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第8話 アームレスリング


 酒場『エーカー』は多くの冒険者たちでにぎわっていた。


「悪いが、オレは先に帰らせてもらう」


「あら、そうかい?」


 僧侶のキースは『具合が悪い』と言って先に帰ってしまった。


 具合というよりは居所が悪かったのだろう。


 残ったのはリリアと魔法使いの男と小太りの武闘家である。


 この男二人は、僧侶キースよりは事なかれ主義な様子で、敵意をまざまざとぶつけてくるようなことはなかった。


 ぐび、ぐび、ぐび……


「へえ、若いのにけっこういけるクチだねえ! ほら、もっと飲みなよ」


 と、リリアは俺のグラスへ酒をなみなみと注ぐ。


 ちなみに、今の俺は17歳の肉体ではあったが、酒への耐性はアラサーの時と変わらないようである。


 そこらへん心配だったが、普通に酒を楽しめてよかった。



 ガヤガヤガヤ……ガシャーン! ガヤガヤ……



 それにしても、確かに解体屋のオヤジの言っていたようにあまりガラのいい店じゃない。


 荒くれ者の冒険者たちの怒声。


 あちこちで小競り合いが起こり、時折酒瓶の割れる音が響く。


 中でも、今カウンター席へ入ってきたあのモヒカンの大男なんかは見るからに厄介そうだ。


 来るなりに隣の席の男の胸ぐらを掴み、なにかいちゃもんをつけている。


「うっ……見ろよ。マイトだ」


 そのモヒカンの大男を見て、魔法使いの男が怯えた声を出す。


「ここのところ姿を見なかったのに……」


 小太りの武闘家も肩をすぼめて言った。


「なんだいアンタたち。あんなヤツにビビってんじゃないよ」


「で、でも」


「ふん、なさけないねえ!」


 そんなふうにリリアが眉をひそめた時である。


 そのマイトとかいうモヒカンの大男が『見つけた!』というようにギロリとこちらを見たのだ。


 そしてカウンター席からのっそりと立ち上がると、この立ちテーブルの席へ近づいてきた。


「よう」


 威圧するような低い声。


 そして……


 近くで見るとすごい胸毛だ。


 もりもりの筋肉にぴっちりしたタンクトップを着ているから、布ごしに胸毛がモコっとした膨らみを作り、首元からもじゃもじゃの片鱗へんりんをのぞかせている。


「お前ら。そこ、席あけろよ」


「「へ……へえ」」


 マイトが言うと、魔法使いと武闘家の男二人はすごすごと席を開けた。


「あ、アンタたち、どくことないよ!」


 リリアはそう言うが、魔法使いと武闘家はバツが悪そうに(そしてニヤニヤと冷笑しながら)立ち去ってしまった。


「へっへっへ。おい、リリア」


 マイトは自分の飲んでいた酒をドン!っと立ちテーブルへ置く。


「お前いいかげんオレの女になれよ」


 そう言って、マイトは甲にびっしりと毛の生えた手でリリアの尻をムチッと掴んだ。


「ふん……誰がアンタとなんか」


 リリアは尻に貼りついた大男の手をペシッと叩いて返す。


「アタシは自分より弱い男と一緒になる気はないんだよ」


 そう言ってリリアは俺の腕にむきゅんと抱き着いて言った。


 マイトは「なんだこのガキは?」と口をへの字にするが、俺のことなど物の数に入らないと思ってか、再びリリアへ向かって話しかける。


「知っているさ。だから今日はお前と勝負しに来たんだぜ。オレ様がお前より強いと証明するためにな」


「勝負?」


「ああ。力勝負、アームレスリングだ」


 アームレスリング、つまり腕相撲である。


 リリアはため息をついて答えた。


「やれやれ。アンタ、半年前にアタシに負けて大恥をかいたのを忘れたのかい?」


「忘れねえ。だが、今やったらわかんねえだろ」


「ふーん。リベンジの気概は買うけどね。手加減はしないよ?」


