第99話 五人で、共に在る
「あ。そういえば、皆さん。忘れてました」
ある朝、リタさんが、受付で手を叩いた。
「パーティ構成が変わったので、規定により、絆値の再測定が、必要です」
「「「「あ」」」」
そういえば、である。五人目の登録から、ひと月。書類仕事の波に紛れて、あの儀式を、やっていなかった。
「……測るのか。あれを。また」
「規定ですので!大丈夫ですよ、たぶん、今回も——」
「「「「測定不能(だろ)(ん)」」」」
「皆さんもう慣れちゃって……台帳の身にもなってください……」
なお、測定の報は、なぜか一瞬でギルド中に広まり、廊下に野次馬が詰めかけた。ドワーフの賭け板が、今日も仕事をしていた。
『五人でも測定不能: 1.1倍』『まさかの数値が出る: 12倍』『結晶盤(三代目)が壊れる: 4倍』
「倍率が、もう、私たちを信用しきってるのよね……」
「1.1倍って、賭けの意味あるのか?」
「ん。こわれる、に、いちまい」
「身内が四倍に張るな!!」
——例の小部屋である。
例の絆晶盤。……ただし、三代目である。初代は俺たちの一度目に悲鳴を上げ、二度目で「あきらめが早い」と評されて引退した。二代目が何をして代替わりしたのかは、聞いていない。あの系譜の、最新型である。結晶は、俺たちが入室した瞬間、心なしか、光を細くした。怯えている。機械のくせに。
「では、五名で手を置いて、唱和をお願いします。あ」
リタさんが、言いかけて、止まった。
「……ヴィクさん。唱和の文句、ご存知ですか?その、初めてですよね、この儀式」
「“共に在る”、だろ」
ヴィクは、結晶盤の前で、静かに言った。
「知ってる。……ずっと、聞いてきたから。こいつらの唱和を。横で。……輪の、外で」
「「「「…………」」」」
「最初は、馬鹿みたいな文句だと思ってた。声に出すのが契約だなんて、原始的だって。……でも」
ヴィクは、手を、伸ばした。乳白色の結晶に、四つの手と、並べて。
「今なら、分かる。声に出すから、契約なんだ。……逃げ場が、なくなるからな」
「ふ。悪口一年生も、言うようになったな」
「ちなみに我が眷属よ、唱和には呼吸の作法があってだな。腹の底から、魂を——」
「五回目の常連が講釈するな!!初回の私でも、理屈は分かってる!!」
「(初回で理屈が分かってる方が、たまに怖いのよね)」
「うるさい。……ほら、やるぞ。せーの、で」
五つの手が、結晶に触れた。
「「「「「共に在るッッ!!」」」」」
結晶が、輝いた。
目盛りが、駆け登る。30、50、70、90、上限へ。見慣れた光景である。俺たちは、いつもの「測定不能」の宣告を待った。
——だが。
今回は、違った。
結晶は、上限で明滅する代わりに——ふわり、と、光の色を変えたのである。
乳白色から、淡い、七色に。
そして、部屋中に、光の糸が、投影された。
「「「「「!?」」」」」
四本の、太い、絡まりきった糸の束。俺たちが四人で見慣れた、いや、見たことのない、俺たちの絆の“形”。そして、その毛玉のような束に、外から、一本の細い糸が——幾重にも、幾重にも、巻きついていた。
新しい糸だった。まだ細い。まだ浅い。だが、確かに、毛玉の一部になろうとしている、紫紺の色の糸が。
「これ、は」
「絆値の、可視化……!?三代目には、こんな機能が!?」
「ないです!!こんな機能、仕様書のどこにも!!」
リタさんが、台帳を取り落とした。
光の糸は、数秒間、部屋を満たし、それから、静かに、消えた。
結晶は、何事もなかったかのように、乳白色に戻り。
目盛りは、例によって、全部消えて。
台帳への記録は、こうなった。
『パーティ《腐れ縁》(五名)。絆値、測定不能(五回目)。特記: 未知の発光現象。糸状の投影を確認。原因不明。備考欄、増設を申請』
「備考欄の、増設……ついに、枠が……」
「リタさん、しっかり!!」
——帰り道。
誰も、しばらく、口を開かなかった。あの光の糸を、それぞれの胸で、反芻していた。
先に口を開いたのは、ヴィクだった。
「……見たか。あの、細い糸」
「ああ」
「あれ……私、だよな。あの位置。あの色」
「だろうな」
「…………まだ、細かったな」
「ヴィク」
俺は、立ち止まって、俺たちの五人目に、向き直った。
「糸はな、太さじゃない。巻いた回数だ。俺たちの毛玉は、十年ものだ。お前のは、まだ半年足らず。……それだけの間に、あれだけ巻いたんだ。上出来にも、程がある」
「…………」
「それに、だ。見ただろう。お前の糸は“外から結ばれてた”んじゃない。“自分で、巻きついて”いた。……あれはな、ヴィク。世界のどんな仕組みにも、解けん類の糸だ。自分の意思で巻いた糸だけは、な」
ヴィクは、俯いて、それから、顔を上げた。
金の瞳が、笑っていた。
「ん。……知ってる。巻いたのは、私だからな」
観測日誌、本日の特記。ヴィクの字で、いつもより、丁寧に。
『絆値、測定不能(五回目)。……ただし、今日のは——見えた。確かに、見えた』




