesuvaが逃げた方角は、決まっている。それは必ず、ヴァナヘイムから遠ざかる方向だ。」
そう、彼の把握している地理に基づくならば、Fenrirが住む洞穴とVesuvaが姿を消した場所は、すべて一直線上にあると考えたのだ。
もちろん、Vesuvaを結ぶ2点と洞穴までの距離とはかなりの差があり、線で結べると言えるかは怪しかった。あまりにも情報が少ないし、単なる偶然である可能性のほうが高い。
しかし、その思い付きは妙に俺の中で膨らみ、寄生したかのように俺を突き動かしたのだ。
「…つまり、そのあったであろう戦禍が原因で、Vesuvaとヴァナヘイムは分断され、意志を持ったVesuvaは人目から逃れるようにしてそこから立ち去って行った、と。」
それが、今俺達の進む道であると言う訳だ。Fenrirはそう言葉を整理すると、暫く口を噤んだ。
既に、Fenrirが最後に目撃したVesuva跡地は眼下に見えている。
最後の目的地は、この山を越えた先で、恐らくそこに在る。運が正しく味方してくれていれば、それはもう疑いようが無かった。
「…何があった…?」
Fenrirは呻くようにつぶやいた。
彼は俺の突飛な思い付きに飛躍の有無を見出すことより、自分たちの知らない過去がどのようにこれからへ結びついて行くかを考えるのに必死なようだった。
何らかの物語が、彼の中でも形を成し始めている。
「それは、俺にも…。けれど、見つけることが出来たなら、きっと何かわかる。」
「Teus…一つだけ、頼みたいことがある。」
「俺は、お前を信じている。もし、お前が俺に知り得ない過去を伺う機会があったなら…。どうかそれを、俺に言わないではくれないか。」
夕日の透けた暗雲が微妙な色合いを落とし始める平野は、惨劇のあった戦場を思わせる。
疾走する影ははっきりとせず、そして嫌に伸びていた。
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彼の次の一歩が何であろうと、俺は祝福されし神の御業を信じ、この這い回る大地を走り続ける他無かった。
本当に不思議だ。Teusと行動を共にするだけで、物事がうまく進んでいる気がする。きっとこれが、主人公と言うものなのだろう。
土地が自我にも近い意志を持つという帰結へ至るのは、ほとんど俺には想像もつかないような道のりだった。
俺一匹であったなら、どれだけ思考を重ねようとVesuvaは離れていくばかりだったに違いない。
この旅を通して、そしてそれからも、俺は彼とともに想像もつかないような発見をしていくのだろう。
だからこそ、彼の進む道が成就することを心から願っていた。ヴァナヘイムから逃げる方角へ、この山嶺を越えた先が目的地であってくれ、と。
「そんな…!」
登り詰めた先に開けた新たな景色を彼とともに目の当たりにし、俺達は絶句した。
辺りは一段と薄暗くなりはしたものの、眼下に街並みがあったならそれを認めるのは容易であったからだ。
そこには、何度も目にしてきたような木々も疎らの平地があるだけだった。
それが、足跡だと思えなくもなかった。もしかすると、そこにVesuvaはあったのかもわからない。
けれども、少なくとも此処は、俺達の目的地ではなかった。
Vesuvaの捜索は、彼の努力も虚しく失敗に終わったのだ。
報われなかった徒労が、遅効的に全身を巡る。
そしてこのまま、俺達は決して揺らぐと疑わなかった地に足をつけて、不安な夜を過ごさなくてはならない。
「どうしてだ…。」
絶望したように背中でそう言葉を漏らす。彼の選択は単なる運任せのそれではなく、自信をもって選んだ道であったことをそれは物語っていた。寧ろ、彼が何ら責任を感じることなく、赴くままに俺に走らせてくれたならどれだけ良かっただろう。
俺はどんな言葉をTeusにかければ良いか分からず、けれども気まずい雰囲気すら彼には察して欲しくはなくて、冷静な判断を進言することを装った。
