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龍嬢  作者: 北村タマオ
第1章 黎明篇
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0004 銀色の怪鳥

「我々にはまだ「大和」があります。まだ戦えます」

「飛行機もまだあります。搭乗員も居ます。まだ戦えます」

 と言う、怒りの抗議はむしろ現場の兵隊や指揮官から届けられていた。一部ではクーデターの噂すら流れていた頃になって、これまで深刻な政治不信の中で権威と信用を失っていた日本政府は、次の「龍嬢」に意見を求めていた。


 国会議事堂の中を歩いていく1人の女性が居た。秘書でもなければ歩く事は勿論、入る事すら難しい、男性社会の権化の建物の廊下を歩く彼女は、30代前半の年頃であるが、これから頑張れば嫁入り出来そうな顔立ちではある。服装もバッチリ決まっており、歩く様もキビキビとしている。

 総理大臣以下、閣僚がズラリと並んでいる部屋の中に、彼女は入る。中年、初老の男が並んでいる中に入っていった彼女に、閣僚達は喜色を浮かべて言う。

「麗花君、待っていたよ」

 麗花。鶴野麗花は、内閣のお歴々を前にして答える。

「私が呼ばれると言う事は、また面倒事が起きたのですね」

「陸軍大臣も海軍大臣も、正直お手上げといったところだ。年寄りの軍幹部は早々に負けを認めているが、若手のいわゆるエリート参謀達は一切認めるつもりはないらしい」

「それはそうでしょうよ。これまで努力してきて、これから出世しようとしていたのに、人生賭けてやってきた仕事を全部奪われるんだから、怒るのは当然よ」

 鶴野麗花は、用意された自分の椅子に座ると、総理大臣を前にしても、井戸端で主婦同士で喋っているのと同じ調子で話す。

「武装解除・動員解除・社会復帰、軍人にとって最悪な条件をアメリカが要求している。そうでもしないと、こちらの無条件降伏の提案は受け入れられない」

「無条件降伏なんだから、諦めて受け入れたらいいのに」

 麗花はあっさりと言ってのけると、1つの提案を出す。

「陸軍・海軍問わず、若くて地位の高い連中を全員連れて行って、サイパンに行きます。面白いものが見れると思うので」

「サイパンに行って、何を見るというのか」

「硫黄島の飛行場にある偵察機が見つけた、面白い物があります。それを見れば、彼らを説得する事が出来るでしょう。私の肩書は、開戦時の御前会議の時と同じ、総理大臣補佐で宜しいでしょうか」

 閣僚達は、顔を見合わせずに頷く。


 サイパン島からの米軍の迎えは、空からやってきた。てっきり、ダグラスDCー3輸送機だと思っていたら、よりデカくて、より美しい、アメリカ合衆国の「力」を象徴する、間違いなく世界で一番と呼べる爆撃機が迎えに来ていた。

 ボーイングB29スーパーフォートレス戦略爆撃機。強力なエンジンを4基搭載し、日本が遂に作れなかった強力な過給器、スーパーチャージャーを装備しており、高高度でも速く飛べる。ざっと見ただけでも、日本では到底作れない傑作四発爆撃機である。1度、日本でも作ろうと思って、作ってはみたものの、使い物になる物が一つも出来ずに断念した。

 厚木基地に降り立ったB29からは、ブラウス・マッカーサー元帥が降りてくる。通訳を通じて、日本からの客人を歓迎する旨を伝えると、麗花以下10人の観察団はB29の中に入ると、広い、そして快適である。サイパン島の飛行場までたどり着くと、10人の背筋が凍りつく。

 飛行場に銀色のB29がズラリと並んでいる光景を見て、観察団の1人が思わず呟く。

「勝てるわけがない」

 この日本では到底作れないバカでかくて、強力な爆撃機が、飛行場狭しと並んでいる光景は国辱クラスの力不足を感じさせていた。ついで、そこから見えたのが、アメリカ合衆国太平洋艦隊の艨艟である。

「すげぇ」

 矢張り、観察団の1人が呟く。眼前に浮かぶ軍艦全てが、贅沢な設計である。しかも、凄いのはその数である。開戦時の、最盛期の連合艦隊でも、ここまで数を増やせなかった。その条件でこいつらに戦っても、どう足掻いても勝てるわけがない。


 1週間後、戦艦「大和」を始めとする連合艦隊の残存戦力が、日本本土からハワイ諸島のオアフ島、真珠湾まで回航される事になっていた。もう今度は誰も文句は言わなかった。飛行機もプロペラを外された状態で、時期が来たら、アメリカに研究の為に運び込まれる事になっている。

 しかし、鶴野麗花総理大臣補佐は、それではまだ不足であるとして、北米大陸の、アメリカ合衆国本国の視察も行うべきだとしていた。軍人への説得はこれで終わりだ。次は政財界のVIPを引き連れて、アメリカ合衆国の力を見るべきだと主張していたが、それはアメリカ側が断りの返事を出していた。

「ドイツとの戦争が終わるまで待ってほしい」

 そうだ、すっかり忘れていた。ドイツとは同盟国であった。イタリアは既に降伏していたが、ドイツは西の連合国、東のソ連に挟まれて亡国寸前のドイツをどうするのか、そこは全く考えていなかった。

 そろそろ、年も明けてAL1944年も終わるという頃、中国大陸や満州国、朝鮮半島、それにインドシナを始めとする南方資源地帯からの引き上げも始まっている。ドイツは日本の出し抜けに怒り心頭だが、ベクトル・ヒトラー総統は負けを認めようとはしていない。太平洋に配置していた戦力が、欧州に派遣されたら、すぐに決着がつくだろう。

 鶴野麗花総理大臣補佐は、米国本土の視察が無理だと知ると、更にとんでもない提案を出してきた。ヨーロッパを視察したいと言うのだ。流石にこれは内閣からも反対意見が出てしまい、結局流れてしまったが、戦争が終われば何度でも海外視察を行うつもりであった。学ぶべきことが多すぎるからだ。


 そして、ここにもう1人、「龍嬢」となる女が、夫を引き連れて、内閣に上申をしに来ていた。AL1945年に年が改まってから、まだ間もない頃に、である。2人の胸の内には大きな夢が1つ、抱かれていた。戦争が終わってからと、我慢を重ねていたが、今度はもう我慢する必要はない。陸軍省も海軍省も廃止されて、民力休養に全力を注いでいる今こそがチャンスだ。

 もう我慢しない。この「龍嬢」は、夫と共に覚悟を持って足を運んでいた。


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