第91話 勝利の宴と、会計の悲鳴
フォルテへの帰還は、凱旋になった。
「北の谷の工房、消滅!!群れ、解散!!死傷者、ゼロ!!」
ギルドにグスタフさんの声が響き、樽が開き、約束通り、俺たちの奢りの宴が始まった。
そして、俺たちの卓には、恐ろしい光景が広がっていた。
「ん。おかわり。おおもり」
「……こっちも。同じものを、もう一度」
魔力切れの大食い二名である。ひなたの皿の塔が十二を数え、その隣で、ヴィクが同じ速度で追走していた。普段は小食の我が眷属が、である。W砲撃の代償は、二人ぶん、等しく胃に来るらしい。
「ヴィクさん、その細い体のどこに……」
「私が聞きたい。……体が、勝手に。こんなの、初めてだ……おかわり」
「はいよ!!角の先生、いい食いっぷりだ!!」
「(なあ、経理。会計の見積もりは)」
「(……大盛りで見てたわ。一人あたり荷車半分、って)」
沙耶は、帳面を握りしめ、遠い目をしていた。
「(“二人で荷車まるごと一台”は、見てなかったのよ……!!)」
「(白目を剥くな!!経理!!しっかりしろ!!)」
途中、経理は反撃を試みた。
「お店の人!!ここから先、大盛りは“中盛り二回”に分割して!!満腹感の錯覚を狙うわ!!」
「ん。さや。それ、まえもやった。にかいめは、きかない」
「学習してるのよね、この子の胃袋……!!」
「経理、諦めましょう。私たちの胃袋は、対策を上回る速度で進化する」
「進化しないでいいのよ、燃費は!!」
宴の会計は、討伐報酬の四割を食った。俺たちの戦力の維持費は、今日も世界一である。
——宴の途中、姉御が、エール片手に俺の隣に座った。
「で、紳士くん。谷で最後、何を視たの」
「……気づいてましたか」
「囮の帰り際、あんたの目線がどん詰まりの岩壁で一回止まった。……あたし、ああいうの見逃さないのよ」
俺は、声を落として、話した。灰色の外套。王都と、空の集落と、そして谷。俺たちの周りに、ちらつき続ける影のこと。
姉御は、茶化さずに聞いて、それから、ぽつりと言った。
「……三か月で育った工房、ね。植木ってのはさ、水をやるやつがいるのよ。必ず」
「ええ」
「で、水をやるやつは、育ち具合を、見に来る。……あんたが視た灰色は、たぶん“水やり”の帰りじゃない。“検分”よ。出来を、見に来てたの」
「「…………」」
「ま、憶測だけどね。B級の姉御からの、忠告その一。“畑を潰された農夫は、次はもっと遠くに畑を作る”。……北の、もっと奥にね」
姉御は、エールを干して、にっと笑った。
「忠告その二。今夜は、飲みな。難しい顔は、明日の分」
——先に言っておくと、この夜の姉御の読みは、のちに半分だけ当たり、半分は、大きく外れることになる。どちらに転んだかは、また先の話である。
——宴は、夜半まで続いた。
ドムとガレンが油論争で腕相撲を始め、コタがひなたの十九皿目に涙ぐみ、ヘクトルさんが「配る用」の菓子を子供らに配って回った(本人は否定した)。
そして、リタさんが、三杯目で台帳の愚痴を歌い出した。
「そらよ〜、備考欄は〜、増設したのに〜、もう埋まる〜♪」
「リタさん、いい声!!」
「二番!!王盤は〜、沈黙〜、査定は〜、測定不能〜♪ ぜんぶ〜、あの卓の〜、せい〜♪」
「名指しされた!!」
「三番いきます!!」
「まだあるの!?」
台帳の恨みは、歌にすると十七番まであった。全部俺たちのことだった。
俺は、宴の隅で、ふと、卓を見回した。
三か月前、いや、半年前。この街に来た日、俺たちは四人で、無一文で、ツケの飯を食っていた。
今、この卓には——数え切れない顔が、ある。
「……なあ、ヴィク」
「ん?……もぐ……なんだ」
「俺たちの絆値が測定不能なのはな。たぶん、四人の絡まりのせいだけじゃ、ないぞ」
「?」
「絡まりってのは、育つんだ。ほっとくと、どんどん、外に根を張る。……この宴が、証拠だ」
ヴィクは、口いっぱいの芋を飲み込んで、宴を見回して——少しだけ、笑った。
「……ん。この毛玉、まだ育つのか。末恐ろしいな」
「ああ。——世界一の毛玉になるぞ、俺たちは」
観測日誌、本日の欄。
『北の空: 藍。灰色の帯、変わらず。特記: 宴。うるさい。とても、うるさい。(良いことだ)』




