第9話 よりにもよって闇属性
翌朝。俺たち《腐れ縁》は、覚悟を決めて支部長室の扉を叩いた。
測定不能。主討伐。森、半分消失。呼び出される理由に、心当たりしかない。
「入れ」
低い声に従って入ると、執務机の向こうに、岩みたいな大男が座っていた。
灰色の短髪。顔の左半分を走る古い傷。腕は俺の太腿より太い。元冒険者、という言葉の見本のような男が、書類の山越しに俺たちをじろりと見た。
「支部長のグスタフだ。……お前らが《腐れ縁》か」
「「「「すみませんでした」」」」
「まだ何も言ってねえよ」
条件反射で謝った俺たちに、グスタフさんは呆れ顔をして——それから、書類を一枚めくった。
「登録三日で、絆晶盤を悲鳴上げさせて、森の主を狩って、ウルフの群れごと森を更地にした。……で、森を消したのはどっちだ」
「はい」
ひなたが、のんびり手を挙げた。
グスタフさんは、ひなたを上から下まで眺め、にやりと笑った。
「よく食ったらしいな。荷車半分」
「おいしかった」
「ガハハ!いい食いっぷりだ!」
「褒めるんですか、そこ!?」
沙耶のツッコミを無視して、グスタフさんは俺たちの前に一枚の書類を置いた。
「単刀直入に言う。お前ら、“特例昇級試験”を受けろ。俺の推薦だ。受かればFからDへ、二段飛ばしだ」
「「「「D!?」」」」
「お前らの実力は、Fの依頼じゃ測れん。それに——測定不能なんて代物を、俺は放っておけん性分でな」
グスタフさんの目が、ふっ、と真剣な色になった。値踏みする目ではなかった。面白がる目だった。
「試験は五日後だ。それまで好きに鍛えとけ。……期待してるぞ、変な奴ら」
支部長室を出た俺たちは、顔を見合わせた。
「怒られなかったな」
「怒られなかったわね」
「いい親方って感じの人だったねえ」
「よし、お前ら。試験まで五日ある。——会議だ」
ギルドの酒場の隅に陣取って、まず沙耶が帳面を開いた。
「現在の資金報告。ツケは完済。主の査定は“誰かさんが半分食べた”せいで減ったけど、回収同行の報酬と合わせて——手元に銀貨2枚と銅貨40枚」
「串焼き八十本!」
「換算やめなさい。……とにかく、初めての“余裕”よ。これをどう使うかだけど」
「決まっている」
俺は、立ち上がった。五日後の試験。強くなる必要がある。そして俺には、ずっと、ずっと気になっていたことがある。
「——魔法だ。魔法を習うぞ、お前ら」
スライム戦の詠唱不発。ひなたの、あの白い一撃。この世界に来てから、俺の魂は問い続けている。魔法とは何か。なぜ俺の完璧な詠唱は不発だったのか。
「まあ、妥当ね。戦力の底上げにはなるし」
「魔法かあ。……なあ、魔法って覚えたら売れる?」
「技術は売れんだろ。教えるなら金になるかもだが」
「じゃあ覚えるわ」
「動機が汚え」
——というわけで、俺たちは銀貨1枚で魔法の入門教本を一冊買い、鑑定係のじいさんに教えを乞うことにした。じいさん、若い頃は魔導の道を齧っていたらしい。
ギルド裏の訓練場。じいさんの授業は、意外にもまともだった。
「まず基本ですじゃ。この世界には“魔素”が満ちとります。空気みたいなもんですな。人はみな、体の内に自分の魔力を持っとる。魔法とは、己の魔力で術式を組み、世界の魔素を借りて現象を起こす技術ですじゃ」
「ふむふむ……つまり、体内魔力が燃料で、魔素が素材」
沙耶が、ものすごい速さでノートを取っていく。こういう時のこいつは、本当に優等生に見える。見えるだけだが。
「系統は七つ。火・水・風・土の四大に、光と闇。それと、身体強化や生活魔法の無属性ですじゃ」
