0014 熱い時代の始まり
彼らは決意した。
もう冷たい戦争を続けるわけには行かない。アジアの共産化には失敗した。であれば、ヨーロッパを真っ赤に染めるしか無い。いや、こうなれば、全世界を真っ赤に染め上げる為に、決着をつけるべきだ。
第3次世界大戦。それは彼らにとってもトラウマとして深く心身に刻まれていたが、これから先、未来永劫、冷戦を続けても、自分達は負ける。そうなる前に、資本主義勢力との決着をつけるのだ。
人類史上、最後の戦争。第2次世界大戦こそが、その最後の戦争になる筈であったが、まだ戦争は終わらない。これから始まるのは、「人類史上最後の戦争」ではなく、「人類史上数ある内の1つの戦争」となるだろう。これから始まるのも、そうである。世界を赤くするか、あるいは自分が流した赤い血に沈むか。そのどちらかである。
東西に分断されたドイツの首都・ベルリンにある、ベルリンの壁の向こう側が何やら騒がしいと言う噂が出回っていた。戦闘機、戦車、兵隊の姿が増えている。一体、どうなるのか。不安な日々を送る西ドイツにて、資本主義勢力に齎される情報は、悲観的な未来を予見させていた。
「1ヶ月以内に、ソ連とその衛星国の連合軍が、ベルリンの壁を超えて西ドイツに攻め込んでくる」
同じ様な報告は、アジアにも入ってきていた。同じ共産主義の中国も踏み越えて、そして日本の樺太へと踏み込んで、資本主義勢力相手に、全力で喧嘩を売るつもりだ。
あの「禁断の究極兵器」は、まだまだ何処も使っていない。だが、今度の大戦にて使われないという保障はない。
日本にとって、戦後20周年の節目にて、この様な物騒な情報は握り潰したいところであるが、国防軍の主要戦力が、北海道や樺太に集まりだしていた。朝鮮民国も、中国も、どちらもソ連軍の南下に対して備え始めていた。中国も共産主義勢力であるが、関係は冷え切っているので、お互い矛を交える可能性がある。
国防庁が一番焦って、恐怖して、動揺していた。戦後20年が経つAL1964年にて、日露戦争の亡霊は全て消え去り、新世代の若者達が率いる国防軍の中枢は、自分達の実力を誰よりも理解していた。
国防庁長官は、民政と軍部の橋渡しとなる役目であり、現場にて指揮を出すのは、国防庁内部にて新設された、実戦部門最高責任者こそが、国防軍に置ける実戦部隊の最高指揮官、日本国防軍に置ける諸葛亮としている。しかし、このAL1964年春の諸葛亮は、まだ若くて、女であった。研究部門にて、陸・海・空問わず、あらゆる軍の作戦指揮を研究した経験のある女傑であり、「龍嬢の再来」と言われていたが、本人はそれよりも、前線となる樺太や北海道のことを考えていた。
「龍電」は既に旧式で、今は双発ジェット戦闘機として「星電」が導入されている国防軍空軍。50式戦車に加えて、最新鋭の62式戦車も含めて、日本全国にある戦車を、戦闘用車両を根こそぎ動員している。補給物資もあるだけ集めている。
海軍も、日本国防軍海軍を象徴とする10万トン級戦艦「播磨」「常陸」を中心とする1個機動部隊をもって、ソ連軍を海から阻止する。ウラジオストックにいるソ連海軍は、あえて相手にしない。ソ連が潜水艦と駆逐艦、それに基地航空隊とを組み合わせた、言うなれば湾岸警備海軍であり、それを沈めるのに10万トン級戦艦は必要ない。
このまま、抜かずの刃にて終わると思っていた刃を、遂に抜く時が来た。現地にて部下達を見た実戦部門最高責任者・深紅希望中佐は、「龍嬢」達が創り上げた軍の力を信じるのみである。
深紅希望。その「龍嬢」達の中で、最も信頼できる、心強い最高責任者である。戦争が終わる前に生まれていた希望は、物心が付く前に戦争が終わっていた。産まれた家は、代々軍人の家系でもない。本人の進路志望も、国防軍ではなくて農政省であった。近年、ようやく近代化し始めた農家出身である。結婚して家庭をもって、泥を踏んで田んぼの面倒を看るのが嫌でもなかったが、父の一言で、公務についていた。
「お前、東京に行きたくないか。デカいビルや、全国から集まった頭の良い若者が集まっている、日本で一番大きな街だ。おめぇ、そこに行ってこい」
それから毎日、晴耕雨読の日々を送り、国防大学の入学試験に合格、国防庁の研究部門に赴任していた。何時しか「龍嬢」と呼ばれていた深紅希望中佐は、陸・海・空の部門問わずに勉強し続けて、気がつけば今の地位に立っていた。
深紅希望中佐は、前線本部となるだろう北海道の美味しい空気を肺いっぱいに吸って、はく。ここから、この穏やかな光景の広がる北の大地にて、血腥い戦争が始まると想うと、ここを開拓してきた人々に頭を垂れて謝りたい気分である。
ソ連軍と旧日本軍の衝突は、ノモンハン事変にて行われて、優劣が出ている。全く機械化されていない旧日本軍は、ソ連軍に大敗。責任者は処罰もされないままに責任を逃れて重役に収まったままで、太平洋戦争までなだれ込む事になった。
深紅希望は、そんな男の駄目な部分を真似するつもりはない。先代の「龍嬢」達が命をかけて、勇気を振り絞って守ったこの土地を、男のプライドの犠牲にさせる事無く守り抜いたのだ。今度もまた、守り抜いてみせる。
AL1964年夏、最初の砲声を発したのは、ベルリンの壁の向こう側から来たソ連軍の方であった。第3次世界大戦、ここに開戦である。




