Ⅳ
1ヵ月後。
今日は2人の結婚式。
澄み切った青空の下、リリーは渡り廊下を歩いていた。
中庭には色とりどりのバラが咲き乱れ、まるで結婚を祝福しているかのようだ。
リリーの手を引きながら、ジュリアは得意げに胸を張っていた。
城を抜け出した件が『事故』として処理されたお陰で、リリー同様ジュリアも罰を免れた。リリーの強い希望で、以前と変わらずリリー付きの侍女である。
「リリー様を危険に晒してしまい、すみませんでした」と泣きながらデュークに謝罪したジュリアの姿を思い出す。
怪我をしたデュークよりもリリーを心配する忠誠心の厚い侍女。ベッドの脇で平身低頭する姿に、さすがのデュークも呆れていた。
「お前のような者が側に居れば、リリーも安心だろう。これからも頼む」
「は、はい! かしこまりました!」
「ただし、王宮からの脱走は許さないがな」
怖い位の笑顔を浮かべるデュークに恐れをなしたのか、身を竦め、「申し訳ございません!」と改めて床に頭を付ける。からかって楽しんでいるデュークを半眼で睨み、ジュリアの体を抱き起こす。
「私が頼んだことなのだから、ジュリアがそこまで気にする必要はないわ。そうですよね? デューク様」
「ああ」
わざとらしく肩を竦めて見せるデューク。
そんな2人の些細なやり取りから、ジュリアは気付いたようだ。2人の想いが通じ合ったことを。
涙に濡れた顔をパァッと明るくすると、スクッと立ち上がる。強く拳を握り、決意を新たにする。
「このジュリア、お2人に幸せになって頂くため、これまで以上に尽力致します!」
「ああ、宜しく頼む」
面白がるようにデュークが笑う。「まずはリリーと2人きりにしてもらえるとありがたい」と言われるなり、ジュリアはドアへと向かう。リリーが止めようとする言葉など、聞く耳を持たず。
嬉しそうに微笑むと、ペコリと礼をして部屋を後にした。
後で聞いたところによると、ジュリアは『お2人に幸せになって頂くための応援団』を結成したそうだ。王宮内の侍女によって結成された名前の通りの組織だという。なかなかくっつかない2人を焦れったく思いながら、温かく見守っていた侍女たちは、こぞって参加した。既にメンバーは100名を超えているそう。
デュークの怪我が治癒しない内から、結婚式の準備は急ピッチで進められた。
ベッドに横たわりながら、デュークは招待客のリストに目を通し、式典の流れを確認し、パレードの警備計画に口を挟んでいた。リストに漏れている諸外国の王族の名を書き記すと、控えていた老宰相に手渡す。
また、溜まっている執務をもこなしているようで、政務官が次から次へと書類を運んでいる。時には政務官の方が急かされている程だ。
不満を口にするでもなく、笑みさえ湛えながら書類に向かっているデューク。
「疲れませんか?」とリリーが問えば、「全く」とあっさり答える。これが彼の本来のペースなのだろう。
デュークの命令通り、リリーは彼のベッドの脇で1日の大半を過ごしていた。
退屈する暇などない。
テキパキと指示を出し、書類を捌き、宰相と議論しているデュークを見ていることが楽しくて、時間が過ぎることなど忘れてしまう。思わず惚れ直してしまうこともある。
勿論、結婚式へ向け、リリーにも準備が沢山ある。
ドレスやアクセサリーの選定に始まり、作法の練習。式典の流れを繰り返し頭に叩き込まれる。
疲れてクタクタになってしまう時も、自分たちの結婚式のためだと思うとやる気が出る。
「辛い時は言え」と、労わってくれるデュークの存在も大きい。
――1カ月はあっという間に過ぎた。
廊下を進みながら、リリーは昨日のことを思い出す。
午後の休憩時間。デュークはリリーの手を引くと、アーサーの部屋を訪れた。煌びやかな装飾に、唖然とする。デュークの自室より、遥かに国王らしい雰囲気の部屋だ。
入室早々、両手を広げてリリーをハグしようとするアーサー。デュークはさっとリリーを引き寄せ、背に庇った。
尚も身を捩って近付こうとするものだから、デュークの鉄槌が下った。
長身に甘いマスク。デュークもアーサーも前国王に良く似ており、美形だ。
それなのに、アーサーが何故か残念に見えてしまうのは、デュークと比べてしまうからだろうか。リリーは内心毒付いた。
「いい加減にしろ、お前に会いに来たのではない」
