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11人目の側妃  作者:
第5章 国王の想い人
16/18

 コンコン。部屋がノックされる。

 デュークに付き添い始め、数刻が経った頃。返事をするより早くドアが開く。

 来訪者を目に留め、リリーは目を見張った。慌てて立ち上がると、頭を下げて礼を尽くす。

 「ミノン様」

 悠然と佇んでいたのは、ミノン妃だった。

 優雅な気品に満ち、他を寄せ付けない威厳を纏う。年齢を感じさせない美しさ、所作の1つ1つまでが上品で洗練されている。

 ゆっくりと室内に歩を進めると、リリーの前で立ち止まった。

 「顔を上げて頂戴、リリー」

 「はい」

 言われるがままに顔を上げると、近距離で視線が交わる。

 同じ国王の妻だったとはいえ、リリーがミノンとこうして対峙する機会は皆無だった。正妃は全ての妃の頂点であり、全てが別格なのである。

 「あなたとは1度お話したかったの」

 座ってと言われるがまま、窓際の椅子に腰を下ろす。テーブルを挟み、ミノンも腰掛ける。侍女は何も言わずに部屋を退室した。

 落ち着かない。視線を彷徨わせていると、ミノンがふっと笑った。

 「そんなに緊張しないで」

 「は、はい」

 ミノンはデュークに視線を移した。じっと姿を見つめている。怪我の具合に関しては耳に入っているはずだ。

 一連の経緯も把握しているに違いない。リリーは大切な息子に怪我を負わせてしまったことへの後ろめたさから、やはりミノンの顔を直視出来なかった。

 「今回の『事故』はデュークが自分で引き起こしたようなものよ」

 驚きのあまり、咄嗟に反論する。

 「いえ、違います! 本当は『事故』では――」

 タンッ。手にしていた扇子でテーブルを叩く。静かな室内に小気味良く音が響く。

 リリーの言葉を遮ると、にんまりと口角を上げた。

 「わたくしが『事故』だと言えば『事故』なのよ」

 ああ、ブラック王子はこの人の息子に間違いないと得心する。怖い。この母にしてあの息子である。

 同時に、「リリー様にはどんなことがあろうと城に居て頂かなくては。我々も、命は惜しいですからね」という宰相の言葉が蘇る。事実を捻じ曲げてでもリリーを城へ残すように命じたのは、デュークだけでは無い。

 この城で最強のミノンに立てつく者などいない。

 「納得がいかないという顔ね」

 心を読めるのか。リリーは目を見開いた。

 「表情がコロコロと変わるわね」と面白そうに笑うと、ミノンは急に真面目な顔でリリーに向き直った。

 「教えて頂戴。何故、城を出て行こうと思ったの?」

 言い逃れは出来ないだろう。相手は11人もの側妃を束ね、王宮を牛耳って来た王妃である。リリーは観念した。

 「デューク様が元の婚約者である姫君と相思相愛だという話を耳にしたのです。お2人が抱き合っている姿も偶然目撃してしまいました」

 だんだんと悲しくなってきた。

 事実を振り返れば、この恋が一方通行でしかないと思い知らされるばかりだ。

 「デューク様には私のような者よりも姫君のように、美しく、高貴な身分の方がふさわしいです。私がお2人を引き裂いていることが耐えられません。お2人に幸せになって頂きたく、身を引こうと思ったのです」

 リリーの言葉を聞き終えると、ミノンは「はぁー」と盛大なため息を吐いた。やれやれと首を左右に振っている。

 きょとんとするばかりのリリー。優雅なミノンのイメージとかけ離れた動作だ。

 「まったく、この馬鹿息子」

 ブラック王妃、見参。オンとオフを使い分けているところまで、この親子は同じだ。

 デュークをギッと睨みつけている。

 「あなたに何も話していないのね」

 恐れ、固まるリリー。肩を竦めながら、ミノンはまるで教師のような口調ではっきりと告げる。

 「あなたを後宮へ連れてきたのは、わたくしよ」

 「……は?」

 話の意図が読めない。

 リリーを後宮へ連れ去り、側妃にさせたのが、ミノン? 何故?

