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11人目の側妃  作者: 歩
第5章 国王の想い人
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Ⅰ

 デュークの容体はすぐに安定した。

 ナイフが小さかったために傷はさほど深くなく、命に別条は無いと判断された。今は眠っているが程なく目を覚ますだろうとの、医者の見立て。

 城中の者が安堵の息を吐く。

 騒然としていた城内が鎮まる頃には朝日が昇り、明るい光が窓から差し込んでいる。

 ほっとするとすぐ、リリーは侍女に促されて控室へと向かった。全く気付かなかったが、リリーが着ていた侍女の服は血と泥に塗れていた。疲れた体を労わるような、締め付けの少ないワンピースに着替える。

 手伝ってくれた侍女にジュリアの様子を聞くと、大事は無く、控室で休んでいるとのことだった。ほっと胸を撫で下ろす。

 身支度を整えたリリーは、デュークが眠る寝室の隣室へと通された。

 思えばデュークの部屋を訪れることは初めてだ。

 落ち着かず、キョロキョロと見回す。

 目に着くのは大きな書棚だ。文学や歴史、物理や天文学に至るまで、幅広い蔵書が納まっている。

 だが、圧倒的に外国に関する書物の量が多かった。

 胸がチクリと痛む。一瞬エミファ姫の影が見えたような気がした。

 かぶりを振る。この期に及んで、と。

 「リリー様」

 部屋に入って来たのは、数名の宰相だった。

 皆顔には疲労を滲ませ、昨夜一睡もしていないことが伺えた。一様に暗い表情だ。

 老宰相がリリーにソファを勧め、自らも椅子に腰掛ける。

 自慢の白い顎鬚を撫でながら、「この度は、大変な『事故』に遭われましたな」とため息交じりに語り出す。

 「『事故』……ですか?」

 怪訝な顔で老宰相に聞き返す。まっすぐにリリーを見据え、大きく頷く。

 「いかにも。全ては偶然が重なった『事故』です。あなたと国王陛下は侍女を伴って散歩へ出掛けていました。城から出てしまった事にも気付かず、いつもより遠くへ行ってしまいました。そして、薄暗い道で転び、たまたま落ちていたナイフで陛下は怪我を負ったのです。夜盗を見掛けたようですが、気のせいです。偶然街に居合わせた兵隊が全員を捕縛しましたし、街の人々にとっては好都合でした」

 こんな支離滅裂な作り話で事態の収拾を図ろうというのか。

 リリーが責任を負わないように。兵隊長からデュークの伝言を聞いたのだろうが。

 リリーは素直に頷くことができなかった。

 しばしの沈黙の後、首を左右に振る。

 「いえ、『事故』ではありません。全ての責任は、私にあります」

 デュークが何と言おうと、原因を作ったのはリリーだ。リリーが城を抜け出しさえしなければ、デュークが追って来ることも、夜盗と戦うことも、傷を負うことも無かったのである。

 「私を罰して下さい。謹慎でも、庭の掃除でも、命じられれば応じます。ですが、城からの退去だけは勘弁して下さい」

 デュークから離れないと誓ったのである。約束を違えたくはない。

 一生懸命なリリーの様子に、宰相方は困ったように眉を寄せた。

 「あなたを罰するなんてとんでもない!」

 食い下がろうとするリリーに、老宰相はにっこりと微笑んだ。

 「リリー様にはどんなことがあろうと城に居て頂かなくては。あなたを引き留めたいと願っていらっしゃるのは、国王陛下だけではありませんよ」

 「我々も、命は惜しいですからね」

 命を脅かす程の事情があるのか。さすがに引き下がらざるを得ず黙り込む。

 老宰相は立ち上がると、小さく肩を竦めた。

 「但し、『事故』は今回だけにして頂きますよ? 心臓がいくつあっても足りません」

 「リリー様のお姿が見えなくなったと知った時の陛下の焦燥ぶりと言ったら……。誰がお止めするのも聞かずに単独で城を出て行ってしまわれたのです。あのような陛下は初めて見ました」

 いつも余裕綽々なのに。リリーのために冷静な判断を失い、単身で連れ戻しに向かうなんて。

 目をぱちくりさせる。信じられない。

 だが、宰相方の疲れ果てた表情を見る限り、嘘を吐いているようには見えない。

 「陛下がお目覚めの際は、必ず、お顔の見える位置に居らして下さいね?」

 これ以上陛下を荒立てさせないで欲しい、と訴える。多大な迷惑を掛けてしまったことが心苦しく、おずおずと頷く。

 「頼みましたよ」「必ず、ですよ」と念入りに念を押すと、宰相方はさっさと部屋を出て行った。

 入れ替わりに、控えていた侍女が入室し、促されるようにしてデュークの寝室に入った。

 国王の寝室。

 絢爛豪華な装飾を想像していたのだが、反して簡素な部屋だった。広いベッドとテーブルと椅子が1セット、小さな戸棚があるのみ。

 その広いベッド。白いシーツの上には、デュークは静かに横たわっている。

 顔色は悪いものの、昨夜よりはいくらか頬に赤みが戻って来たようだ。

 無防備な寝顔。規則正しく上下する胸を確認し、ほっとする。

 リリーはベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろした。

 侍女が部屋を辞去し、2人きりになる。

 「デューク様」

 呼び掛けてみても、返事はない。

 そっと、デュークの手を両手で包む。

 先程までリリーの腕を強く掴んでいた、手。引き剥がすのには苦労した。リリーを離すまい、というデュークの強い意志は、リリーの胸を熱くさせた。

 心の中で、眠るデュークへと語り掛ける。

 ――どうして、追いかけて来てくれたのですか? 私の事等放っておけば良かったのに。しかも独断で行動するなんて、普段のデューク様なら決してなさらないのに。

 ――勘違いをしていると言っていた、その言葉の意味は?

 ――あなたは私をどう思っているのですか?

 ――何故、妻にしたいと望むのですか?

 早く目を覚まして、教えて欲しい。

 リリーは両手にぎゅっと力を込めた。


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