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絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


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第95話 家族湯と、誓いの公文書

「そういえば、これ、期限が近いわよ」


沙耶が帳面の栞から取り出したのは、一枚の券だった。


『湯屋・家族湯 無料券(五名様) 貸し切り・壺湯付き』


覗き犯(湯守イタチ)事件の礼にもらった、あの券である。ヴィクの給金日の楽しみに取っておいたのが、棚上げされ続けて、期限間近になっていた。


「「「「行くか(わよ)(ん)(仕方ないな)」」」」


——というわけで、湯屋の家族湯である。


番台のおかみは、五人の顔ぶれを見るなり、にんまりした。


「おや、ついに家族湯かい!!五人家族の内訳は、どうなってんだい?」


「保護者二名、子供二名、眷属一名だ」


「私が眷属枠で、ひなたが子供枠なのは、まあいいとして、保護者二名って、お前と沙耶か?それ、世間ではなんて呼ぶんだ?」


「「ふ、夫婦じゃないからな(わよ)!!」」


「まだ何も言ってないんだが!?」


「あっはっは!!ごゆっくり!!」


家族湯は、湯屋の離れにあった。広い岩風呂と、隅に壺湯がふたつ。脱衣所は、暖簾で男女に仕切られている。貸し切りなので、他人の目はない。


そして、入浴前に、恒例の議定が行われた。


「規約の確認よ。岩風呂の中央に“国境線”を引きます。男子は東側、女子は西側。越境は、罰金銀貨1枚」


「国境線って、湯気で見えないんだが」


「見えなくても、あるの。心の国境線が」


規約は、口約束では終わらなかった。沙耶が、懐から紙と筆を出したのである。


『家族湯条約(第一回)。一条、岩風呂の中央に国境線を置く。二条、越境は罰金銀貨1枚。三条、湯気の向こうの音声への言及を禁ず。四条、湯上がりの牛乳は全員参加とする』


「風呂に入るのに、公文書が要る家、俺たちだけでは?」


「口約束はね、湯気と一緒に蒸発するのよ。書けば、残るの」


「ふ。よかろう。ならば署名しよう。————漆黒の……」


「本名で」


条約の末尾に、五つの署名が並んだ。誓いというものは、この家では、だいたい紙になる。


「ヴィクは壺湯でいいのよね?」


「ん。……いや」


ヴィクは、少しだけ迷って、言った。


「……今日は、岩風呂の、西側に入る。……か、家族湯、なんだろ。壺は、その、次の機会でいい」


「「「「(おお……)」」」」


「へ、変な声を出すな!!深い意味はない!!」


角を隠さなくなった我が眷属は、湯も、隠れなくなった。良い傾向である。……良い傾向なのだが。


——ここからが、地獄だった。


湯気の向こう、国境線の西から、声だけが、流れてくるのである。


『わ。ヴィクのかみ、ながい。あらって、あげる』


『じ、自分で洗える!!……あ、こら、ひなた、いきなり——ひゃっ』


「「…………」」


東側の男二名、湯面下で、静止。


『ほら、じっとして。角の付け根も、洗うわよ。……ここ、洗いにくいでしょ、自分じゃ』


『さ、沙耶まで……っ、く、くすぐったい、そこは——んんっ』


「(圭吾。無になれ。無に)」


「(なっている。俺は今、湯に浮かぶ丸太だ。丸太に、耳はない)」


『きゃっ、ちょっとひなた、お湯かけすぎ!もう、髪が!』


『ん。さやちゃんも、あらってあげる』


『え、私はいいわよ!あっ、こら、眼鏡!!眼鏡は取らないの!!』


「(丸太……丸太……)」


「(おい、丸太。お前の鼻から、赤いのが)」


「(のぼせただけだが!?断じて、のぼせただけだが!?)」


紳士の忍耐とは、かくも試されるものである。俺は誓いの言葉を、胸中で唱え続けた。視線を向けねば、加護は発動しない。だが音声は、加護の管轄外である。つまりこれは、加護的には、無罪。だが紳士的には、限りなく灰色。ゆえに、丸太。丸太に、徹する。


——と、その時。


「なあ」


隣の丸太、ではなく隼人が、真顔で、天井を見上げたまま言った。


「この状況でさ。俺たち、よく“何もしない”よな。……えらくね?」


「当然だ。紳士と、むっつりの、誇りに懸けて」


「その二つ、並べていい誇りなのか?」


「並べていい。……俺たちの水位では、な」


「みずい?」


「こっちの話だ」


——湯上がり。


五人で、湯屋の縁台に並んで、瓶の牛乳(湯屋が最近始めた。俺たちの家の流儀が、なぜか商品化されていた)を、腰に手を当てて、飲んだ。


「「「「「ぷはぁ」」」」」


五つの息が、揃った。


「……この飲み方、ほんとに正式作法なのか?私、だいぶ慣らされてる気がするんだが」


「正式だ。我が家ではな」


「文明とは、冷えた牛乳のことよ」


「ん。ぶんめい」


帰り道、湯守イタチが見送りに出てきて、ヴィクの肩に、ちょこんと乗った。番人と監視長は、いつの間にか、同業のよしみで仲が良い。


「……ふ。いい湯、だった」


俺たちの眷属の、ほどけた顔がそう言うので、この券の使い道は、正解だったのだろう。


なお、脱衣所の帰り際、沙耶が男性陣に、じと、と一言。


「丸太が二本、湯の中で聞き耳立ててたこと、議事録に書いておくわね」


「「バレてた!?」」


「湯気は、声を通すのよ。罰は、条約三条違反につき、明日の朝の観測当番、二本まとめてで」


丸太に、人権は、なかった。条約に、抜け道も、なかった。


なお、条約の原本は、帰宅後、柱の傷の横に貼り出された。表題『家族湯条約』、署名五名。……我が家の公文書綴りが、また一枚、厚くなった。


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