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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第1章 ー 大狼の目覚め編
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17.杜若 2

17. Iris 2


「うーむ…。」

またもがっついて頬張りすぎてしまった俺は、口を上手く動かせないまま、Teusの御馳走に舌鼓を打っていた。

「どう、美味しい?」

「んん…。」

目を細め、嬉しそうな顔をしてやることしかできない。

けれどちょっとだけ口を開き、どうしてもこう付け加えたかった。

「幸せ過ぎて…苦しい…。」

今、まさにそうだったのだ。目の端から涙が一筋こぼれる。

「それは良かった。」

にこやかに見守ってくれていたTeusはそう言うと、よいしょと腰を上げた。

「それじゃあ、ゆっくり食べててよ。」

…?もう帰ってしまうのか?

「俺は最後のプレゼントの準備に取り掛かるから。ここで待っていてよ。」

そんな、もっと一緒にのんびり話そうぜ?

「うん、でもね、結構時間がかかると思うんだ。待たせちゃ悪いだろ?早くしないと日が暮れちゃう。」

Teusはもう立ち上がって鞄を拾い上げると、俺に尋ねた。

「広くて開けた、平らな場所が必要なんだ。近くにないかな?」

それまできょとんとして口を動かすのを止めていた俺は、大急ぎで肉塊を飲み下して答えた。

「お安い御用だ。案内してやろう、後でな。だが俺が喰い終えるまで待ってはくれぬか…?時間がかかると言うのなら俺も手伝おう。なあ、だから一緒に食べようぜ?」

なんとかして彼を引き留めたい俺は、肉もケーキも分けあいたがった。

「そうかい?しょうがないな…。」

彼はまんざらでもない様子で、渋々座りなおしてくれた。

俺は今自分が食べていた鹿の脚を腿の付け根から一本捥ぎ取ると、勢いよく火を吹きかけて焙ってやった。

火が通ったかなというところで、こんなものかと呟いてぽいと渡す。

「それ便利だよなあ…。」

手に取った瞬間、Teusは大慌てでその骨付き肉を転がした。

「あ、熱いから気をつけろ。」

「だよね…!」

俺たちはケーキも分けあった。と言ってもTeusは一切れを自分用にナイフで切り分けただけだ。

「そんなもんで良いのか?」

一口だろう、そんなもの。そう言ったら狼の口は大きいから赤頭巾に変装がばれるのだと窘められた。

ああ、そうだとも。貪るための口なんだぞと返して、初めて食べるケーキの山に舌なめずりをする。

「…ほんとに喰って良いのか?」

齧り付きたくてうずうずしていたのだ。子供っぽいなあと自覚しながらも、待ちきれず彼に聞く。

「もちろんどうぞ!」

それじゃあいただきますと前置いて。その評判の大口を開いてがぷりと喰いついてやった。

その時の表情と言ったら、間抜けで、あどけなかったのだろう。

「Fenrir、鼻にクリームついてるよ!」

まるで不幸を知らなかったのだ。

「…んーまい!」

半分は攫ったな。我ながら良い食べっぷりだ。

「どう、はじめてのケーキは?」

「んん…」

俺は夢見心地で感嘆の声を漏らした。

「やはり俺は…甘党であったようだ…。」

「それは良かった!…どう?誕生日も悪くないだろ?」

Teusもケーキにかじりつきながら、美味しいと呟いていた。

「ああ…俺には…。」


「幸せ過ぎる…。」

どうして良いかわからないぐらいなのだ。もう堪らない。

先とは別の気持ちで泣き出してしまいそうだった。

たくさんの幸せがもう怖くなってしまっていたのだ。

酔いが醒めたと言ったところだろうか。一歩退いて、これ以上食べるのを躊躇してしまう。とても進まない。

どうしよう。もうお腹いっぱいで、後に取っておきたいと言い逃れようか。

そんな俺を見かねたのか、Teusは食べないのかと促す。

「いや、俺はもう…。」

また嫌な笑い方をしていると思った。でも俺は、そう言う狼だから。

「良いか?Fenrir、自分が幸せ過ぎると思ったら、その罪悪感を埋めるつもりで分け合うと良い。」

そんな、どうしろというのだ?Teusだってこんなに食べられないだろう?

