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龍嬢  作者: 北村タマオ
第1章 黎明篇
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0002 連合艦隊敗れたり

 まさしく異例づくしの御前会議であった。この国を動かすVIPの集まり、即ち軍人、男達の世界に、1人だけ女が混ざっている。それも、肌色が悪く、髪はボサボサ、取り敢えず陛下の御前にて参上するのに服装だけはキッチリしていたが、普段がどんな服装なのかは想像する事は出来た。

 夜鷹美雪。海軍に縁のある財閥のご令嬢らしいが、番頭にまでのし上がった、実力者だとも言う。だが、そんな女がどうして御前会議などに。

「本日、お集まりいただいたのは、他でもない、帝国存亡の危機に当たり、如何にしてこの大東亜戦争にて勝利を得るのか。それについて話し合うべきである。事にこの1年における海軍の失態は、目に余るものがある。1年は持たせると言わしめたマリアナ諸島はあっさりと年内に陥落、更にレイテ沖海戦にて無謀な作戦を強行して主要艦艇の大半を失い、南方資源地帯と分断された、今日の危機的状況を作り出した責任を如何にして取るつもりなのか、そこからお聞かせ願いたい」

 陸軍の幕僚は嫌味たっぷりに言い放ち、海軍側の反応をよく見るが、みんな動揺もしなければ怒りもしない。何故だろう、これまで背負わされてきた重荷から解放された様な、そんな清々しさすら感じてしまう。

 そして、真上重則大将が席を立つ。一冊の分厚い報告書を持って、始める。

「陛下及び列席者の皆様。これから話が長くなりますが、我慢して最初から最後までお聴きいただくようにお願い申し上げる」

 と、言った後から始まったのは、その報告書の朗読であった。


 AL1941年12月にて行った真珠湾奇襲作戦により始まった大東亜戦争も既に3年余りが経ち、我が国は健闘虚しく敗北への道を走り、レイテ沖海戦での大敗は偶然ではなく必然であり、世界第3位と言われた連合艦隊には、致命的な欠陥と誤解と慢心があったものと結論付けられる。

 その中で最も深刻な問題を3つあげるものとすると、「大和」「酸素魚雷」「船団護衛」の3つに絞られる。順序立てて説明していく。

 先ず、「大和」から始める。戦艦「大和」と「武蔵」は、世界最大・最新・最強の戦艦であるが、航空攻撃には敵わない事が判明した。だが、それ以前に戦艦同士で戦ったとしても負けていた可能性が高い。否。確実に撃沈されていただろう。アメリカ海軍が物量でゴリ押ししてくれば、「大和」も「武蔵」も沈んでいただろう。

 パナマ運河の制約上、40センチ砲以上の主砲が装備できないから、より大きな46センチ砲を装備して対抗する。理屈としては間違いはないが、戦艦に限らず、軍艦同士での砲戦での命中率はどんなに頑張っても1割程度。「大和」級戦艦は2隻で、主砲は9門。1門あたりに割り当てられている砲弾数は約100発。つまり、全弾撃ち尽くすまで撃ち合っても、最高の命中率を示したとしても、敵戦艦に命中するのは180発という計算になる。

 対する米軍の戦艦は、こちらの諜報網や偵察等で推測するのに、その数は、新型10隻、旧式8隻程度である。新型だけでも、写真から見て判断するのに、40.6センチ砲を3連装3基装備していると見える。10隻で9門、1割の命中率として、「大和」と「武蔵」が浴びせられるだろう砲弾は900発。

 対46センチ砲装甲を施したのだから、40.6センチ砲ならば耐えられると思うものも居るだろうが、同戦艦は集中防御という名目で、船体に施された装甲は船体の3割程度。他の部分は駆逐艦レベルの防御力しか無く、新型戦艦10隻の集中砲火を受ければ、戦闘に耐えられぬ損傷を負うのは目に見えている。

 もし2対10で正面から撃ち合ったら、180対900の命中数では、敵の戦艦も3,4隻は沈められるだろうが、「大和」と「武蔵」もやはり沈むであろう。では、他の長門級戦艦や金剛級戦艦を投じれば違うと言うだろうが、金剛級戦艦は36.8センチ砲装備の巡洋戦艦で防御力も攻撃力も、敵の新型には到底太刀打ちできない。他の伊勢級戦艦や扶桑級戦艦に至っては欠陥品かつ古すぎて足手まといにしかならない。長門級戦艦が辛うじて対抗できるが、これも矢張り旧式で、何よりも速度が25ノットでは「大和」よりも遅く、艦隊運動に支障をきたす。

 我々にはまだ「大和」があるが、もう使い道はない。建造自体が間違っていたと結論付けられる。


 ついで、「酸素魚雷」である。この世界にて唯一成功した酸素を用いた魚雷であり、米軍の魚雷よりも速く、威力も高く、長く走る。傑作魚雷であるが、水雷科はその威力と性能を、そして日露戦争での功績を持ち出して、戦艦以外の全ての軍艦に魚雷を無理やり積み込んでいった。巡洋艦に関しては、造船官からも「巡洋艦に魚雷は不要」としたのに、自分の部署を、つまり水雷科の利益を優先して、新しく軍艦を造船する際に、性能が良ければその都度「魚雷は積めないか」と圧力を加えていたのは、その典型例である。

