0013 不吉な予感
AL1957年、全世界がショックを受けた。
ソビエト連邦が、人類史上初の人工衛星、スプートニク1号を打ち上げていたのだ。アメリカ合衆国が受けた衝撃はことのほか大きく、大統領はすぐさま宇宙開発に力を入れるべく、とんでもない予算をかけて、有人飛行については先鞭を担うべく、とんでもない規模の予算と人手を投じていた。
それは、この日本の科学省宇宙開発部にも齎されていた。研究と実験と反省を繰り返して、どうにか小型のロケットが飛ばせるようになっていた所だったのに、ソ連に先を越されるとは。初めてはアメリカ合衆国であると思っていたが。恐らくは、旧ドイツ帝国の優秀な人材を使ったのだろう。あのアメリカ合衆国が開発したと言う「究極兵器」も、既にソ連は開発しているという情報もある。
火鳥朱根は、夫と共に、スプートニク・ショックを報じている新聞の記事を見つめながら、自分達もショックを受けていた。先を越された。半世紀後に始めるより今始めるべきだと、説得して動き出したのだが、如何せん今ある金と人材では、この程度である。
あんな馬鹿みたいな、て言うか馬鹿としか言いようがない巨大戦艦を建造するよりも、こっちに金と人を回してくれれば……いや、それでも、まだまだ日本は復興途上だ。本土決戦こそ避けられたが、経済や工業力はまだまだ2流である。技術力はある。才能もある。あとは環境だ。
朱根は、夫にかける言葉が見つからなかった。世界中のロケット技師の3分の2が、羨ましいと思っているに違いない、この快挙。環境さえ整っていれば、世界最初の人工衛星の打ち上げは、日本だったかもしれないのだ。辛かろう、悔しかろう、憎かろう、色々な感情が、頭の中で、胸の内にて、嵐の如く吹き荒れていた。この広大な宇宙を好きなように飛び回れたら、こんな星は大海原に浮かぶ小岩程度の狭い世界であると分かるはずである。そして、それが出来たら、もうこんな石ころの上で戦争なんてしたってつまらないと想う筈だ。
そんな時、アメリカ合衆国から公式な形で申し出が届いていた。その内容を一言で要約すると、この通りである。
「貴殿らをNASAに迎えたい」
その申し出を持ち込んで来たのは、NASAからの特使が、通訳を通じてわざわざ火鳥朱根とその夫に伝えていた。夫は、笑顔を浮かべながら即答する。
「NO THANK YOU」
わざわざ不慣れながらも英語を用いて答えてきたので、特使はかなり不機嫌になりつつも、もう一度訴えかけたが、今度は日本語で答える。
「あなた達は、まだこの星の重力に引っ張られている。私はもっと広く、遠く、そして自由に、宇宙を駆け巡りたいのだ。宇宙開発競争を、政争の道具にしている限り、あなた達はそこから先には辿り着けないだろう」
何故にそう言うのか。彼は答えて曰く。
「政争の道具になったら、勝敗が決した時点で開発はストップする。米ソ冷戦が人類滅亡まで続くとは思えません。いずれはどちらかが負けて、宇宙開発は終わります。それでは、金と人の無駄遣いに終わってしまいます」
まだロケットだってまともに飛ばせないあなた達が、宇宙開発競争に勝てるというのか。
「勝ち負けではありません。我々の使命なのです。この宇宙の中に浮かぶ石ころの上で、憎み合って血を流すのではなく、この宇宙で星から星へと飛び回る事が出来たら、宇宙開発はその為にあります」
貴国には、今のままでは宇宙開発に必要な設備は勿論、人材も予算も工面できないのではないか。我が国ならば、予算も人材も惜しげ無く、無制限で使える。悪い話ではないが。
「そこは焦らずに、地道に努力していくしかありません。宇宙に魔法はありませんし、通じません。何度でも言いますが、勝ち負けではありません。皆が迎えるべき共通のゴールなのです」
特使は怒って帰ってしまった。Fワードこそ面前では言わなかったが、目に見えない所で言うに違いないくらいには怒り散らしていた。
夫は、火鳥朱根に語りかける。
「そろそろ、次の世代に委ねる時かもしれないね。自爆兵器を作らされたかもしれない化石が、何時迄もふんぞり返るわけにはいかないんだよ。これから先、日本の宇宙開発を担える人材を探そう」
それは寂しいが、事実である。もう戦後になって10年以上、日本の宇宙開発を目指して孤軍奮闘してきたが、結果は残せなかった。せいぜい先駆者として歴史に名を残す程度の功績であるが、先程も特使に言った通り、勝ち負けではない。次を担える人材に託して、自分はもう身を引くしかない。このまま老害として、スタッフの足を引っ張り続けるよりは、余程良い。今まで自分の手伝いをしてくれた妻の為に、残りの人生、全部使ってしまおう。
それに、嫌な予感が1つ、彼の胸の内にて引っ掛かっていた。アメリカ合衆国とソビエト連邦、この両国が永遠に冷戦を続けるとは思えない。代理戦争なり全面戦争なり、何なりと戦端を開くだろう。そうなった時、日本の宇宙開発は何処へ向かうのか。それだけが気がかりであった。
彼の予測は、不気味なまでに正確に的中する事になる。
第一部 完