「先生!質問です!」
「どうぞ、圭吾さん」
「加護と、絆スキルと、魔法は、何が違うんです」
「良い質問ですじゃ」
じいさんは、指を三本立てた。
「“加護”は神様からの贈り物。譲れず、増えず、魔力も使わん。“絆スキル”は世界の仕組みで、パーティの絆が燃料。そして“魔法”だけが、誰でも学べて、努力で伸びる。——ただし」
「ただし?」
「魔力を使い切ると“魔力切れ”。猛烈な空腹と眩暈に襲われますじゃ」
「「「あ」」」
俺たちは、一斉にひなたを見た。ひなたは、きょとんとしていた。
「あの白い一撃の後の、あれ。あれが規格外サイズの魔力切れか……」
「謎が解けたわね。私たちの燃費馬鹿の」
「ちなみにひなたさんのは、教えんでも撃てとるので、見学でよろしいですじゃ」
「ん。あたしの、撃つと“たかい”から」
「食費がな……」
続いて、適性の判定になった。鑑定の水晶に手を置くと、向いている系統が視えるらしい。
まず隼人。
じいさんは水晶を覗き——ん?という顔をして、眼鏡を拭いて、もう一度覗いた。
「……妙ですな。系統が、視えん。……というより、魔力の通り道が、空っぽですじゃ」
「は?俺、魔力ないの?」
「いや、ある。あるが……ああ、なるほど。“加護”ですじゃ。お前さんの魔力は、根こそぎ【剣が峰の加護】に食われとる。危険が迫った時、全部まとめて体の力に変えて叩き込む——そういう造りですな」
「つまり?」
「お前さんは、魔法が使えん。この先も、一生な」
「はあ!?魔法は誰でも学べるんじゃなかったのかよ!!」
「学べますじゃ。魔力が手元に残っとればな。お前さんのは、全額“危険時の前借り”に回っとる」
「詐欺だろ!?俺の加護、二個目の詐欺が発覚したんだが!?」
「その代わり、土壇場の爆発力は保証付きですじゃ。……ま、剣に生きなされ」
「異世界まで来て進路相談された……」
次、沙耶。
「——風と水。二属性持ちですじゃ」
「え……えっ、二属性!?私、才能ある方!?やだ、聞いた!?」
「ただし、ですな」
出た。この世界の「ただし」は、ろくなことを言わない。
「適性の“幅”は広いんですがな。“出力”が……その、見たことがないほど、細いですじゃ」
「ほそい」
「そよ風と、コップ半分の水。二属性揃って、ですじゃ」
「二属性の意味!!」
最後に、俺の番だった。
水晶に手を置く。じいさんが覗き込む。
じいさんが、沈黙した。
……この沈黙、加護の鑑定の時にも見たぞ。
「じいさん。今度は何が出た」
「…………闇、ですじゃ」
一拍。
「——ッッシャアアアア!!!」
俺は、拳を突き上げて吠えた。
闇。よりにもよって、闇。幻惑と呪いを司る、忌避されし系統。使い手希少。日陰の道。
「見たか、お前ら!!神に選ばれ——闇にも選ばれた!!フフ、フハハハハハ!我が右腕の封印は、伊達ではなかったということだ!!」
「うわあ、本人が一番喜ぶやつが来ちゃった」
「【変態紳士の加護】持ちの闇属性……経歴書が完全に不審者なのよ」
「圭吾さん。闇は、その、世間的には少々肩身が狭い系統でしてな……」
「知っている!だがそれがいい!!」
「話を聞けよ」
実技は、生活魔法の火種から始まった。
なお隼人は、開始前から見学席である。ひなたの隣に、ふてくされて座っていた。
「なんで俺が“教えることなし”の天才と同じ席なんだよ。理由が真逆だろ、理由が」
「ん。おそろい」
「お揃いじゃねえんだよなあ……」
見学席の二人——片や規格外すぎて教えられず、片や空っぽすぎて教えられず。俺たちの魔法教育は、開始三十秒で受講者が半減した。