アーサーの部屋だと言うのに、デュークはぶっきらぼうに言い放った。
リリーを振り返ると、「改めて紹介しよう」と言って、部屋の奥を示した。視線の先には、可愛らしい姫君が立っていた。
間違いなく、あの時中庭でデュークに支えられていた姫君だ。
ピンク色のドレスが良く似合う、ふんわりとした雰囲気の女性。あどけなさが残る表情を見ると、少女と呼んでも差し支えないように思えてくる。
「初めまして、リリー様。エミファと申します」
鈴を鳴らしたような声音に、思わずリリーまで胸をキュンとさせてしまう。
慌ててスカートを摘むと、挨拶を返す。
「初めまして、リリーです」
美少女の前で少し緊張する。エミファも緊張しているのか、表情が硬い。
そんな空気を察知したかのように、デュークが間に割って入る。
「この度、エミファは正式にお前の義妹になることが決まった。隣国から嫁いで来るのだから、不安もあるだろう。宜しく頼むぞ」
リリーに向かって説明した後、エミファに向かうと、
「こいつはこう見えて頼りになるから、何かあったら頼るといい」
エミファは頷くと、リリーを見て嬉しそうに微笑んだ。
「宜しくお願いします、お姉様」
胸がキュンとし、頬が赤くなる。デュークが額を小突くが、今は余韻に浸らせて欲しい。
「体に障るといけないから」と言って、短時間で部屋を後にしなければならなかったのは残念でならない。また会いに来ると約束をし、渋々退室した。
自室へ戻る道すがら、デュークがぼやきながら教えてくれた。
正妃を一本に絞り切れない優柔不断なアーサー。彼を取り巻く女性陣の熾烈な争い。彼が覚悟を決めるまでの、長きに渡るデュークの説得。最後は強制的に覚悟させたミノンの一喝。
「それでもアーサーを慕うのだから、エミファの一途さには驚かされる」
舌を巻くデューク。彼の横顔を見ながら、リリーは思わず噴き出した。
「何がおかしい?」
不機嫌そうにリリーを覗き込む。その様子が、更にリリーの笑いを助長する。
「デューク様も負けてはいないと思ったものですから」
デュークには自覚がないのだろうか。
リリーを何年にも渡って想ってきた彼。一途さなら上を行くというのに。
「そういえば」
はっとして、リリーはデュークに問い掛ける。
「私の他に3人の側妃を迎えるという噂は、本当ですか?」
すっかり忘れていた。以前、中庭で前国王の側妃3人が言っていた話。そういえば、あの時以来姿を見掛けない。
デュークは更に不機嫌を露わにし、眉間に皺を寄せた。
「お前の侍女からその戯言は聞いていた」と言い嘆息する。『お2人に幸せになって頂くための応援団』のジュリアとしては、看過できなかったのだろう。こっそりデュークに確認していたとは。
「側妃たちを城に残していたのは、年齢が高く、貰い手がなかっただけのこと。安心しろ。これ以上お前に害をなす前に、皆実家へ帰した」
ジュリアもリリーへ伝え忘れていたようだ。
デュークはリリーの頭をポンポンと優しく撫でた。
「俺の妻はお前だけだ」
ほっとする。
リリーにも独占欲が芽生えてしまったようだ。彼が自分だけを選んでくれることが、嬉しくて堪らない。
「自惚れても良いですか?」
誰よりもリリーを想ってくれていると。
これからも、想い続けてくれるのだと。
彼の顔を覗き込み返す。青い瞳が挙動不審に揺れ、最後には顔ごと背けられてしまった。
「勝手にしろ」
頬が上気している。
リリーは嬉しくなってデュークの腕に抱き付いた。
――回廊を通り抜けると、聖堂がある。
白い大理石でできた外階段を上ると、ドアの前にはデュークが立っている。
白いタキシードを身に纏う。金の髪は撫で付けられ、普段よりも大人っぽい。胸ポケットには白いバラが挿されている。
ジュリアから手を離す。深々と一礼すると、侍女は下がっていく。
デュークは大きく目を見開いた。息を呑む。
眩いばかりのリリーの姿。何度も頷き、ようやく言葉にできる。
「綺麗だ」
純白のウエディングドレス。幾重にも贅沢に重ねられたレースがドレス全体をふんわりとさせ、ボリュームのあるスカートには、諸所にパールとダイヤモンドがあしらわれている。大きく開いた胸元には、何重にもなったパールの豪華なネックレス。ベールの長さはゆうに十メートルを超える。
リリーの美しさを最大限に引き出している。
デュークが差し出した手に、自らの手を重ねる。