「…もう一つ先の峠を越えたなら、もしかするとVesuvaに出会えたのかもな。だが今日はもう遅い、降りた先の立木の側で、夜を明かすとしようか。」
悔しいのだろう、毛皮を握る手に力が籠った。
「ごめん…。」
そう言うだろうと思ったぞ、と俺は頭上を見上げて彼を労った。
「どうして謝るのだ。俺はお前を頼りにして良かったと思っているぞ。冒険のようで楽しかったではないか、おまけに往年の謎にここまで迫れたのだ。とても一匹では…お前のお陰だぞ。」
俺はゆっくりと坂を歩き出した。
「…だから泣くな。」
彼は背中に突っ伏した。緊張の糸が切れてしまったのだろう、息を震わせ嗚咽を押し殺す。
旅を始めてから、こんなに自然が恐ろしかった一日は初めてだったろう。最後までよく果敢に立ち向かったと思う。その判断は狼に対峙するより、よほど勇気が必要だったはずだ、疲れただろうな。きっと今は得体の知れない感情に押しつぶされそうで、どうして泣いているのかもよくわからない、違うか。
ああ、だから今夜はあのような気分にお前を合わせたりはしないさ。
俺はTeusにそうしてくれたように、優しい言葉を頑張って選んでみる。
…それが上手く行かなかったなら、俺は鼻面を彼に向かって恐るおそる押し付けてやれるだろうか。
変わらず、努めて最良の選択をとるふりをして、俺はそんな考えを頭から追いやった。
実際、少しでも快適な夜を彼が過ごせるようにするには、決して時間がたっぷりある訳ではなかった。
空に光は失われ、あれだけ恐れた雨はもうすぐそこまで来ているのだ。
足場の悪い傾斜で慎重に足を運びながら、俺は遠目に寝床になりそうな依り木を探した。
なるべく枝葉の広い、傘となってくれるような大樹の根が良い。雨さえ我慢できるなら風がいくら強く吹こうが、Teusは俺が包んで丸くなってしまえば問題ないだろう。それで篝火に頼らずに彼を温めることが出来ればよいのだが。
「…ここで休むとしよう。木の根で挫かぬよう降りるのだぞ。」
彼は頷いたのかもしれないが、黙って俺の背中から飛び降りる。
痒い所をようやくかけるといった感じで、俺は変に力の入った身体をぶるるっと勢いよく震わせた。
すると何かが毛皮から弾き飛ばされ、俺の背中にまだ何かが覆い被さっていたことに気が付いた。
「ん…?」
Teusが身に纏っていたマントだ。置き忘れたのだろうか。
「雨で、濡れちゃうだろう?ちょっとでも雨除けに被せておこうと思って…。」
Fenrirは大きすぎるから、意味なかったかなと力なく笑う。
何を言っているのやら、俺は溜め息をつくといつものように弧を描くように座り、彼の背もたれになってやった。ひとまず、諦めの悪い彼がぐずって先に進むと言わずに、今日はここで眠ることを承知してくれたようで安心した。
やはり大雨を凌ぐには足りなかったようで、せっかく灯した火もすぐに潰え、夜の帳が下りた。
満足するほど走り回ったせいで、すぐに眠りに落ちることが出来そうだった。多少は雨漏りが気になるものの、顔を丸くなった身体の中に押し込めてしまえば、それが俺の夢の中で悪さをすることはないだろう。
もっとも、それはTeusとの距離が近くなるので好ましくはないのだったが。
彼も疲れたのだろう、明日はVesuvaに出会えるといいねという話題を持ち掛けはしたものの、決して気まずいと言う空気でもなく、言葉少なにマントのフードを引っ被って俺のように顔を隠した。
「…。」
「んん…どうした?」
降りしきる雨が森に染み入る音をぼんやりと捉えながら、寝ぼけ眼でもぞついた懐の主に声を掛ける。
「…といれ。」
「ん…」
なんだ…そんなことで起こさないでくれ。
俺は頭を少しだけ持ち上げ、そいつが這い出るのを許してやると、少し寂しくなった空間に頭を突っ込み、しばしその温もりにあやかることにした。
彼が戻るまでの間だけでも、眠ることにしよう。もぐりこむ時にどうせまたつつかれるのだろうが。
「…。」
全く…酷い夜だ。




