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龍嬢  作者: 北村タマオ
第1章 黎明篇
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0007 東から西へ

 AL1945年12月、師走の冷たく乾いた空気が列島を包む中で、5人の「龍嬢」が顔を合わせていた。戦中・戦前の政治であれば、天皇陛下を巻き込んだ御前会議が行われる筈であったが、秋口に行った「人間宣言」と、米軍からの使節団に混ざって訪日していた連合軍最高司令官ブラウス・マッカーサー元帥と横に並んでツーショットの写真撮影、米国が「監修」の形で介入した新憲法の作成にて「民主化」の名の下に「君臨すれども統治せず」の形で存続を許される、等々様々な形で政治的な役割を失った結果、ここには陛下の姿はない。

 鶴野麗花総理大臣補佐は、国防軍海軍部門の夜鷹美雪、陸軍部門の雷鳥弥、空軍部門の鷲鉄奈央、宇宙開発専門の火鳥朱根の顔を見渡した後で、全員準備が出来ていると見て、重い口を開ける。

「今後10年以内に、ソ連軍が樺太に攻め込んでくる可能性があると、アメリカ合衆国からの情報筋で通達があった。この10年以内に、出来る限り準備して、来たら腹をくくって戦い、勝てれば幸い、負ければ北海道くらいは献上する羽目になるでしょうね。これから、来たるべき日ソ戦に向けて、どの様な軍備を行うべきか、来年発足予定の国防軍にて中心となるだろうあなた達の意見が聞きたい」

 夜鷹美雪は、秘書として連れてきた夫の耳元に顔を近づけて話すと、夫が言う。

「1番に陸軍、2番に空軍、3番に海軍で宜しいそうです。海軍はまだ米軍や英国海軍から護衛空母や駆逐艦、それに潜水艦を貸与してもらって、根本的な人育てから始めているので、10年では間に合わない。樺太とソ連の間には一応海で隔てられているが、護衛の艦隊が必要なほどの海峡ではないので、ソ連陸軍に対して兵糧攻めは出来ない、と申しています」

 雷鳥弥は、それに対して答える。

「陸軍も事情はほぼ同じです。ここから先、10年以内に、ドイツ最強の陸軍を破ったソ連軍に勝てる軍備を揃えろと言われても、間に合いません。独力でソ連軍を撃退しろと言われても、そうしたらノモンハン事変の如く悲惨な戦いをする真似になります」

 鷲鉄奈央も、これに続く。

「パイロットはある程度は残されているが、これから育成して実戦投入という形に持っていこうとしても、10年以内では時間がないです。航空機の自主開発の権利は残してもらえましたが、旧ドイツ空軍は勿論、米国製の航空機にも勝てません。パイロットの大量育成も、道半ばです」

 最後に、火鳥朱根が述べる。

「戦争そのものを回避できないでしようか。戦争しながら宇宙開発を行うというのは、右手で炊飯しながら左手でソバを茹でる様なもので、とてもではありませんが出来ません」

 ざっと聞き終えた所で、鶴野麗花はとんでもないことを言う。

「予想通りの返答だったわね」

 ずっこけそうになる4人。じゃあなんで意見なんて求めたのさ、と言いたげな表情を浮かべる4人の国防軍と宇宙開発の中心人物に、鶴野麗花は答えて曰く。

「朝鮮民国では、戦時のみと言う条件付きで、米軍を迎え入れようという動きが出ているらしいわ。まだ噂程度だけど、これほど危険な噂は無い。後世に禍根を残す羽目になるでしょうけど、今やらないと全員死んでしまうわよ」

 米軍基地の建設と軍隊の受け入れ、さしずめ「在朝米軍」とでも呼べる代物だ。だが、本当に「戦時のみ」と言う条件は守られるだろうか。常駐させる第一歩とされて、滅亡するまで居座られる可能性だってある。

「10年以内に、ソ連軍を相手に戦って、樺太、北海道を守るのに必要な国力を備えるのは、残念な事に不可能よ。武器も装備も米軍から買う羽目になるでしょうけど、自分の力のみでどうにか出来る事態ではないわ」

「この間、発足した国際連合はこの情報をどうしているの?」

 弥の問に、麗花は苦々しく答える。

「敗戦国に出来る事は限られている。あまり期待できないわね」

 美雪は、そこで夫の耳元でまたゴニョゴニョと話す。

「いい考えがある。ソ連海軍はオホーツク海や日本海の制海権を維持できるだけの力はない。であれば、まだまだ活躍出来る船がある。日本には無いけど、外国には大量にある。何なら米軍を当てにしても良い」

 奈央も弥も、それに朱根も顔を見合わせる。はて、過去に建造した軍艦を「過去の遺物」として全部解体した今になって、次の海軍を作ると意気込んでいたのに、これから何をしようと言うのか。


「イギリスからはキング・ジョージ五世級戦艦が2隻、これは現在建造中のヴァンガード級戦艦と入れ替わる形で貸与の許可がおりた。アメリカ太平洋艦隊からは、ノース・カロライナ級戦艦2隻が、解体前に最後のご奉公して回航されてくる予定です。空母については、「あの」エンタープライズが、完全な形で貸与されました。艦載機については、最新鋭のF8Fベアキャットを所望しましたが、「そこまで面倒は見きれない」と言われて、F4Uコルセアの地上支援仕様が提供予定です」

 あの会議から1ヶ月後、AL1946年には、最高のお年玉が日本国防軍に届けられていた。ソ連はこれを「危険な軍拡」と国連を通じて抗議していたが、アメリカ合衆国はこれに援護射撃を行っていた。

「日本からの要請に基づいて、旧式の軍艦を貸与しただけである。同国には侵略戦争を禁じる憲法9条があるので、防衛力強化の為の協力には積極的に行いたい」

 正に狸の理屈である。自分のした事を正当化するのに、その責任を全て日本に丸投げしている内容であり、いざとなったら「だって日本が要請したから」と言う逃げ道だけはしっかりと用意している。

 極東のソ連軍には、旧式だらけの軍艦とは言え、これに対抗できる海軍力は持っていない。南のイデオロギーは共有していても、関係は底冷えな中華人民共和国からも抗議が飛んできている。

「軽挙妄動で極東をアメリカに取らせるような真似はするな」

 もしそうなって、立場が悪くなったとしても、ウチは助けにいかないよ。とは言っていないが、聞き手にはその意図は充分に伝わっていた。日本が駄目なら朝鮮半島も欲しいところであるが、それはアメリカは勿論、中国も巻き込んだ大規模な戦争にまで拡大する。全く現実味のない話であり、自分達は一切の得をしない。

 結局、ソ連軍の南下政策は、その絶好の機会を失ったまま、遂に成果を出す事は無かったのである。


 かくして、AL1946年3月には、ソ連による南下政策は完全に頓挫したと言う情報が齎されたが、貸与した軍艦は10年後に返還してほしいと言う嬉しいボーナスもつけていた。かくして、日本国防軍、国防庁が発足したのである。

 これがきっかけとなって、日本の新しい海軍はイギリスの戦艦が持つ4連装砲のノウハウや世界最先端のレーダー技術、米空母のエンタープライズの蒸気カタパルトの理論などを学ぶ絶好のチャンスも手に入れる事に成功していた。それが目に見える形で現れたのは、まだまだ先の話である。

 そして、共産主義勢力の目は、アジアから東欧へと向けられる事になる。「鉄のカーテン」で遮られている東欧の国々に対して、「準備」をする様に命じてきていた。


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