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龍嬢  作者: 北村タマオ
第2章 熱戦篇
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0015 砂漠からのお誘い

 また戦争か。第2次世界大戦が終わってから、まだ20年しか経っていないのに。ヨーロッパではまた大勢の難民が発生しているらしい。ようやく再建できた街があっちで廃墟になり、こっちで廃墟になり、地獄絵図らしい。その内、この日本も樺太からソ連軍がやってくるだろう。その為に、多額の税金をかけて、あんな馬鹿みたいな戦艦や金食い虫の空母、それに億単位の金がかかる戦車、戦闘機を揃えているのだ。

 まだ今のところ、樺太も北海道も無事である。あるいはまさか、既に秘密でも何でもなくなっている「禁断の究極兵器」を使われるかもしれない。20年、必死になって大東亜戦争改め太平洋戦争が終わってから、民力休養の言葉と共に貿易国として産業を興してきたのに、今更になって戦争か。

 北大西洋条約機構、NATOが、ワルシャワ条約機構に対して反撃して、東西に分断されたドイツにてワルシャワ条約機構軍の侵攻が止まっているらしいが、戦場にされたドイツ国とその民はいい迷惑である。危うく本土決戦になるところをギリギリのタイミングにて降伏した先人達、「龍嬢」とこれの意見を聞いて採用した男達に、感謝しなければなるまい。


 深紅希望中佐は、夏の樺太にてソ連軍の南下に備えて、じっと待ち続けていたが、一向にソ連軍は姿を見せない。第2次世界大戦にて、対日参戦する前に降伏されて、攻め込む機会を無くしたソ連だから、今度こそ攻め込むつもりだろう。

 既に第三次世界大戦と公称されている戦争の飛び火が、このアジアに飛ばないとは限らない。それでも、日本国防軍に許されたのは、自国領土の防衛のみであり、いかなる理由があろうとも侵略行為による軍事行動を一切禁じた憲法9条から、戦略爆撃機を持たない。海軍に空母はあるが、先の大戦の様に奇襲攻撃なんぞ出来ない。

 深紅希望中佐は、実戦部門最高責任者として、現地に近い役所の建物を借りて、前線指揮を行うつもりで、この北端の地に立っていたが、待てど暮らせどソ連軍が来ない。いや、これないのではないのか。中国や朝鮮民国を刺激して、ソ連に攻め込むかもしれない。いや、こんなのは希望的観測だ。

 そうでなくても、ソ連を始めとするワルシャワ条約機構は、アフガニスタンにすら出兵している。ヨーロッパにも兵を挙げた。アジアだけ例外などと、誰が決めたのだろうか。

 日本国防軍は、憲法9条の手前、海外に派兵するのは違憲に当たると言う見解も出されているので、ここから先、ヨーロッパが黙示録を迎えて世紀末な被害を受けても、軍の派遣は出来ない。自分の国のみ防衛するしか無い。NATOに加盟していない手前、そして地球の裏側にて起きている戦争故に、影響はそこまでない。

 そうして、樺太・北海道にてソ連軍に備えている最中に、政府から矢の催促が齎されていた。紺碧花蓮総理大臣補佐と共に、アフガニスタンから悲鳴の如き、否、悲鳴そのものの声が届けられていた。

「現在我が国を侵略しているソ連軍を倒すのに、協力してほしい」

 と言うのが、その悲鳴を要約した内容である。深紅希望中佐は、バッサリと言う。

「無理です。国防軍の装備は本土防衛を前提にしているし、兵隊もその為の訓練しか受けていません。50式戦車は勿論、62式戦車も渡せません。今はソ連軍に対する抑止力として、樺太・北海道の守りに徹するのが一番です」

 大体、なんで中東に攻め込んできたソ連軍を相手に戦争しなければならないのか。紺碧花蓮総理大臣補佐は、気まずそうな顔で言う。

「最初は、アメリカに協力を依頼したらしいけど、断られたらしいわ。だから、日本に依頼したいと言う話よ」

 迷惑この上ない。縁もゆかりも無い、最寄りの国で資本主義勢力だからと言う理由だけで、命をはれだなんて、迷惑以外の何物でもない。アメリカとは同盟国ではあれども、安全保障については参戦義務もなければ協力義務もない。その分、軍事費をかけなければならなくなったが、国土を燃やされなかった為に、復興も早く出来た。