「やっぱりFenrirは優しいよ。ずっと一匹でもそのことを知っていた…。

一匹で独り占めなんてしようともしなかった。何も感じないよりずっと良いさ。

Fenrirはそう言うことが出来るやつだからさ、そして実際に俺にしてくれたから、だからもう良いだろ?

幸せ過ぎるのに十分なことをしたんだ。…それに今日は、そう言う日だよ、Fenrir。」

そこまで言われてようやく俺は、分け合うと言う漠然としたTeusの言葉が、何を指しているのか分かった気がした。


「…。」

でも違うんだ、Teus。

俺はお前に、まだ一緒にいて欲しいなんて言う自分勝手な理由のために、肉やケーキを分け会いたがっただけなのだ。それは幸せとは程遠いものだろう?

やはり俺には受け取れない。


でもそう言うことが出来なかった。Teusがあんまり嬉しそうだったから。

けれど嘘はつきたくなくて、代わりに俺はこう尋ねた。

「じゃあ…お前は今、幸せなのか?」

彼は最後の一欠片を口の押し込むと、迷わずこう答えた。

「んん、幸せだよ。」

それではケーキが旨くてそう言ったようではないか。

だが、そんな彼より幸せでいられない俺のほうがよっぽど愚かしい。違うか?

俺は先よりももっと大きく口を開いて、なんと二口目ですべてのケーキを喰らいつくしてしまった。

おお、すごいとTeusは嬉しそうな顔をする。


「あんまり俺を、甘やかさないでくれ…。」

こんなに甘くて旨いものを、山のように喰い続けているなんて。虫歯にでもなってしまうぞ。

「道理で、人間は肥え太るわけだ…。」



彼は俺を祝ってくれるために、Teusは相当な骨を折ってくれたに違いない。

俺なんかのために。どれだけ苦しい思いをしただろう。

だがそれでも彼が幸せだと言ってくれたのは、

俺が無邪気に喜んで、幸せそうにしていたのを見て、彼も嬉しくなったからであって。

それでようやく幸せを分けられたと思えた俺は、幸せなのだ。

苦しいなあ。次は、もうどうしたら良い?

何をお前に、分ければ良いんだ?



「よし…では行くとするか。ついてこい。」

たっぷりと食べて重たくなった身体をだるそうに持ち上げると、俺はTeusにそう呼び掛けた。

広く開けた草原だな、もう目星はついている。

彼に先立ち白樺の木の間を縫って歩きながら、彼がどのようなことを企んでいるのか想像を巡らせた。

それは相当大きなプレゼントに違いなかった。

でも食べ物ではないのだろう。だとしたら、一体なんだ?

「此処はどうかな?」

北へと向かうこと30分、次第に明るくなる林を抜けた先には、見渡す限りの平原があった。

両脇に寄り添った、今はまだ葉をつけぬ木々たちは裾を広げるようにして、その丘の向こうへと果てしなく続いている。

今は色の淡い、春らしい景色だ。

「凄い!こんな場所があったなんて…。」

彼は息を呑んで感嘆の声を漏らす。

今から彼がしでかそうとすることにお誂え向きだから、というよりは、この景色が気にったからであるようだ。

「また今度でいいからさ、ここに来てゆっくしたいな。今日は無理だけど…。」

「うむ、悪くないな。」

そんなに良いだろうか。春は好きになれなかったから、俺は何の罪もないこの景色をあまり受け入れられずにいた。

「…それで、ここで一体何をしようと言うのだ?」

そう尋ねるが早いか遅いか、彼の傍らには山と積まれた木樽と、見たところこれは、ライン引きの器具が立てかけられていた。当の本人は、何やら一冊の本を手慣れぬ様子で開いて読んでいる。