 そう二人が気色ばむと、酒場はこれに注目し、テーブルの回りに見物が集まってきた。


「よお、どうせやるなら何か賭けねえか?」


「望むところだね。どうせアタシが勝つんだから」


「絶対か?」


「ああ」


 そう答えるのを聞くとマイトはニヤリと笑み、こう言った。


「じゃあリリア。お前、負けたら一晩オレの女になれよな」


「っ!?」


 これにはリリアの表情も凍る。


「嫌だよ。どさくさになにを言うのさ!」


「絶対に勝つなら問題ないはずだろ。それともやっぱり負けるのが怖いのか?」


「そ、そんなわきゃない……けど!」


 そこで周りの観客がヒューっとあおってくる。


 ここでノーと言えば場がシラケる感じ。


 リリアはわなわなと肩を怒らせて言った。


「くっ……わかったよ。そのかわりアンタが負けたらここの支払いと、レベッカの町を裸でさかだちして一周してもらうからね!」


「ヘヘヘ、いいだろう」


 この賭けに、酒場の野次馬はドッといた。


 俺はそんな歓声の中で彼女へ耳打ちして言う。


「や、やめた方がいいよ。不毛すぎる」


「大丈夫さ。アタシはここらじゃ一番の力持ちなんだ。あんな身体だけデカイ男に負けやしないよ」


 そう言って、リリアは力こぶを作ってニカッと笑った。


「ふんっ、これだけの観客だ。負けてからやっぱナシなんて通らねえぜ?」


「そっちこそ、さかだちは大丈夫なんだろうね? 途中で倒れたら最初からやり直しだよ」


 レディ……ゴー!


 と酒場のマスターが合図すると、腕相撲は開始だ。


 テーブルの上で力のこもる右腕と右腕。


 ギギギギ……


 数秒拮抗したが、やがてリリアの右腕が優勢になる。


「すげえ! なんだあの色っぽい姉ちゃん」


「なんてパワーだ!?」


「はっ、お前ら知らねえのかよ。リリアの馬鹿力はここらじゃ有名だぜ」


 などと観客は方々で声をあげる。


 卓上ではまた腕が傾斜していった。


「ははは、そんな非力でアタシのだんなになろうだなんて百年早いよ」


「ぐギギギギ、くそおおお……」


 マイトの丸太のような右腕がテーブルまであと2、3センチというところまで来た。


 リリアの勝ちも時間の問題。


 そう思われた時だ。


「ギギギ…………って、なーんちゃって(笑)」


「え?」


 途端、マイトの腕がぐいっと押し返し、最初の地点まで戻ってきてしまう。


「な、なんて力だい……!?」


 と悲鳴をあげるリリア。


「ふっふっふ。お前に負けてから半年、オレは毎日朝から晩までパワーストーンだけを探し求めていたんだ」


「パワーストーンを? 見つけたのかい?」


「ああ。それもひとつじゃない。……三つだ」


 ざわ、ざわざわ……


 店内がざわめく。


「半年でパワーストーンを三つも?」


「なんて執念だ……」


「それじゃいくら力自慢でもあの姉ちゃんに勝ち目はねえ」


 と方々で聞かれるが、パワーストーン3つだと+90……いや、普通は成長率3倍はないと思うから、+30になるだけじゃないのか?


 そんな俺の疑問をよそにマイトの優勢は続く。


「そういえばリリア。ウワサじゃまだ男を知らないらしいな?」


「なッ! 誰がそんなことを!!」


 女戦士は顔をカッと紅潮させて、太ももをキュッと内股にした。


「わっはっは、バカめ。カマをかけたんだよ。その様子じゃマジらしい」


「っ……!」


「男勝りな女も悪くないが、このままじゃそのすげえ体がもったいねえ。これからは俺さまがよく可愛がってやるからよ」


「誰がアンタとなんか……ぎぎぎ」


 女戦士は、女としてはなかなかガッチリした腕に全霊の力を込めていたが、やがて……


「あッ……」


 女の拳はテーブルへ屈服してしまった。


 ワッ!


