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11人目の側妃  作者:
第4章 婚約者の決意
11/18

 晴天の下。暖かく、風もほとんどない穏やかな昼下がり。

 中庭の綺麗に刈り揃えられた芝の上にシートを広げ、リリーとジュリアはリストを覗き込んでいる。

 「こんなに沢山あったのね」

 「はい。なかなかの執念を感じますね」

 広い敷地いっぱいに並べられた荷物、改めバザー提供品を眺め、しみじみと2人は頷き合う。

 いよいよバザーは2日後。

 値札を付け、運び出し易いように梱包するため、全て屋外に出したのだ。

 「基金の打ち合わせも大方終わったから、バザーでそれなりの収益があれば万事うまくいくわ」

 「リリー様が出された書状に対しても、続々とお返事が届いております。寄付も沢山集まりそうですね」

 「ええ」

 満面の笑みで両手を繋ぐ。

 タラッタラッタラッタラッタ~♪

 軽やかな足取りで小躍りし始める。嬉しいことがあると、2人は踊り出す。

 バザーの準備も順調に進み、ご機嫌だ。

 だが、刹那。

 突然冷たい風が吹いたように感じ、背筋がヒヤッとする。

 太陽が雲に隠れてしまう。今まで雲ひとつ無かったはずなのに。

 不穏な気配を感じ、どちらからともなく手を離し、ゆっくりと振り返る。

 「ご機嫌よう、リリー王妃候補様」

 3人の美しい女性が歩み寄って来る。ブロンドの髪のグラマラスな女性たち。広く胸元が開いたドレスに驚き、思わず目を逸らす。

 敵いそうもないと落ち込むのは後だ。自身に喝を入れる。

 リリーは口元に笑みを浮かべ、スカートの裾を持ち上げた。

 「ご機嫌よう、皆様」

 目の前まで来ると、歩みを止める。11番目の側妃に声を掛けてくることなど、これまで皆無だった。

 元側妃として後宮に残っているのは、もうこの3名だけだ。いずれもリリーより一回り以上年上の熟女である。

 1人がちらりとシートに目を移し、ふんと鼻を鳴らした。

 「随分と待遇が変わったようね。前国王陛下がご健在の時には歯牙にも掛けて頂けなかったのに」

 「ちやほやされて、さぞ良い気分でしょうね」

 意地悪く微笑む3人に、作り笑顔で応戦する。

 「ええ、お陰様で」

 リリーが言い返したことに目を見張る。面白くなさそうな顔を作るが、すぐにそれを打ち消す。

 最年長の側妃が1歩前に進み出る。腕を組み、目を細める。

 「政治にまで口出ししているそうね。王妃は王妃らしく、黙って陛下に従っていれば良いのに。調子に乗るのもいい加減になさったら?」

 一歩も引かず、リリーは笑みを深めた。

 「デューク様が発言を認めて下さっています。後ろ盾になることも約束して下さいました。私は王妃候補として出来ることを成しているだけですわ」

 周囲の気温が氷点下まで下がったようで、ジュリアは身震いする。そっと主人のスカートの裾を摘む。

 バチバチと火花が飛び散りそうなほど、睨み合う。無論、表情は両者とも笑顔だ。

 膠着状態は長くは続かなかった。

 チッと舌打ちしながら、側妃は顔を背けた。

 「デューク様の婚約者の座を奪ってまで後ろ盾を得るなんて、なんて強欲なの」

 「可愛そうなお姫様」

 お姫様、というフレーズに引っ掛かりを覚える。嫌な胸騒ぎがする。

 話に乗りたくは無いが、気になる気持ちの方が勝った。

 この10日余りジュリアが探っているにも関わらず、デュークの婚約者についてはほとんどわかっていないのだ。カインの言っていたことはただの勘違いでは無いかと思い始めていたところだったのだが。

 「婚約者の座を奪って、とはどういうことですか?」

 気持ち早口になってしまったが、笑顔だけは崩さない。付け入る隙は与えたくない。

 「まさかご存じないの?」

 にまぁっと口の端が上がる。いやらしい笑みを浮かべ、ずいと顔を近づけてくる。強い香水に眩暈がしそうだ。

 「デューク様にはずっと前から婚約者がいらっしゃったのよ? 隣国の姫君で、それは可愛らしいお方。国王に即位される少し前に突然婚約が破棄され、ショックで体調を崩し、寝込んでいるの」

 初耳だ。思わず目を見開くリリーの様子を見逃さない。

 更に演技がかった様子で詰め寄る。

 「デューク様だって、御心を痛めて今でも毎日のようにお見舞いに行かれているというじゃない。同じ王宮に居て、気付かないはずないわよね?」

 ドキドキと鼓動がうるさい。汗が額から流れる。リリーはそっと目を伏せた。

 とどめとばかりに、側妃はリリーの耳元に唇を寄せた。

 「あなたが相思相愛だったお2人を引き裂いたのよ」

 相思相愛だった――。

 グサリと突き刺さった言葉に、返す言葉が見つからない。

 3人はフフフと不敵な笑みを浮かべながら踵を返す。「お可愛そう」とわざと聞こえるように言いながら、元来た道を帰っていく。

 「あ、そうそう言い忘れるところだったわ」

 振り返り、リリーをじっとりと見据えながら、

 「今度私たち3人もデューク様の側妃に迎えられることになったの。まだ内密だから知らないでしょうけれど」

 最上の笑みを浮かべると、「これからも同じ国王陛下の妻として宜しく」と捨て台詞を残して去って行く。

 ビューッ。一陣の風が通り抜ける。

 今、何を言われたのだろう。

 頭の中でクルクルと側妃たちの言葉が回る。

 「リリー様……?」

 ジュリアが腕を掴み、強く揺さぶる。心配そうに覗きこまれるが、動揺のあまり何も返せない。いつのまにか笑顔も消えてしまっていた。

 デューク様に想い人がいらした?

 今もその方はこの王宮に居て、ショックのあまり寝込んでいる?

 ――知らない。

 兄上も昔同じように変化したことがあったって言っていた。

 兄上も外国のお姫様をお嫁さんにするから、沢山勉強していたんだね。

 カインの言葉が蘇る。

 デュークの婚約者のことを指していたのだろうか?外国の姫君のことを。

 「リリー様っ」

 青ざめていくリリーに、ジュリアの声は届かない。

 リリーが、想い合う2人を引き裂いた?

 リリーを見つめるデュークの笑顔を思い出す。笑顔の裏に切ない想いを隠していたのだとしたら。

 胸が、ズキンと痛む。

 「リリー様!」

 はっとして顔を上げる。ジュリアが真剣な形相で見上げている。強い口調。

 「惑わされてはなりません!あんなもの、嫌がらせに決まっています!今すぐもう一度王宮の侍女に確認して参りますから!」

 「え、ええ。そうね」

 大きく頷く。

 ジュリアは一目散にどこかへ駆けて行ってしまった。

 「気をしっかり持たなければ」

 残されたリリーは、自分自身に言い聞かせる。グッと汗まみれの拳を握る。

 騒いだところで、どうにもなりはしない。今は、出来ることに注力しよう。

 極力考えないように努めながら、リリーは商品の梱包に取り掛かった。


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