「義勇軍として、志願者を集めて送り込む。と言う形では、どうでしょうか」

「無理です」

 やっぱりバッサリと言う。

「それで、アフガニスタンに恩は売れるでしょう。ですが、隣接する中国や中東各国との関係にヒビが入るかもしれません。ソ連軍が樺太・北海道に対する軍事行動を取らない確証が無い限り、ここから一兵でも動かす訳には行かないのです」

 深紅希望中佐は、一歩も譲らない。紺碧花蓮総理大臣補佐は、仕方がなく矛を収める。

「では、後日、また交渉に来ます。その時には今回よりも良い条件で話を持ちかけくるので、それまでソ連軍が南下しないと祈って下さい」


 馬鹿か、貴様。そんな事、出来る訳がないだろう。第一、そんな話持ちかけても、相手にされるかどうかわからんぞ。

「今がチャンスです。同じイデオロギーを持っていたとしても、同盟国ではなく、むしろ険悪な仲だからこそ、付け入る隙があります」

 あの国と国交正常化を果たしたとして、それからどうするつもりだ。珍獣でも借りるのか。国民の血税をつかって。

「現時点で一番現実的な血税の使い方です。アフガニスタンへの派兵をするのには、中国なり中東なり、経由しなければ兵員を輸送できません」

 そんなに戦争したいのか、外交省や国防庁は一体何を考えているんだか。

「ですが、樺太・北海道にソ連軍が南下するのを防ぐのには、これしかありません」

 だがな、それが逆に作用したらどうする。逆にソ連軍の南下を促す事にもつながりかねないぞ……ちょっと待て……何、何だって。分かった。

「どうかしましたか」

 君にとっては朗報だよ。アフガニスタン侵攻を理由に、中国がソ連に宣戦布告した。日中国交正常化、君のアイデアは政府でも通るだろう。パンダにも会えるかもしれんな。

「アフガニスタンを制する国はユーラシア大陸を制する。その重要性を、中国は我々よりも感じ取っていたのですね」

 そう言う事だ。外交省にかけあってみよう。この際だ、味方は一国でも多い方が良い。

「まだ反日感情も収まらない内に、こんな話を持ち込んでも、かの国の国民は許してくれるでしょうか」

 まだ20年だからな。しかもイデオロギーも違えば、お国柄も違う。この際、一切のプライドを捨てて、謝罪だろうと反省文だろうと、求められたら、可能な限り答えようではないか。


 外交省の特使として選ばれたのは、黄木麗。まだ入省して2年目の新人であるが、年寄りを送り込んだら、戦中の偏見が態度に出るかもしれないという事で、彼女は選ばれていた。

 その間、深紅希望中佐以下国防軍は、寒い樺太・北海道にて、来るかもしれないソ連軍を迎え撃たんと待ち続けていた。日中国交正常化の交渉が始まったと言う特報が届けられたのは、その3日後であった。

 新聞の一面を飾る黄木麗の顔写真と名前を見て、深紅希望中佐は同類の匂いを感じ取っていた。なんだ、こいつも「龍嬢」か。であれば、日中国交正常化は成功するだろう。それが出来なければ、こいつは偽物だ。

 近々、日本の動物園でパンダが見られる未来もあるかもしれない。深紅希望中佐は、この黄木麗に対して、全幅の信頼を寄せていた。


 ソ連極東軍は、北中国への侵攻の準備にかかっていた。彼らにとって、この第3次世界大戦は博打である。この世界の旗が全部真っ赤に染まるまで続ける所存である。今更、2正面作戦、戦力の逐次投入、戦線の拡大等々の批難は気にしていられない。やられる前にやるべきだ。ソ連軍が、かつて満州と呼ばれた土地に向けて、用意できるだけの戦力を注ぎ込んでくるのは、それから1週間後である。


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