 店内は大盛り上がりだ。


「そ、そんな……」


「じゃあ、約束通りオレ様の宿へ来るんだ」


 マイトはモサッとした胸毛の胸へ、女戦士を抱き寄せて言った。


「うぷ……その、マイト。お願いだよ、今のはちょっと……」


 とリリアが言いかけると、店内にブーイングが起こった。


「なんだ、戦士が二言を言うのかよ!」


「女だからって許してもらおうってのか?」


「見苦しいぞ! それでも冒険者か!」


 猛烈なバッシングである。


「っ……!」


 するとさすがのリリアも勝ち気な眉を下げて、何も言えない様子だった。


「ひっひっひ、そう心配するな。明日になりゃすっかりオレに惚れてるさ」


 大男が女の肩を抱き店を出て行こうとすると、野次馬たちは夫婦だなんだのと言ってヒューヒューはやし立て、女戦士は怒りで顔をまっ赤にして涙をこぼさないようにプルプル震えるのみだった。


 このままじゃあんまりに可哀想だ。


「……」


 でも、相手は人間だからオーク・メイジの時とは少し話が違ってくる。


 単純にぶちのめせばいいというワケではなく、この店の空気をこっちの味方にしなきゃいけない。


 その作戦を考えていたのだけれど、うまくまとまらないから、ヤツを引き止めるためにとりあえず口を開いた。


「おい! ええと……このパイナップル頭!!」


「……あ?」


 あまり上手な挑発じゃなかったけど振り返ってくれた。


「今言ったのはお前か、ガキ」


「ええと、その……」


 考えがまとまらないうちに啖呵たんかを切ったので、ちょっと口ごもる。


「ええと、ええと……そうだ。その女は俺が狙ってたんだぜ。連れていくなら俺を倒してからじゃないと困るな!」


 しーん……


 と、店内は静まった。


「ぷっ、ぎゃはははは!」


 マイトのそんな笑い声だけが響いていたが、その声すら止まった瞬間、大きな拳が俺へ向かって飛んでくる。


 ごおおお……


 しかし、その動きはオーク・メイジと比べてはるかにのろい。


「スローだな」


 俺は『風の腕輪』の力でヤツの背後に回った。


「なっ、いつの間に……」


 マイトが顔を青くすると、店内はまたざわめき始めた。


「なんてスピードだ」


「全然見えなかった」


 すると、さすがにマイトもこちらを警戒して、構えを取る。


「ふん。細腕だが、スピードだけはいっちょ前のようだな」


 まてよ。


 これでヤツは俺がスピードの男だと決め込んだようだ。


 なら……


 と、そこで俺はハッと閃いて言った。


「ははっ、そう気色ばむなって。アンタの得意種目で勝負してやるから」


「得意種目?」


「そう。アームレスリングだ」


 そう言って俺はテーブルへ肘をつけた。


「あんたが勝ったらこれをやるよ」


 と言って、俺はアイテムBOXからまだ消費していなかったパワーストーンを三つ出して机に並べてみせる。


「っ!!」


 マイトの目のいろが変わった。


「お、お前、それをどこで……」


「ふっ、どこだっていいだろ」


 と鼻で笑って挑発してみせる。


 ヤツは生唾をゴクリと呑み込んで言った。


「お前に勝てばそいつが手に入るんだな?」


「ああ。その代わりこっちが勝ったらその女とのひと晩は俺がもらうぜ」


「それは……」


 マイトは少し考えるように鼻頭にシワを寄せるが、


「おい、マイト。あんなガキに舐められていいのかよ!」


「そうだそうだ!!」


 と周りにはやし立てられるとヤツも肘をテーブルへ付けた。


「でも、お前が負けた時にそいつを持って逃げられちゃかなわねえ」


「じゃあマスターに持っていてもらおう」


 そう言ってマスターに三つの石を渡すと、果たして『俺VSマイト』のアームレスリングは始まった。


 レディ……ゴー!


