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龍嬢  作者: 北村タマオ
第1章 黎明篇
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0012 ただ消え去るのみ

 AL1954年は、戦後日本の転換点と呼ばれる年となった。「自動車・航空機・商船」の「3つの箱物」の事業にて黒字を達成し、日本全国にある工場には、海外から買い取った最新設備を用いて、次々と海外に輸出されていき、外貨をたっぷり稼いでいた。財政省は、「1億総所得倍増計画」を発表し、10年のスパンにて考えられていた計画は、前倒しで目標を達成してしまう。

 国防体制についても、陸軍は50式戦車と言う主力戦車の実用化に成功、樺太・北海道の国防軍に重点的に配置されていた。初期型には故障や不具合が見受けられたが、4年後にはそれを克服して、今では性能は勿論、信頼性も高く、稼働率も高い優秀な戦車となっていた。

 空軍でも、念願の国産ジェット戦闘機が実用化されていた。「竜電」の名前をもらった、見てくれは不格好で、「竜電」と言うよりは寸胴のクジラの様な見栄えであるが、性能は世界水準まで引き上げられている。空戦用ロケット弾も装備しており、アメリカ空軍のF86セイバーや、ソ連空軍のミグとやり合っても互角に渡り合えると言われている。

 この流れに、1つだけ取り残されているのが、海軍であった。自国製の新型戦艦と新型空母が欲しい。その声が日々大きくなり続けていた。それに合わせて、夜鷹美雪もまた辞職する機会を伺い始めていた。もう自分が海軍に出来る事はもう無い。ただ、この新型戦艦と新型空母の建造に関する建艦計画に携わった時点で、日本国防軍海軍部門戦略部門スーパーバイザーを辞するつもりである。新型戦艦と新型空母の建造計画を国防庁が発表した時、中国や朝鮮民国、それにソ連からの抗議を想定していたが、思っていた程の抗議は受けず、反応したのはむしろ国民からであった。

「また戦争を始めるつもりか」

「またあの辛い総力戦を戦わせるつもりか」

「またアメリカと無謀な戦争をするつもりか」

「憲法9条にて禁じられた侵略戦争の準備ではないか」

 新聞などのメディアもこれに乗っかり、抗議活動は大きくなっていった。それでも、海軍部門は建造を強行しようとしていたが、そこを上手く誤魔化し纏めたのが、鶴野麗花総理大臣補佐であった。

「戦艦は2隻だけ、空母は4隻だけ建造して、貸与された米英の戦艦は返還する。これだけの軍艦では、アメリカ合衆国とは戦っても絶対に負ける。あくまでも抑止力の為の建艦計画である」

 夜鷹美雪は、これを政府側が示したギリギリの妥協だと見ていた。戦艦2隻、空母4隻、これが現状の日本の国庫にて養えるギリギリの数である。

 イギリス連邦のキング・ジョージ5世級戦艦の4連装砲のノウハウを得て、アメリカ海軍のノース・カロライナ級戦艦の技術と日本の技術を加えた、フランケンシュタインの化物の様な戦艦。それが、海軍部門の装備部門から出された計画案であった。ここで示された2隻の戦艦のスペックはかくの如きである。

 排水量11万トン以上。

 主要兵装は主砲48センチ砲4連装砲2基。連装2基。合計12門。

 装甲は船体の50%に対48センチ砲装甲を施す。

 速力30ノット以上。

 最初にそれを見せられた海軍部門の実戦部門は、うげぇと、声を出してしまう。こんなとんでもない戦艦、景気が良くなったからと言って2隻も造れと言うのか。維持するだけで、とんでもなく金がかかるに違いない。

 空母についても、尋常ではないスペックが要求されていた。

 排水量4万トン以上。

 艦載機は全機ジェット機で搭載機数80機以上。

 速度32ノット。

 蒸気カタパルトを用いた飛行甲板の採用。

「装備部門の奴らは計算すらできないのか」

 実戦部門は完全に頭に来ている様子であった。護衛空母と駆逐艦だけの海軍。でも、これは今の日本の身の丈にあっている編成なのだ。海軍の本懐は船団護衛、シーレーン確保、艦隊決戦なんて明治時代の日本海海戦だけで終わりだ。それを完全に無視して、今更こんな大きな箱物を造って、どうしようと言うのか。実戦部門の本音を言わせてもらえれば、こんなものを造るくらいならば、護衛空母や駆逐艦、それに潜水艦を増産してほしいくらいだ。

 装備部門は、また連合艦隊を作りたいようであるが、冗談ではない。特に戦艦については「造ってみたいだけ」と言う本音が丸見えである。国民の怒りはごもっともであり、その主張は「金がかかるから嫌だ」であり、「軍国主義の復活」を恐れている訳では無い。生活がまた苦しくなるのは、貧乏に戻るのはまっぴら御免である。

 実を言うと、4隻の空母だって金がかかるという意味では、ある意味では戦艦2隻よりもあくどい存在だ。積み込むジェット戦闘機、パイロット、航空燃料、色々と用立てると、戦艦よりも維持費もかかれば手間もかかる。

 なんでこんな無茶苦茶な造船計画を立ち上げたのか。それは無論、海軍の復讐である。「1番に陸軍、2番に空軍、3番の海軍」と言う優先順位に対して、再び1番か2番に返り咲きたいと言うのが本音である。

「こんな低レベルな計画なんて、まともに取り次ぐ必要はない。断りましょう」

「時代錯誤も良い所だ。今の護衛空母や駆逐艦だけでも、シーレーン確保には不足しているというのに、こんな玩具を造る余裕なんて無いぞ」

 装備部門のみならず、作戦部門、更には海運会社の商船隊からも批難の大合唱が起きていた。しかし、夜鷹美雪が夫を介した返答は意外なものであった。

「戦前ならばともかく、今は経済力も国力も回復しているのだから、建造しても良いのではないかしら」

 それはかつて、戦後間もない頃に旧日本海軍の生き残りに告げた言葉を守る内容だった。経済力が戻ったら、「大和」以上の軍艦を造れば良い。

 そのついでに、夜鷹美雪は夫を介して告げる。

「私はもうそろそろ引退したい。憧れのヨーロッパ移住を果たしたい」

 長男も長女も大きくなって、そろそろ独り立ちしてもいい年齢となっている。夜鷹美雪と夫、2人の夢はそこにあった。

 結局、この戦艦2隻と空母4隻の建造計画は了承された。戦艦は「播磨」「常陸」、空母は「雲龍」「飛龍」「昇龍」「蒼龍」と命名されて、海軍工廠にて起工していた。竣工は2年後に予定されており、公試運転が終わったら、正式に海軍に引き渡される事になる。

 それに合わせて、夜鷹美雪は海軍に辞職を差し出し、スーパーバイザーの仕事を辞して、憧れていたヨーロッパ移住を果たしたのである。そして、彼女は故郷から遠く離れた憧れの土地にて、夫ともに骨を埋める事になる。


 AL1954年、最初の「龍嬢」が表舞台から去っていった。



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