沙耶は、詠唱を教本通りに、一字一句完璧になぞった。知識は完璧。理論も完璧。発音も完璧。
出てきたのは——霧吹きにも負ける、しょぼしょぼの水滴だった。
「詠唱は満点ですじゃ。出力が零点ですな」
「なんでよ!!理論は合ってるのに!!」
「三百三十二件目だな」
「集計しないでもらえる!?」
そして、俺の番。闇の初歩、“影揺らし”。手元の影を、意のままに動かす練習用の魔法である。
俺は、静かに構えた。詠唱の文言は自由。ならば——俺の全てを込めるのみ。
「——冥府の淵より這い出でし影よ。契約に従い、今こそ我が意に平伏せ。汝の名は≪従属せし黒≫——」
「長いですじゃ」
「揺らせ!!」
足元の影が——ぴくり、と小指の先ほど動いた。
「「「「…………」」」」
「以上ですじゃ」
「……今の、成功なんです?」
「成功ですじゃ。出力が沙耶さんと同格の零点なだけですな。……なお詠唱は九割九分が無駄でしたじゃ。『影よ揺れろ』の五文字で足りますじゃ」
「魂の九割九分が、無駄……」
「二大雑魚の誕生ですじゃ」
「おいジジイ今なんつった!?」
なお俺はその後、零点の出力でもできる応用として“自分の前髪をそよがせる”という使い道を開発し、じいさんに「史上最も無駄な闇魔法」と命名された。心外である。かっこいいのに。
——日が傾く頃、じいさんが本日の成績を淡々とまとめた。
ひなた、別格(教えることなし)。隼人、対象外(魔力が加護に全額前借りされとる)。俺と沙耶、そろって出力零点。
「つまり、俺たちの布陣はこうだ。大砲がひなた——ただし撃つと高い。エースが隼人——ただし危ない時だけ。そして俺と沙耶が……」
「逃げ回る係ね」
「……戦場を華麗に駆ける、撹乱要員だ」
「言い換えても逃げ回る係なのよ」
「だが忘れるな、沙耶。俺たちには【売り言葉に買い言葉】がある。俺とお前が逃げ回りながら罵り合えば——全員が、強化される。つまり俺たちの逃走は、逃走ではない。“戦術”だ」
「……悔しいけど、理屈は通ってるわね。まあ、大抵の敵は隼人一人で終わるから、出番は群れかデカブツに巻き込まれた時だけの応援団だけど」
「それと、ひとつ決めておくわよ」
沙耶が、帳面をぱしんと叩いた。
「ひなたは“最終兵器”。一発撃つたび食費が荷車半分飛ぶんだから、そうポンポン使えません。発射許可は、財布と相談して経理の私が出します」
「ん。じゃあ、お金ない時は?」
「あなたも逃げ回る係」
「はーい」
「返事だけは素直なのよね……」
まとめよう。大抵の敵は、危なくなるほど強くなる隼人と、黒パンで終わる。群れやデカブツに巻き込まれる非常時だけ、俺と沙耶が罵り合いながら逃げ回って全員を底上げする。そして大物に大砲を撃てるかどうかは——資金次第。
つまりこのパーティ、平常時はエース頼み、非常時は口の悪さ頼み、最終兵器は“残高”次第である。
「であろう。名付けて、≪漆黒の——」
「作戦名はいらないわよ」
——日暮れ。片付けをしていると、リタさんが訓練場に顔を出した。
「皆さん、熱心ですね。……あ、そうだ。特例試験のことなんですけど」
「なんです?」
「今回、もう一組受けるパーティがいるんです。——《暁の誓約》。リーダーはシリルさん。この街の期待の星で、騎士様みたいに折り目正しくて、それはもう“正しく美しい絆”のパーティですよ」
正しく、美しい、絆。
俺たちは、ゆっくりと顔を見合わせた。
「「「「……合わなそう」」」」
「まだ会ってもいないのに!?」




