第8話 ごちそうさまの一撃
主討伐から一夜明けた、翌朝。
俺たち《腐れ縁》は朝飯も食わずに、ギルドへ駆け込んでいた。理由は、俺の手の中にある。ひなたの鑑定書の隅の走り書きが、夜通し光り続けているのだ。
「——というわけで、これ、どうすればいいですか」
受付のリタさんは鑑定書を覗き込み、じいさんを呼んだ。じいさんは眼鏡を拭いて三度見した。
「……ほう。ほうほうほう」
「ほう、じゃなくてですね」
「初めて見ますな、こんなもの。神様の書き付けが生きとる。……こりゃあ、近いうちに何か『届く』のではないですかな」
「届くって、何がです」
「さて。神のなさることは、わしには分かりませんじゃ」
「この世界、専門家がすぐ職務放棄する!!」
ちなみに当のひなたは、受付台に顎を乗せて、この世の終わりみたいな顔をしていた。
「…………あさごはん、まだ」
「騒ぎで食いっぱぐれたからな。後でな」
「あさごはん……」
小柄な体から、どんよりと不機嫌がにじみ出ていた。食い物の恨みは、こいつの中で世界の危機より重い。
——そこへ、リタさんが申し訳なさそうに依頼票を差し出した。
「あの、皆さん。朝から恐縮なんですが……昨日の主の回収隊が出ます。現場をご存知なのは皆さんだけなので、道案内をお願いできますか?もちろん報酬は出ます」
「「「「行きます」」」」
即答である。俺たちは報酬に忠実だ。
「あさごはんは……」
「帰ったら、好きなだけな」
かくして俺たちは、回収隊の屈強なお兄さんたち五人——うち二人は、犬の耳をぴんと立てた獣人だった——と、二度目のモーラ森林へ向かった。
現場は、昨日のままだった。
倒木。えぐれた地面。そして横たわる、家一軒ぶんの主の骸。回収隊のお兄さんたちが「これをFランクが……」と絶句する横で、俺たちは胸を張った。主に俺が。
「フッ……語り継ぐがいい。これが《腐れ縁》の初陣——」
「圭吾さん、それより手伝ってください」
「はい」
解体と積み込みは、思ったより時間がかかった。日が中天を過ぎ、ひなたの腹の音が森に響き始めた頃——
俺の加護が、それを視た。
——木々の奥。動く影。複数。“敵意”。
「……おい。囲まれてるぞ、俺たち」
茂みから、灰色の影が次々と姿を現した。ウルフだ。それも、一匹や二匹ではない。十、いや十五。主の骸の匂いに、群れごと引き寄せられたらしい。
「ウルフの群れ!?この数は、まずい……!」
回収隊のリーダーが青ざめた。戦える者は腐れ縁である俺たち4人だけ。守るべき荷車は満載。そして相手は、飢えた群れ。
「隼人!調子はどうだ!」
「悪くない!けど……この数を一人は、無理だな!」
【売り言葉に買い言葉】で全員強化はできる。だが俺たちは、しょせん結成四日目の新人だ。ウルフ十五匹と回収隊の護衛を同時にこなせるほど、器用じゃない。
じり、と群れの輪が縮まる。
その時だった。
俺の懐で、鑑定書が、太陽みたいに光った。
『——遅くなった』
声が、降ってきた。
聞き間違えようもない。あの、生真面目で、古めかしい声。
「「「「神様!?」」」」
『器に合わせ、誂え直した。……受け取るがいい』
光の帯が、鑑定書から溢れ出し——まっすぐに、ひなたへと流れ込んだ。
小柄な体が、ふわりと淡く光る。
『汝の願いは「おいしいもの」であった。ゆえに、これを授ける』
『——【はらぺこの加護】』
「「「「名前ェ!!」」」」
『……よく食べ、よく在れ』
声は、それきり途絶えた。言うだけ言って帰った。相変わらず仕事が雑で、しかし今回ばかりは、間に合わせてきた。
「ひ、ひなた?大丈夫?何か変わった?」
沙耶の問いに、ひなたは自分の両手を、じっ、と見下ろした。
そして、ぽつりと言った。
「……なんか」
「なんか?」
「“まほうの匂いが、おいしそう”」
ウルフの群れが、一斉に跳びかかってきた。
「来たぞ!!」
「ひなた、下がって——」
ひなたは、下がらなかった。
代わりに、群れに向かって、小さな手のひらを、すっ、と向けた。
俺の加護が、その瞬間を視ていた。
森に満ちた魔素が、光の粒になって、ひなたに“吸い込まれていく”。それはまるで、世界そのものを一口ずつ——
「……いただきます」
ひなたが、言った。
直後。
“白”。
音より先に、光が来た。ひなたの手のひらから放たれた閃光が扇状に広がり、ウルフの群れごと、森の景色を、ごっそりと消し飛ばした。
風が止む。土煙が晴れる。
そこにあったのは、きれいに薙ぎ払われた更地と、腰を抜かした回収隊と、うっすら湯気の立つ地面だった。ウルフたちは、一匹残らず、光の中に消えていた。
「「「「「…………………………」」」」」
長い、長い沈黙のあと。
回収隊のリーダーが、震える声で言った。
「い、今のは……何の、魔法……?」
「詠唱もなし……系統も不明……こんなの、宮廷魔導師でも……」
俺たち三人は、顔を見合わせた。そして、ほぼ同時に頷いた。
「「「まあ、ひなただし」」」
「納得が早すぎませんか!?お仲間ですよ!?」
知っているのだ、俺たちは。こいつの規格外は、今に始まったことではない。
「ひなた!今のすごいぞ!名前は!?技の名前はあるのか!?」
隼人が目を輝かせて駆け寄る。ひなたは、手のひらをふー、と吹いて——
「……ごちそうさま?」
「技名まで食事なの!?」
——と、そこまでだった。
ぐうううううう、と。
聞いたこともない音量の腹の音が、更地に響き渡った。
「…………おなか、すいた」
ひなたの目から、光が消えていた。ゆらり、と荷車に向かって歩き出す。その先には、回収したばかりの、主の肉。
「待て。待てひなた。それは売り物——」
止められなかった。
結論から言うと、ひなたは主の肉を、“荷車半分”、食べた。
生ではない。回収隊のお兄さんが泣きながら焼いた。焼いたそばから消えた。あの光の一撃は、どうやら世界から借りた力で、借りた分は自分の飯で返す仕組みらしい。
「はんぶん……査定額の、はんぶんが……」
沙耶が、帳面を抱えてうずくまっていた。串焼き八十本ぶんの損失である。
「ん。……おいしかった」
「よかったな。いやよくないんだよなあ」
——夕方。ギルドに戻った俺たちを待っていたのは、昨日以上のざわめきだった。
回収隊の報告は早かった。曰く、Fランクの新人が、詠唱なしの謎の大魔法で、ウルフの群れを更地ごと消し飛ばした。おまけに、その後、主の肉を半分食べたらしい。
「【変態紳士の加護】に、罵り合いの絆スキルに、今度は森を消す大食い……あのパーティ、何なんだ……」
「静かに、堅実に、目立たず、だったんだがなあ……」
三日で全部使い切った方針を、俺は遠い目で見送った。
「皆さん」
リタさんが、いつになく真面目な顔で、俺たちを呼んだ。
「明日の朝、支部長室へ。支部長が、お戻りです。《腐れ縁》の四名を、名指しでお呼びです」
ギルドが、しん、と静まった。
「……なあ。これ、褒められるやつ?怒られるやつ?」
「怒られるやつでしょ」
「怒られるだろうな」
「「「「だよねー」」」」