まず最初の印象は決して良いものではなかった。

樽の中からは凄まじい臭いが伝わってきていたからだ。その中身を言い当てるのは実に容易で、俺の鼻でなくともそうだと分かるぐらい鉄臭い。濃縮でもしたのかと思うくらい、凄まじい血の匂い。

「だいぶ時間がかかる…。Fenrirは先の続きでも食べて、待っていてよ。」

Teusは既に、森へと動物を還す扉と、俺へと送った箱の中身を開けていて、もう自分の作業に集中しようと言うところだった。

「何か、手伝えることはないか?」

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、ゆっくりしていてよ。」

そうか、では待っているとしよう。

先までの高揚感に水を差されてしまった気がして、暫く俺は黙っていたが、わざと明るい声で無邪気な振りをして思い切って彼に尋ねた。

だって、いつもの彼らしくないじゃないか。

「俺が食べきれないくらい大きな鹿でも召喚してくれるのか?」

「…。」

あのとき、身体を縛り上げた鎖が現れたときに嗅いだ臭い、それと同じであることを俺は確信していた。

それは鉄の錆なんかじゃなくて、血の匂いだったのだ。

Teusはよほど大きな力を行使しようと試みている、その代償としてあの中身が必要なのだろう。

手にした本は、そうしたものに彼が疎いためだろう。それはきっと召喚に関するもであると言って良い。

だから俺の目の前でやりたくなかったのだろう。

「ああ、その…。」

Teusはその一言に案の定動揺した。

お前らしくない、と俺は呟いた。

だってお前は、どんな時でも俺を決して不安にさせまいと自分を平気で犠牲にするような奴だから。

でも俺が嫌な思いをするだろうことは、知っていたはずなのだ。

「…聞いてくれ、Fenrir。俺は、何もしない。ただ、その、びっくりさせようと思っただけで…。」

わかっているさ。

「確かに、今から俺は大規模な召喚をするつもりなんだけど…絶対にFenrirに危害を加えるようなことはしない。約束するから。もし少しでも怪しい真似をしたら、迷わず喰い殺してくれったて良い。だから信じてくれないか?」

「…ああ。もちろん、信じているよ。」

彼にそこまで言わせておきながら、自分がTeusにどうしてそう言って欲しかったのかが分からなくて、俺は中身のない返事を返すしかなかった。



気まずい空気を残したまま彼の元を離れ、林のはじまりの日陰へと歩いて戻る。

…まだ、信じられていないのだろうか。

あの夜の言葉が頭の中で廻る。

いいや、信じていたから、期待したのだろう。あいつは必ず俺の期待を裏切るって。

「ひょっとして、でっかい鹿のほうが良かったかなあ…。」

独り言のつもりだろうが、耳が良すぎたようだ。

もしかしたら聞こえるように言ったのかもしれないと思って、俺はそんなことないと緩く尻尾を振っておいた。

でもそこまで期待していたというのは、ちょっと我儘だったなとも思った。

座り込んだ木陰は、目の高さに花の蕾を下ろしていた。

もう咲いているものがあったのは驚いた。淡い桃色をしている、こちらの匂いは仄かに甘い。

気付けばもう、だいぶ春は進んだのだな。

目を細め、悪くは無いのかもしれないと独り言をつぶやいた。


結局俺は碌に食べ進めもしないで、のんびりとTeusが野原を歩き回っているのを眺めていた。

遠慮なくだいぶ食べたと思うし、勿論まだいける自信もあったが、もしTeusが本当に、鹿ではなく巨大な山羊でも用意していたら、がっつくことが出来る程度の余力は残しておきたかった。

…というか図星だったら悪いことしたなあ。

彼は本を片手にライン引きを引きずる作業を繰り返すだけだったが、歩いた跡には何やら怪しいルーン文字と例の臭いが続いた。

あの円の中には入るまいと思った。


木陰にいても感じる暖かな日差しと、長らく味わったことのない満腹感で強烈な眠気に誘われ、何度か転寝を繰り返すうち、遂には深い眠りに落ちてしまった。

目が覚めたときに感じた並々ならぬ魔法の力は、俺を二度寝の悪魔から救ってはくれたが、どうやら傍らでTeusが俺をばしばしと叩いて起こそうとしてくれていたことにも気づかぬほど爆睡していたようだ。

