0006 井の中の蛙は井の外へ
鶴野麗花総理大臣補佐が主導で企画した、北米大陸及び欧州視察には、翌年創設予定の国防軍を担う人材がかき集められて、AL1945年10月に行われていた。中国国内にて対日戦終了と同時に再開された国共内戦は、毛拓東率いる共産主義勢力の勝利に終わろうとしている中で、アジアの共産化が止まらない中で、日韓併合の支配下からようやく脱した朝鮮民国でも軍が創設される等、日本もまた国防について金を出さなければならなくなった。
先月、技術研究の名の下にハワイ諸島のパールハーバーに繋がれていた戦艦「大和」以下の元連合艦隊の艨艟が再び日本に回航されてきた。旧海軍の関係者は、またこれで海軍が編成できると大喜びしたが、この度、国防軍海軍部門戦略部門所属スーパーバイザーと言う長ったらしい名前のついた肩書にて、新たな日本海軍の軍師として迎え入れられた夜鷹美雪が、その秘書として雇われた夫を介して、その喜びを絶望に変える決定を下していた。
「全部解体して鉄くずにする」
ズルっと音を立てて椅子から転げ落ちた旧海軍の生き残りに対して、極度の人見知りである美雪に代わって説明する夫が言うには。
「全部時代遅れの大艦巨砲主義の生き残りだから、これからの戦争では通用しない。特に「大和」は要らない。同じ船体の上に空母の設備を乗っけたような空母「信濃」も必要ない。1から造った方が良い」
日露戦争の生き残りの初老、あるいは翁と名乗れそうな年齢の老人達からは、せめて記念艦として残せないかと言われたが。
「維持費が勿体無い。軍艦が欲しければ、また造れば良い。もし経済が発展して、国力が充実したら、「大和」に負けない軍艦を作れる。今はまだ軍隊の基礎的部分から作り変えなければならない」
だから、鉄くずにしろ。夜鷹美雪は、表情を変えないままに夫を介して伝えていた。かくして、世界最大の戦艦「大和」は、呉軍港にて解体されていた。他の軍艦も、戦艦・空母問わず、巡洋艦から駆逐艦に至るまで、潜水艦も含めて全て解体されていた。
かなり恨まれたが、この際、一番の敵は身内の日露戦争世代であり、成功体験に基づいた判断しかできない連中であった。そして、夜鷹美雪はこの約束を守ったのである。
後に「龍嬢」と呼ばれる女性は、美雪の他にも、陸軍からは雷鳥弥、それともう1人、航空機メーカーの三星社から鷲鉄奈央が参加していた。見た感じでは、ちんちくりんでもなければ美形でもない、ごく普通の主婦であるが、彼女はあの悪名高いエンジン、「誉」の導入に最後まで反対していた、男に矢を放った女傑である。果たして、現実がその矢が間違いなく的をうちぬいていたのは疑いない。大東亜決戦発動機として、全ての次期主力航空機の全てのエンジンを気難しい暴れ馬の様な「誉」に統一してしまって大失敗した苦い過去が、まだ色濃く残っている時期だったが故に、三星社は鷲鉄奈央を送り込んでいた。
こうして、次の軍隊を担い手となる若者たちを乗せたダグラスDCー3輸送機は、北米大陸へと先ず向かう。
鶴野麗花総理大臣補佐は、北米大陸の軍需産業や工業地帯のみならず、農業や自動車工場も見て回った。そこで、見学者はとんでもないものを見つけていた。
「あれは、さんぱちじゃないのか」
さんぱち、ロッキードP38ライトニングの略称である。双発戦闘機であり、足が早くて航続距離も長い、火力もある、恐ろしい兵器である。それが、アメリカの農場に駐機してあるのを、見つけてしまったのだ。
「何でも、米軍は対日戦終了と共にP38を全部破棄したらしい。状態の悪い機体はスクラップにして、使える機体はコイン機として民間に売っぱらったと」
で、今では畑で農薬散布しているのだ。
「すげぇ、スケールのデカい国だ」
陸軍部門の担当が思わず口に出して言う。こんな連中に対して、1度奇襲が成功しただけであんなに強気な気持ちになっていたのが、恥ずかしい限りである。こんなの、旧大日本帝国では考えられなかったレベルである。いずれはこれに追いつかなければならないのだ。そうでなくても、未だに日本の農政は時代劇レベルの状態で、未だに牛を使って畑を耕している。
兎に角、アメリカは何でもデカく、高く、そして手堅く造って、大量に売ってくる。勝利者が全部利益をかっさらっていく、恐るべき国だ。
他にも見に行ったのが、野球やアメフト等の娯楽も見に行った。これがまた、会場もデカくて豪華で実用主義的な作りで、スポーツの試合よりも、そっちの方が気になってしまった。
マイナスからの出発。いや、自分達は根本的に勘違いをしていたらしい。この際、明治時代の成功体験に引きずられている連中の嫌味・悪口・説教の数々は、地蔵に聞かせる価値しかない。