 怪訝な顔をするリリーを余所に、ミノンは腕を組むと、語り始めた。

 ――幼い頃から、デュークは要領の良い子供だった。

 勉強も、運動も。何事もそつなくこなし、周囲から褒められた。将来の国王の座も約束されており、まさに、決められたレールの上を無難に歩んでいた。

 本人にとってはつまらない日々だったのだろう。

 何事にもあまり関心を寄せず、まるで抜け殻のように、ぼんやりと日々を送っていた。

 「転機が訪れたのは、6年前」

 デューク、17歳。

 その頃、デュークが唯一苦手としていたのが外国に関する授業だった。教師のせいだ。つまらない授業を受け続けた結果、苦手意識を抱いてしまっていた。

 王族として必要不可欠な知識であるが、本人が必要性を感じていないことも問題だった。

 克服させるため、ミノンは同年代の貴族の子息に命じ、デュークと共に貿易船の見学に行かせた。諸外国についての講義も受けさせた。

 「目を輝かせて帰ってきた時は驚いたわ」

 ミノンがちらりとリリーの様子を伺う。ドキリとする。

 「興奮しながら話し始めたの。見学会で出会った年下の少女についてね」

 見学会の内容などそっちのけ。さすがのミノンも呆気にとられたそうだ。

 「その少女は夢を語ったそうよ。海外へ行きたいと。そのために外国について学び、その当時で既に数ヶ国語を習得していたのですって」

 ふと、突然に記憶が蘇る。

 父を手伝って講義を行っていた頃、高貴な身分の方々ばかりの見学会があった。夢中になっている他の少年たちの中に、1人だけ無気力で、港に出てもつまらなそうにしている少年がいた。

 容姿についてはよく覚えていないものの、虚ろな瞳だけは印象に残っている。

 少しでも興味を持ってもらいたくて、リリーは必死に話し掛けた。外国について、船について。自らの夢も語った。

 そして、偉そうにお説教をしたはずだ。「夢はそのうち見つかります。見つかった時にすぐに叶えられるよう、どんなことも一生懸命に取り組むことが大切です」と。

 もしかして――?

 青ざめるリリーを見て、不敵に笑うミノン。少女の正体がわかった上で、ミノンは語っているに違いない。

 「夢を持ち、そのために前向きに励む姿が衝撃的だったみたい。年下の少女に負けてはいられないと思ったのね。デュークはその日から、どんなことに対しても全力で取り組み始めた。そこそこ、じゃなくて、1番を目指すようになったの」

 デュークが受けた大きな衝撃。きっかけはどこに転がっているかわからないものだ。

 デュークの変化が嬉しかったのだろう。知らず、ミノンは頬を緩ませる。

 話を続ける。

 ――3年前。

 その頃には周囲からの評価も高まり、誰もがデュークを次期国王として認めていた。

 頭脳明晰、運動神経も抜群で、剣の腕は騎士をも凌ぐ程。人当たりが良く、『笑顔の貴公子』と渾名が付いたのもこの頃である。

 立派な青年へと成長したデュークは、女性からの人気が非常に高かった。舞踏会ではデュークと踊るために長蛇の列が出来、毎日恋文が何十通と届いた。婚約の話も幾多舞い込んだ。

 だが、当の本人には全くその気がなかった。舞踏会では1歩も動かず、恋文に返信を出すこともなく。婚約の話も、ことごとく断っていた。

 そのうち「デューク王子は女性に興味が無いのかもしれない」と実しやかに語られるようになったことが、前国王の側妃を目指す貴族令嬢が増えた原因でもある。

 「理由は予想がついていたけれどね」

 ある日、公務の一環で貿易船の視察に行ったデュークは、偶然あの少女と再会した。

 デュークにとっては感動の再会だったに違いないが、残念ながら少女は全く覚えていないようだった。

 それでも、デュークの心は躍った。

 美しく成長した姿に息を呑み、堂々と貿易船と倉庫内を案内する少女の様子に感心した。3年前以上に知識を持ち、あの時語った夢に向かって今も励んでいることが伺い知れた。

 城に戻るや否や、デュークはミノンの部屋を訪れ、興奮を抑えきれない様子で言った。『あの少女は変わっていなかった、いや、それ以上だった!』と。

 後にも先にも、デュークの口から女性の話が出たのは、この少女のことだけだ。

 「逃がす訳にはいかない」

 ミノンはすぐに少女について事細かに調べた。経歴、家柄、人となり。そして婚約者がいることがわかった。結婚の段取りも進められつつあるという。

 急がなければ、と思った矢先だった。

 問題が発生。前国王が周囲に相談することも無く、デュークの婚約を取り決めてしまったのである。

 相手は隣国の姫君。名はエミファ。

 前国王を問い質した結果、側妃の内の1人の差し金だとすぐに判明した。

 「あれ程の修羅場は、生涯経験出来無いかもしれない」

 思い出すだけでおぞましいとばかりに、ミノンは眉間に皺を寄せた。黒いオーラが背後に見えるようで、リリーは想像することを拒否した。きっと壮絶な戦いがあったに違いない。