「Fenrir!!…Fenrirお待たせ!やっとできたよ!」

「…?あ゛ぁ…。」

呻き声をあげ、首を振りながら立ち上がり、思いきり前足を投げ出して伸びをする。

だるい…。これだから春は嫌いなのだ。

起こしてくれていたのにすまないなとTeusに笑いかけ、彼が何やら示す方を見る。


うまく焦点の合わない視線の先には、眠る前と変わらない景色があった。

だがたった一つの瞬きで、それは変わった。

あまりに突然の出来事に、眠気はたちまち吹き飛んだ。

「…なんだ…と?」

この世界に異質なものがそこにはあった。

摩天楼だ。

見上げるほどに聳え立つその建物が何なのか分からず、俺はただ戸惑うばかりだ。

「これは…?」

その外観は、読んだことがあるだけの名ではあったが、バベルを思わせた。

石造りの堅牢そうな塔から、その威圧感だけはひしひしと伝わってくるものの、その内を一切表情に出そうとはしない。

「なんだと思う?」

彼はさも嬉しそうに当ててみろと言う。なんだ、焦れったいな。

「…食べられるものか?」

「虫ぐらいじゃない?食べるとしたら。」

「そうか…。」

だめだ、こいつ浮かれてやがる。自分で確かめるよりなさそうだ。



彼とともに扉の目の前までやってきた。

近づいてみるとその大きさが良く分かった。でもまだこのプレゼントが何なのかわからない。

ひょっとして家だろうか、まさか俺に寝床をやろうと言うのではあるまいな。それならもう間に合っているぞ。

「どうぞ、中に入って。」

Teusが促す。

「扉を、開けてもらえるかな?」

念のため、警戒していることを示した。彼は気にも留めずに頷くと、俺でも容易く潜れる巨大な両扉を開くと、先に入ってくれた。

中は案外平和そうだ。よし、入ってみるとするか。

木で張られた床の上を慎重に歩き、玄関に身体を尾の先までしまい込み、おずおずと辺りを見渡す。

「随分と静かだな…。」

それに、やけに…。

「Fenrirはさ、本が好きなんでしょ?」

後ろで彼の声がする。屋内なので不用意に振り向くのが怖い。

「だからね、最後のプレゼントは、Fenrirに好きなだけ本を読ませてあげるのが良いかなって思ったんだ。」

その意味が一瞬理解できず、俺は彼の顔をまじまじと見つめた。

「そ、それじゃあ…。」

「そう、ここ図書館なんだ。」

っ…!!

俺は彼のとんでもない発想に絶句した。そしてそれを実行したことに敬服した。

何と言うことだ、こいつはあちらに戻って契約を交わし、神立図書館を建物ごとこちらに召喚してしまったのだ。

「Fenrir、誕生日おめでとう!」

「…!」


俺は嬉しさの余り、Teusの周りを走り出しそうになった。動物のように全身で喜びを表現してTeusの顔を舐めまわしそうになるのを必死に堪え、でも尻尾だけはぶんぶんに振って叫んだ。

「ありがとうっ!!」

今度は俺が浮かれる番だった。

ああ、これが夢にまでみたあの図書館か。俺が入れることなんて無いと思っていた…。

林立する書架たち、天井まで伸びる螺旋階段、それらを取り巻く、一面巨大な本の壁。

はじめてと目に焼き付ける。

「だ、だが…。」

興奮のあまり言葉も出なかったが、一度冷静になってみると、後から後から疑問が湧いてくる。

この際、どうやって、とは言うまい。だが…

「…良いのか?みんな困るだろう…。」

「ああ、良いの。今日休館日だから。」

ばかか、良くないだろう。何のための休館日だ。

「良いんだよ、どうせ誰も使わないんだから。」

それでもだな…。

「大丈夫!俺が今日は借りていくって言ったんだから誰も文句は言わないよ。良いかFenrir、図書館って言うのは誰もが利用できるところなんだ。Fenrirだって大事なその一員のはずだよ?