次に向かったのは、西ヨーロッパである。ここで、夜鷹美雪は念願の花の都、フランスの首都パリに出向く事が出来ていた。霧の都ロンドンも悪くはなかったが、美雪は戦前・戦中にて西欧文化に憧れていた彼女は、初めて実物の凱旋門を前にして、そのまま足が根っこになった様に、その場から動かなかった。
通称はイギリス、本名は連邦王国である島国の艦隊も見てきたが、一番気になったのはスピットファイア戦闘機と、それに積み込まれていたエンジン、グリフォン・エンジンと呼ばれる、液冷エンジンの最高傑作を見て、ドイツと戦い抜いて勝った国の技術力と、エンジンだけ新しくて他の部分は弄くらないという思い切りの良さ、そして鉄の様に頑固な国民性、どれか1つ、旧大日本帝国にあれば、もう少し良い国に出来たであろう。今となっては詮無きことである。
もう一つ、日本国防軍が学ばなければならないのは、船団護衛のノウハウである。特にこれは参考にしたいと思っていたのは、現時点では最強の対潜兵器、ヘッジホッグである。爆雷よりも使いやすくて、強力で安い、無敵の必殺技みたいな兵装である。
連邦王国海軍は、それだけでも飽き足らずに、アメリカからたっぷりと提供された護衛空母を惜しげ無く投入して、ドイツ帝国のUボートからシーレーンを守りきっていた。其の為に役に立ったというのが、レーダーだ。
ソナー等の対潜兵器も、旧海軍に提供されたものは使いづらくてしょっちゅう故障する、とんでもない代物ばかりであった。ここからも学ばければならない。
ついで、最後に立ち入ったのは、分断されたドイツの内、資本主義勢力である西ドイツである。そこで、鷲鉄奈央の心を鷲掴みにする出会いがあった。
「……格好いい」
鷲鉄奈央は、そう言いながら、その戦闘機を見つめていた。メッサーシュミットMe262ジェット戦闘機である。米軍が接収したものの内の1つである。
もう一つ、鷲鉄奈央のハートを撃ち抜いた戦闘機が、クルト・タンク博士がドイツ帝国にて開発した最後の戦闘機、タンクTa152大型戦闘機である。お持ち帰りしたいところである、美しくて力強いルックスは、これまで三星が開発・生産してきた戦闘機なんぞ、乳母車みたいなものである。
鷲鉄奈央が、ドイツ空軍の最後っ屁であるハイテク兵器に目が行っている様に、陸軍部門は、1輛の戦車を見て大興奮である。
6号戦車、ティーゲル。ドイツ第三帝国の未来を担って作られた、最強戦車である。主砲は88ミリ、装甲の硬い事岩のごとしである。
若手で構成されている日本国防軍陸軍部門の男達は、大興奮してこの戦車を見つめていたが、雷鳥弥の反応は冷ややかであった。
「こんなデカい戦車、日本では造れないわよ。仮に造ったとしても、山が多くて河もある、そして田園地帯も多い日本でこれを実戦投入したら、泥に浸かったり、水に浸かったりして、すぐに故障するでしょう」
それに。と、弥はトドメの一言を告げる。
「これは芸術品よ、戦争には使えない。もしそうでなければ、ドイツが勝っていた」
コテンパンに言われたティーガーであるが、それでも88ミリ砲の有効性は、雷鳥弥も認めるところであった。
こうして、視察団は全日程を無事終えて、日本に帰ってきていた。いやぁ、良いもの見てこられたなぁ。あんな連中に喧嘩ふっかけるべきじゃなかったですな。米国もすごかったけど、英国もすごかったですな。
盛り上がりながら、夢いっぱいな状態で帰国してきた使節団の中で、鷲鉄奈央は国防庁長官に1つの上申書を提出していた。
「国防軍に空軍部門を設けるべきである」
鷲鉄奈央の胸の中には、日の丸を描いたMe262やTa152が飛んでいる夢の世界が広がっていた。零戦だの隼だの疾風だの紫電改だので、威張り散らす連中は眼中に無い。それに、日本国防軍空軍部門には、重爆は必要ない。侵略戦争を禁ずる憲法9条がある手前、巨大な爆撃機は造れない。憲法違反であるとして、マスコミに総攻撃されるのがオチだ。一番必要で大事なのは、強力な制空戦闘機だ。バカでかくても良いから、スピードとパワーがあって、頑丈で強力な戦闘機が必要だ。
1度や2度の失敗で懲りずに作り続ければ、金と時間さえかければ、良いものが出来るだろう。今でこそ日の丸Me262やTa152であるが、いずれはもっと凄い戦闘機で、日本の空を守るのだ。
国防庁長官は、渋い表情を浮かべて、一言添える。
「つまり、海軍部門と陸軍部門から、航空機を奪えというのか」
「英連邦の空軍創設時の悪しき伝説が、未だに忘れられないのは分かりますが、取り上げるのは海軍の基地航空隊と陸軍の航空機のみです」
「参ったなぁ、でも、英連邦の空軍はちゃんと結果を残したからな」
英国本土航空戦、バトル・オブ・ブリテンの話である。
「取り敢えず、国防軍の陸軍部門や海軍部門の連中に提案してみるが、あまり期待するなよ」
鷲鉄奈央の夢は、案外早く実現する事となる。日本国防軍空軍部門、略称日本空軍と呼ばれる組織が誕生するのは、それから僅か1週間足らずの出来事であった。