「うおおおおお! おおおお! ごあ!! お! お!」


 マイトの太腕が血管を浮かべてたける。


「ぬお! が! ごおおお!!」


 しかし、腕は開始時点から微動だにしなかった。


 思ったとおり、全然力を感じない。


「それで本気か?」


「なに!?……」


 マイトは目を血走らせてこちらを見た。


「あのさ。俺はあえて劣勢になるとかそういうのは面倒だから、もう終わらせるぞ」


「このッ、減らず口叩いてる暇があったら……へっ?」


 次の瞬間、ヤツの毛むくじゃらの拳はテーブルへ屈服していた。


 うおおお!!


 と店はいた。


「なんだアイツ!? 圧倒的じゃねえか」


「つーか、マイトの野郎。いつも威張いばっているクセに大したことねえな」


「あんなガキにやられるくらいだもんなあ」


 そんな辛辣しんらつな評が方々で聞かれる。


「じゃあ、可哀想だけど、女のことはあきらめなよ」


 俺はそう言って固まっていたマイトの肩をポンと叩いた。


 すると、ふいにヤツは俺の肩を掴んで叫んだ。


「うるせえ! お前をぶちのめせば勝負は帳消しだ!!」


 と勝手にルールを作って殴りかかってくる。


「ぎゃはははは、掴んでいれば逃げられねえ……って、え?」


 ので、俺はヤツの拳が届く前に、その顎を少し小突いてみせた。


 ずしーん……


 マイトの巨体は、店のフロアへ大の字になって倒れた。


 これには店内も騒然となったが、


「アンタ!」


 と、客の隙間を縫ってリリアが駆けて来た。


 そして、おっぱいで俺の胸をタックルするようにして止まると、急にしおらしくなって目を伏せた。


「その……ごめんなさい」


「え? なにが?」


「アタシが調子に乗っちまったから……」


「いや、あれはしょうがないですよ」


「でも……」


 とその時、男勝りな女戦士の頬に涙がポロポロこぼれた。


 怖かったんだろうな。


 俺の甚兵衛じんべいの首元に女の熱い涙がみるみる吸い込まれ、それで幸い、他の客にはその涙を見られずにすんだ。


「それより……」


 やがて涙が収まった頃合いに俺は言った。


「俺はまだ飲みたいんですよね。おごってくれるんでしょ?」


「ふっ……あはは、もちろんさ」


 そう言うとリリアは燃えるような赤い髪をかき上げてやっと笑顔になった。



 ◇ ◇ ◇



 目を覚ますと知らない天井だった。


 領地の小屋でも、練馬のアパートでもない。


 胸の上にはシーツが掛かり、背中にも寝具の感触があってギシギシいう。


 どうやらベッドの中のようだ。


「うっ……」


 少し頭痛がする。


 頭痛と言えば、転移した後にすぐ起こった頭痛はいつの間にか消えていたな。


 魂が新しい身体になじんで来たとかそういうことだろうか?


 で、この頭痛はあの頭痛とは違う。


 二日酔いのガンガンする頭痛だ。


 そう言えば昨日飲んでたんだっけ。


 この部屋は町の宿ってところかな。


 全然記憶がないけど、きっとリリアが運んでくれたんだろう。


 あんまり迷惑かけてなかったらいいけど……


 と、そう思った時。



 ぷりん……♡



 ふと、なめらかな弾力のあるぷりっとしたものが太ももに触れるのを感じる。


「なんだ?」


 俺は何気なくシーツをめくった。


「ん、んん……」


 すると、赤い髪の女がパンツ一丁で裸の背中を向けて眠っているのが目に入る。


「え……おい! どういうことだよ!!」


「いやん♡……アタシャもうダメだよぉ♡♡……zzz」


 肩を揺らすと、女は彫刻のようにたくましい背筋と肩甲骨の筋骨をよじらせ甘い声で寝言を漏らしていた。


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