ドアが開くと、中には赤い絨毯がまっすぐに敷かれている。
両脇には集まった多くの招待客が総立ちで、割れんばかりの拍手を送っている。誰もが2人を祝福するためにこの場に集まったのだ。
迫力に圧倒され、体を強張らせたリリー。
デュークは少しだけ、繋いだ手に力を込めた。大丈夫だ、と無言で伝えてくれる。
デュークを見上げる。力強く頷けば、自然と緊張も解ける。
「行くぞ」
「はい」
2人はゆっくりと聖堂に足を踏み入れた。
神父の前で愛を誓った後、国王陛下の結婚を祝うためのパレードが開催された。2人は屋根の無い馬車に乗り、街中を回る。
若き国王夫婦を一目見ようと街は観客で溢れ返り、2階、3階からも身を乗り出している。紙吹雪が舞い、誰もが拍手を送る。
2人は笑顔で手を振った。
リリーはベールを上げ、頭上にはティアラを頂いた。
「国産にこだわったんだ」と得意げに語ったのは、デューク。自ら技師の下へ赴き、注文したのだという。
前にプレゼントされたネックレスといい、デュークは贈り物に手を抜かない。心が籠った贈り物は、嬉しい。
街を見渡す。
先日バザーを開催した孤児院の子供たちが大きく手を振っている。その横には、お忍びで外出したと思われるカインとメリルの姿がある。ぎょっとしたが、侍女と衛兵が近くに控えているので問題は無いだろうと胸を撫で下ろす。
港に近付く。
外国からの貿易商人もお祝いのために集まっていた。カラフルな井手達に目を奪われる。
その後ろにこっそりと立ち、エドワードとその家族が手を振っていた。幼い娘たちはリリーを見て興奮しているようだ。
一瞬だけ交わされる視線。リリーは微笑むと、「道は違ってしまったけれど、お互い幸せになりましょう」心の中でそっと呟いた。
リリーの実家の前では、使用人たちが揃って手を振っていた。「リリー様、お幸せに」という横断幕が掲げられ、少し恥ずかしい。長年仕えていた使用人の中には涙を拭う者もおり、リリーもつられて涙ぐんでしまった。
再び街の中心部に戻って来ると、黄色い歓声と悲鳴が一気に増えた。若い女性ばかりだ。
デューク国王の結婚式の知らせは、若い女性たちに衝撃を与え悲しませた。婚約後に式の日程が未定となっていたため、一部の女性は婚約の破綻を期待していたようだ。
国王の結婚を知らせる号外は、タイトルが『笑顔の貴公子、ついに結婚!』。
「女性人気の高い国王陛下は大変ですね」
「まあ、仕方ないな」
より爽やかな笑顔を向ける。失神した女性たちが将棋倒しのように倒れていく。
美は力だ。デュークを見ていると実感させられる。
「その内、側妃に迎えるよう迫られますよ?」
これだけの女性人気である。結婚しても、言い寄る女性は後を絶たないに違いない。
少し拗ねたように顔を俯く。
デュークはそっと彼女の耳元に唇を寄せた。
「側妃など不要だと思われるくらい、子供を沢山作ればいい」
「なっ!?」
驚いて飛び上がりそうになる。
クスッ。意地悪に笑う。
「今夜が楽しみだ」と囁くと、リリーの耳にそっと吐息を吹きかけた。
「ひゃっ」
耳を手で押さえ、「もう」と真っ赤な顔でデュークを睨む。面白そうに口の端を上げる姿が憎らしい。
余裕の表情を浮かべるデュークに「お手柔らかにお願いします」と上目遣いで可愛らしく言ったら、今度はデュークが赤面して固まってしまった。
耳まで赤くして顔を背ける姿が可愛くて、リリーは声を上げて笑ったのだった。
その後のアドリアーノ王国は、第3代国王デュークの賢政により、より豊かな国へと発展を遂げた。
王妃リリーと共に積極的に外国を訪れては友好関係の強化を図った。また自国内では、孤児院や病院、学校の整備に注力し、国民が暮らしやすい国造りを行った。
国王は王妃を一途に愛し続けた。
真摯な姿勢が国民の人気を呼んだ。2人は4男3女に恵まれ、生涯を添い遂げた。デューク国王は末娘が成人するとすぐに王位を退き、余生は世界中を2人で旅して回ったという。
デューク国王とリリー王妃。
幸せな夫婦の代名詞として、アドリアーノ国民は、今も2人の恋物語を語り継いでいる。
完結です。
初めて書いた小説。書くことの難しさを痛感致しました。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。