 戦いに勝利したミノンだが、外交上、すぐに婚約破棄する訳にはいかなかった。やむを得ず、形ばかりの婚約を継続させた。

 そして、少女を前国王の側妃に加えた。

 少女と婚約者との結婚を阻止するために。誰も手が出せない地位に置き、更に国中の男性に『リリーに手を出した者は、容赦なく処罰する』とお触れを出した。最も念入りに脅したのは、前国王陛下に対してだったが。

 3年間、お触れは守られた。

 陛下のお渡りがリリーに1度もなかったのには理由があったのだ。舞踏会で誰もリリーに声を掛けようとしなかったことにも。

 またこの間、ミノンは関係者を通じて姫君との婚約解消を画策し続けた。期限は3年。乗り気だった隣国を説得するまでに、ギリギリ3年もかかってしまった。

 「手強かったわ」と語るミノン。

 驚きを通り越して、感心してしまう。ミノンの行動力と徹底ぶりに。

 「だけど、1つだけ失敗していた。当のデュークに事情を説明し忘れていたの」

 「えっ!?」

 最も肝心なことではないか。デュークの同意なく婚約を決めたり、別の候補を立てたり。そんなことが許されるのだろうか。

 ミノンはククッと思い出し笑いをした。小刻みに肩を揺らしている。

 「あの怒り狂い振りは、思い出すだけでも面白い、いえ、恐ろしい。胸中如何ばかりだったのかしら、想い人が父親の側妃になってしまうなんて。事情を説明し終えるまで目を吊り上げ続けるものだから、笑いを堪えるのに必死で。辛かったわ。あなたのせいよ? リリー」

 わざとらしくリリーに恨めし気な視線を向けるが、口元は悪戯に笑っている。

 「これだけ骨を折ったのだから、あなたを簡単にはデュークへ渡したくないでしょう? だから、条件を出したの」

 ピンッと人刺し指を立て、にっこりと微笑む。

 「将来、国王になること。これがあなたを妻にする条件よ。条件を守るなら、3年後までにはこの婚約を解消して、あなたとの結婚を許すと約束したの。まさか3年経つ前に陛下が亡くなり、デュークが即位することになるとは思ってもみなかったけれどね」

 まだ若い国王陛下が崩御するなど、誰が予想できただろう。瞳に陰りが浮かんだのをリリーは見逃さなかった。

 毅然と振舞っていても、ミノンの悲しみは癒えていない。

 「わたくし、どうしてもデュークを国王にしたかったの。アーサーではダメ、前国王に似て女性好きだから。妻の苦労を散々味わってきたからこそ、この城で同じことを繰り返させたくなかった」

 妬み僻みの連鎖が渦巻く後宮。あれだけの数の側妃がいれば、ミノンの苦労も絶えなかっただろう。

 「抜け殻のようだったデュークに気力を与えてくれた。あなたには感謝しているわ。あなたは自分なんてと卑下していたけれど、わたくしはあなたこそが良いと思う。前向きで、夢に向かって努力できる。周囲を感化する力がある。王妃に相応しいのはそういう人じゃないかしら」

 優しく微笑まれ、胸が温かくなる。

 認めてもらえたことが、こそばゆくて、嬉しい。

 「ありがとうございます」と微笑むと、ミノンも嬉しそうに微笑み返してくれた。

 「こんな女性を追い詰めて、『事故』を起こすような行動をさせたのは、誰かさんが言葉足らずなせいよ。痛い目を見たのは、自業自得ね」

 わざと大きな声を出す。まるで誰かに聞かせているかのようだ。

 ミノンはそっとリリーにウインクする。

 「失礼するわ。今度ゆっくりお茶でもしましょう、リリー。……デュークもね」

 悪戯な笑みを残すと、ミノンは優雅に歩み、ドアの向こうへと消えて行った。

 まるで先程までの様子が幻だったのではないかと思わせる、凛とした後ろ姿だった。


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