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龍嬢  作者: 北村タマオ
第1章 黎明篇
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0008 難き途

 さて、諸々の幸運と努力により、共産主義の拡大は、少なくとも極東では困難になった。安全保障については問題は取り敢えず解決された。国防庁も発足されて、国防軍のイメージもそこまで悪くはない。本土への被害が出る前に負けを認めて降伏したのは、国民から評価されていた。それでも、右翼の知識人や団体からは「本土決戦すれば勝てた」と言う意見が散見されたが、誰も聞く耳を持たなかった。

 軍備はそれでいい。だが、今後も戦争しないで、国の根幹をなす経済力を伸ばすのには、産業を興さなければならない。それは日露戦争に比べ物にならない、国難として日本政府にのしかかっていた。

 本土への空襲が行われる前に降伏した結果、国内の工業地帯や産業にはダメージはない。従業員も、復員兵をそのまま流用できる。しかし、設備も施設も、視察してきたアメリカ合衆国やイギリス連邦王国のそれに比べると、10年遅れている。外国製の優れた機械を買って、1から再出発しなければ駄目だ。

 その為の金はどうするのか。どんな機械を、どれだけ調達すれば良いのか。いや、工業だけではない、農政指導も絶対に必要である。今の小作農制度では、農家の生活レベルの向上に繋がらない。兎に角、牛を使って畑を耕している間は、六等国から抜け出せない。

 さて、ソ連の南下政策は阻止した。これからが重要だ。本命と言ってもいい。国の根幹をなす事業をどうやって興すか。兵器の輸出で食っていこう、とは誰も言わなかった。敗戦国の武器を買うくらいならば、戦勝国の武器を買った方が良いに決まっている。

 さて、これからどうするべきか。国力の根幹をなす工業力がどうしても必要なのだ。それに合わせて、軍備もついてくるのであって、国力を食い潰して軍備を揃えようとしたら、それこそ戦前の悪夢の繰り返しだ。

 アメリカ合衆国が五大湖周辺に建設し、稼働させている大工業地帯、あれに匹敵する大工場を建設して、造った製品を世界中に売りさばく。その為に必要なものは、何でも買い、何でも学び、何でも作る。

 経済省が提出し、政府が掲げた計画では、「自動車・航空機・商船」の産業を伸ばす事に全力を傾ける事、所謂「三つの箱物」と呼ばれる政策を打ち出していた。特に商船隊の再建は急務であった。戦時下にて徴用して、アメリカの潜水艦に片っ端から沈められていった船団を再建しない事には、海軍の禊は終わらないと言ってもいい。最終的には、「大和」級戦艦レベルの大きさのタンカーだって造っても良い。航空機だって、巨大な旅客機を造っても良い。自動車は、一家に一台のレベルでモータリゼーションを広めるつもりである。

 その為に必要なのは、金だ。今は軍艦や戦闘機、戦車よりも、民間企業の実力を伸ばすのに必要な機械や工具、それにライン工のノウハウも欲しい。他国から「猿真似」と言われても良い。日本の工業化に向けて、金と時間をかけなければならない。それはあるいは、戦争よりも辛く厳しい道のりかもしれないが、やりぬければ、天下をとれる。

 かくして、14年以上に及ぶ戦争に向けられていたエネルギーとパワーは、日本の工業化に向けられていた。近隣諸国にて戦争が起きれば、手軽に、そして手早く特需が起きて金儲けが出来ただろうが、この際、自分に都合の良い想像は出来ない。


 その騒がしい世間の動きに対して、こちらは試行錯誤の連続から抜け出そうとして、なかなか答えに辿り着けなかった。日本の「マイナスからの出発」に対して、こちらは「0からの出発」であるとして説得して、設置してもらえた科学省の宇宙開発部では、まだまだ宇宙へ行く為のロケットの設計図の図面を引いている段階だ。

 火鳥朱根は、頑張っている夫の背中を見つめて、この事実を言うべきか否か、悩んでいたが、この際、言わねばならない。

「そろそろ目に見える成果が出なければ、予算は据え置きにされる、だって」

 分かっていた事であるから、夫はそこまで驚いては見せなかった。まだまだ工業化に向けて走り出したばかりで、戦争にて発生した負債もまだまだ返済しきれていない。兎に角、絶対的に金欠・人手不足・ノウハウ無しの三重苦である。それでも、日本中のロケット技師が新しく、健全な夢を追いかけて、この科学省の門を叩いていた。

 科学省からの予算の据え置きは、まだまだ温情のある措置と言えた。普通であれば、廃部も検討されるところである。つまり、まだまだ時間はあるという事だ。

「これからだ、まだまだ諦めるのは早い」

 そうだ、自爆兵器の開発よりも、人類を月へ送り込むロケット開発の方が有意義であると、説得したのはこの火鳥朱根とその夫である。半世紀後にやるよりも、今から取り掛かるべきだ。そう言って説得したのだ。恐らく、この夫婦が死んだ後になるだろうが、火星まで行くのだって夢じゃないのだ。

 と、強がって見せても、もうそろそろ目に見えた結果を示さなければ、今度は予算の据え置き程度では済まされない。

「あなた、先ずは0から始めましょう。小さくてもいいから、どんなに貧相でも良いから、兎に角、飛ばしましょう。ロケットを。今すぐ宇宙に行けるロケットなんて、出来やしないんだから。先ずは出来る事から始めましょう」

 「龍嬢」と呼ばれ、後の世に名を留める火鳥朱根の言葉に、夫の心は動く。正にその通りだ。いきなり王手を取ろうなんて、虫の良い話だ。何でも良いから、ロケットを飛ばしてみせる。今更紙の上で四苦八苦している訳にはいかない。

 AL1947年の春に、彼らは日本が開発・製造した最初のロケットを飛ばす事になる。


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