そうでなくったって君は特権階級の狼なんだ…とにかく、一日くらい貸し切ったって誰も咎めたりなんかしないよ。安心して使って!」

「…そうか?」

「まあ、流石にそんな頻繁にはできないけどね。休館日は月に一度なんだ。」

…?まさかこいつ、これからずっと、こんな大それたことをし続けるつもりか?

慌てて行き過ぎた行動を諫めようとするが、いや待て、これは悪くない提案かも知れないぞと思ってしまった。

別に月に一度なんて贅沢は言わないから、ちょっとまた読みたくなった時にTeusにお願いすれば…。

「そうか…悪いな…。」

誘惑に負け、またとない機会をくれたその好意に甘えてしまった。

「…と言うことは、その…。」

俺は言いづらそうに聞いた。

「…俺は本を借りても良いのか?」

Teusは何を言っているんだという顔をする。

「あたりまえだろ?」

それじゃあ!と既の所で駆け出しそうになるのを、もう一つだけ聞いておきたいことがあって踏みとどまった。


「だが…やっぱり良いのか?」

「今度はどうしたんだ?」

こちらは先よりも、深刻な話だと思った。

「その…俺に読ませたくない本だって、あるだろう?」

「え?エロ本とか?」

「ちがあぁうっ!!」

軽く頬をひくつかせたのが腹立たしかった。

…こちらは真面目な話をしているんだぞ。

「そうじゃなくて…。その、あるだろう…危険な怪物に植え付けてはならない思想だとか、そいつが持つ力を増幅させかねない知識だとかを扱った書物が。俺が読むべきではない本だ…。」

「なるほどね…でもそんなものあるかな?」

Teusはふと真顔に戻って考えた様子を見せると、こう決断を下した。

「うん、確かに“禁書”と呼ばれる類のものはある。蔵書が地下書庫にあったはずだよ。」

「それを言ってどうする…!」

と言うかこの召喚と言うやつは、物理的に地下も可能なのだろうか?触れてはならないか。

「入って良いよ、俺の権限で開くと思う。」

「おい、俺は読みたいと言っているんじゃないぞ…。」

「良いんだ、俺はFenriが好きに見て回ることが出来るようにしたいだけだから。

信じてもらうためには、こちらからも誠意を見せないとだめだと思ったんだ。何も隠す気はないよ、俺だって。」

そのように言われ、俺は自らの言動を心から恥じたのだった。

これでは言い返すこともできない。

「…俺は読む気はないからな。」

「それでも良い。」

「こんなことまでしてもらって、後でお前が責められるようなことがあれば俺は…。」

「大丈夫だって!安心して。」

俺はどうしようと言うのか、言葉に詰まる前にTeusはそう遮る。

「さあ、結構時間喰っちゃたから。日没までには返さなくちゃ。」

「そうか、それじゃあ…。」

彼に急かされ、俺はもう一度辺りを見渡す。


「インデックスがある。使うかい?」

俺がどのようにこの本の山と渡り合えば良いのか考えあぐねたと踏んだのだろう。書物の題名のみを載せたらしい本の存在を教えてくれる。

「いいや、必要ないよ。」

俺はそれを丁寧に断った。

「出会いを大切にしたいのだ。…まずは、ゆっくり見て回りたい。」

「そう、それじゃあ…。」

「Teus、本当にありがとう。」


「こんな日が来るなんて、思いもしなかった。」


子供のころの俺は、想像すらしなかっただろう。

こんなやつに出会えるだなんて。

「最期まで読まないとわからないものだよね。」

Teusが珍しくそんなことを言う、彼は本をあまり読まないように見えた。

だが、途中で読むのを止めてしまわなくて良かった本も、あったと思う。


俺はゆったりとした足どりで、新たな深い森の中へと入り込んで行った。

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