 そして、今現在、世界最強の「酸素魚雷」は余っている。残っている駆逐艦も少なく、また電探が加速度的に進化している今、夜間雷撃すら危険である。即ち、使う機会がもうないのである。軍の一部勢力が、この余った魚雷を改造して、人間魚雷なる常軌を逸した兵器を考案したらしいが、水雷科の自分の力に対する過信と慢心は、連合艦隊での部署同士の争いの激しさと、戦時にもかかわらずに悠長な身内同士での足の引っ張り合いを証明する事象であると言える。

 最後に、「船団護衛」ですが、帝国海軍にとどまらず、帝国陸軍にも通底する問題ですが、我々は兵站を軽視しすぎました。あるいは、これの重要性を見誤りました。またこちらの潜水艦も、米軍の輸送船団への攻撃に積極的ではありませんでした。一時期、船団への攻撃に投入されていましたが、思っていた程の成果は得られませんでした。逆にこちらは次々と潜水艦を失い、また民間から徴用した輸送船も1日に1隻のペースで沈められていきました。マリアナ沖海戦では、我が方の大型空母2隻を喪失したのも、米軍の潜水艦によるものである。

 米軍より遅れて、海上護衛隊が創設されて、小型ながら空母も飛行機も投じて船団護衛に注力したものの、逆に空母を相次いで3隻立て続けに沈められ、船団を解散して個別に港に向かうようにして、事実上任務に失敗している。

 かくして、連合艦隊敗れたり。海軍はもう2度と艦隊決戦は勿論、船団護衛も出来る環境にございません。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て。今、なんと申されましたか?」

 列席者の1人、胸から勲章をジャラジャラとつけている陸軍の将官が確認する。真上重則大将は堂々と言う。

「かくして、連合艦隊敗れたり」

 その場にいる人間、全員の背筋が凍りつく。無敵皇軍、世界に冠たる帝国海軍が、その敗北を認める発言をしたのである。しかも御前会議、この国の名目上とはいえ最高指導者の前で、はっきりと述べたのである。

「連合艦隊はもう戦えません。やっても確実に負けます。フィリピンを占領下に置いたら、次は小笠原諸島、あるいは沖縄も戦場になります。今の内に負けるべきです」

 夜鷹美雪は、自分の隣に座っている夫の耳元に顔を寄せて、ボソボソと喋り、夫が代弁する。

「至らぬ表現があったら指摘してほしいとのことです」

 事実上の勝利宣言である。海軍側の列席者は、顔を真赤にしているか、あるいは清々しい顔になっているのか、そのどちらかである。

「もう海軍の結論は出されたので、次は陸軍の結論も聞きたいと思います」


 会議の帰り道にて、陸軍は憤然としていた。御前会議であんな事を口走るとは。しかし、あの夜鷹美雪とか言う女番頭の報告書だけは正確だ。それが余計に悔しい。アメリカ合衆国相手の戦争で、海軍が「無理です」と言われたら、陸軍だけでは戦争なんて出来ない。

 その険悪な空気の中で、全く違う反応をしている将官が1人居た。松澤邦彦中将である。

「いやぁ、烈女ですなぁ、あの夜鷹美雪殿は。もし開戦時の御前会議にて彼女が出席していれば、そもそもの話、戦争にならずに済んだのかもしれませんなぁ」

 と、言葉を尽くして褒め倒した後で、「良いこと思いついた」と言わんばかりに手を叩いて言う。

「我々もやりましょうよ。優秀な女性経営者でも、何でも良いから、評判の人材に頼んで、現状を分析してもらいましょうよ。どうせ本土決戦になれば、全員この列島を枕に討ち死にするのですから、やれる事は何でもやりましょうよ」

 元々、陸軍内部でも奇人・変人で通っている松澤中将であるから、こんな事が言えるのだが、今度ばかりはそんな悠長な言葉で済ませられない。翌日には、既に人選を進めており、リストを作り始めていたのだ。

 その中から選ばれたのは、雷鳥弥。なんと帝国女子大に通っている現役大学生である。次の御前会議の日程を素早く組ませて、それに合わせて雷鳥弥に対して報告書作成の為の資料集めを始めていた。

 何故そうするのか。それは、面白そうだから。そして何よりも、海軍に先を越されたのが悔しいからだ。陸軍からしてみれば、サイパン陥落の頃から、この戦争の結末を見据えていたのだから、今更面子も意地もない。死ぬ前に、やれる事を全部やってから死のう。松澤邦彦中将には、有形無形の妨害工作や嫌がらせが加えられたが、構わずに雷鳥弥に好きにさせていた。

 そして、最速で日程が組まれた次の御前会議にて、雷鳥弥はその若々しい印象の外見で、前回の会議にて夜鷹美雪が示した報告書よりも分厚い鈍器の如き資料を前にして、陛下は勿論、その場に居た人間全員が圧倒されていた。松澤邦彦中将は、連日の徹夜続きにも関わらず、疲れ知らずに話し始める。


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