0009 難き途 その2
夜鷹美雪は、滅多に感情を表に出さない。怒るのも悲しむのも、殆どの感情を母親の中に忘れてきた様に。美雪の夫は、そんな彼女の声になろうと思い、周りの静止を振り切って夜鷹家の婿として迎えられていた。
その夜鷹美雪が、最近、苛ついているのが、夫にも伝わっていた。10年間、貸与の期間中に米英の大型艦船から多くを学んだ、つもりになっている海軍士官からは、「また連合艦隊を」という声が大きくなってきたのだ。もう艦隊決戦なんてやる相手が居ないのに、まさかまたアメリカ合衆国と戦おうというのか。ソビエト連邦を相手にするのは陸軍の役割であり、今のところは、陸軍の装備の充実させるのに注力するべきなのだ。
護衛空母と駆逐艦、それに潜水艦を真っ先に貸与してもらったのは、日本海軍を大艦巨砲主義から脱皮させるのが目的であった。レイテ沖海戦を生き延びた戦艦「大和」以下、連合艦隊の全艦艇を解体処分したのも、骨の髄まで大艦巨砲主義に染まった日本海軍を、自国のシーレーン確保の為の現代的海軍に生まれ変わらせるのが目的だ。夜鷹美雪が国防軍海軍部門に籍をおいたのは、それが理由である。
それなのに、少し余裕が出てきたからって、また時代遅れの戦艦が欲しいだのと、分不相応な巨大空母が欲しいだのと、これでは戦前・戦中から何も進化していないではないか。ハードウェア信仰が抜けきらないと見える。
今の日本には大型戦艦や空母を維持するだけの国力はない。艦隊決戦なんてシチュエーションだって、もう時代遅れも良いところだ。人類の歴史上、最後の艦隊決戦はレイテ沖海戦であり、連合艦隊はそれで完敗・大敗・惨敗の憂き目を見ている。もう2度と大型の戦艦や空母がぶつかり合う艦隊決戦は起きないと、断言できる。
仮に艦隊決戦が起こるとしても、その敵はアメリカ合衆国ではない。将来、必要になったら建造するべきであるが、今はまだ出来ない。民力休養の時期にある今、戦艦だの空母だのに手を出すわけには行かない。
あの時、鶴野麗花総理大臣補佐と交えての会議にて言った言葉、「一番に陸軍、二番に空軍、三番に海軍」は、今のところ日本国防軍の骨子となる思想であると、美雪は確信していた。樺太や北海道の寒冷地での戦いになれば、平地が多く、地の利がそこまで活かせない地域での戦いとなる。
であれば、陸軍の装備の充実こそが、今のところの急務である。ある程度、世界最強とまではいかなくとも、世界水準の優秀な戦車を造れる様になるまでは、海軍軍拡はまだまだ先の話だ。
なのに、もう戦艦を、もう空母を、求めるなんぞ身の丈に会わない与太話は、もうウンザリである。寝言は寝ていえとは、この事である。フリゲート海軍だの何だのと言われても、日本海軍にとって今最大の課題は「脱・大艦巨砲主義」であり、必要とされているのは「忍耐」である。大型艦艇は、今後10年は待たなければ駄目だ。
夜鷹美雪は、今度ばかりは夫を介して相手に伝えようとはしなかった。書面にて「未来の海軍を想う」という名前の報告書にて発表していた。日本海軍の次のあるべき姿について論じたこの書面は、戦艦不要を説き、空母についても今のところ、運用可能なのはせいぜい護衛空母くらいで、大型の空母を造るのも使うのも早すぎるという内容である。
AL1944年にて、日本を救った「龍嬢」の1人である夜鷹美雪の意見に、反論する事は難しい。それから2年近く経つ今でも、大艦巨砲主義から脱するのに時間が必要であると、誰もが思っていた。
今、戦争が起こるとしたら、その相手はソ連であり、アメリカ合衆国をまた相手にするのには、その時期ではない。その為には、陸軍と空軍に頑張ってもらうしか無い。憲法9条、侵略を目的とした戦争行為の一切を禁ずる。つまり、こちらが配備できる航空機は、戦闘機と戦術爆撃機程度である。陸軍も、対戦車戦にて戦って勝てる戦車を造らずに、細々と生産を続けていた軽戦車も途中で生産中止にしている。旧ドイツ陸軍並みの重戦車は無理でも、ソ連製の戦車、あの有名なスターリン戦車に同等の勝負が出来る程度の戦車を作り、これの国産化に持っていかなければ、これから先、同じシチュエーションに持っていかれた時、自国を守る手段がなくなってしまう。
海軍の拡張はまだまだ先。来たとしても戦艦なんて造らない。夜鷹美雪の決意は固く、これに抵抗しようとした勢力もあったが、確かに「大和」級戦艦を今更造っても、使い道はない。アメリカ合衆国には勝てない。とは言っても、ソ連海軍は極東においては無視して良い規模しか無い。であれば、戦艦は持つだけ無駄だ。
空母だって、積み込む艦載機の調達と、これを乗りこなすパイロットの育成から始めなければならない。これも国産化に向けて、ちゃんと計算して、計画して行わなければ、分不相応なお荷物を抱えたまま国家が破産してしまう。それでは、戦前の軍人の発想と同じである。
今求められるのは、「忍耐」の一手である。夜鷹美雪の「未来の海軍を想う」の最後には、こう結ばれていた。
「時期が来れば、空母も戦艦も持つべきである。が、今はその時ではない。耐え忍んで、その先に機会が来れば、幾らでも建造するべし」
それまでは、タンカーを改装して造った護衛空母や、小型の駆逐艦程度で我慢しろと言うのか。いや、確かに、今もし巨大戦艦の予算を国会に提出したとしても、明治時代の様に議員の給与を割いてまで建造させてはくれないだろう。それこそ時代錯誤と言うやつである。
国防軍海軍部門が、この「未来の海軍」として脱皮して成長出来るかどうかは、国の経済力の成長次第だ。「自動車・飛行機・商船」、この3つの箱物を自力で揃えられるようになった時にこそ、その時が来る。




