第88話 北の谷へ、五人と一党
出発は、二日後の早朝と決まった。
編成は、《腐れ縁》五名と、《酔いどれ猫》四名。ギルドの正式依頼「北の谷・魔物集結の調査および対処」。後詰めに《岩割り》兄弟が街道の中継点に待機し、コルン村には先触れを出した。前回の防衛戦の経験が、そのまま布陣になっている。
「で、作戦会議なんだけどさ」
前夜、我が家の円卓に、ロゼ姉御が当然の顔で混ざっていた(手土産の酒で入場権を買ったらしい。経理が受理した)。
「谷の地形は、こう。入り口が狭くて、奥が広い。群れは奥の窪地に溜まってる。……で、俺たちの偵察係が見た、気になるもんがこれ」
姉御が、地図の窪地の奥に、印を描いた。
「窪地のどん詰まりにさ、“黒い水たまり”があんのよ。どぶ川みたいな色の。魔物ども、あれを囲んで、じっとしてやがった」
「「「「淀み」」」」
「あんたらの言う、例のあれかい。……しかもさ、水たまりん中から、時々、“ぽこ”って、泡みたいなもんが浮くのよ。泡が割れると、近くの魔物が一匹、身震いして、目の色が濁る」
円卓が、静まった。
「……ヴィク。今の、つまり」
「淀みが、“芯”を産んでる」
ヴィクの声は、短く、硬かった。
「コルン村で砕いた芯は、どこかで作られて、群れに“植えられた”ものだった。……その工房が、あの谷だ。放っておけば、芯持ちの群れが、何度でも湧く。フォルテどころか、この地方全部の問題になる」
「消せるのか、その工房」
「大きさによる。……姉御の話の規模なら、私一人じゃ、無理だ。ヤナギ瀬の水車のやつの、十倍はある」
「一人じゃ無理。なら?」
ヴィクは、ちら、と隣を見た。視線の先には、芋餅を頬張る、俺たちの大砲である。
「二人なら、たぶん」
「ん。いっしょに、どーん、だね」
「合同稽古の成果、初陣ってわけね。……ちなみに、費用は」
「ひなたの食費、大盛りで見ておけ。あと私の甘いのも」
「経理として承認します。命の値段より安いもの」
——翌々日。北の街道。
九人の行軍は、賑やかだった。《酔いどれ猫》の面々(盾のデガン、弓のミロ、投擲のサラ)は姉御に似て陽気だった。デガンは一日三語しか喋らない巨漢、ミロは軽口の割に三歩に一度つまずく弓手、サラは口の悪い方の世話焼きである。道中はもっぱら、俺たちの噂話の答え合わせ大会になった。
「なあなあ、パンで狼落とすって、ほんとか?」
「ん。みせる?ざんだん、じゅうご」
「ほんとに携行してんのかよ!!」
「紳士くんはさ、ほんとに視えるの?あたしの——」
「姉御、その遊びは道中禁止です!!俺の紳士力が保たん!!」
「あっはっは!!減るもんじゃなし!!」
「減る!!精神力が減る!!」
ヴィクは、隊列の真ん中を歩いていた。フードは、下ろしたまま。すれ違う行商人が角を二度見しても、もう、足は止まらなかった。……止まらなくなるまでに、ずいぶんかかった。長いか短いかは、知らない。
「時に、我が眷属よ」
「ん?」
「明日の“どーん”の詠唱。あれは、俺も覚えた方がいいのか?ほら、万一の詠唱補助というか、その、共同詠唱的な」
「……お前、ただ言いたいだけだろ。私の一族の詠唱を」
「言いたい!!だってあれ、格好いいだろ!!実話だし!!」
「実話だからこそ、気安く言うな!!……ま、まあ……そのうち、気が向いたら、教えなくも、ない、けど」
「(照れたわね)」
「(照れたな)」
「て、照れてない!!」
——夕刻。中継点で《岩割り》と合流し、野営になった。
焚き火を囲んで、九人+二人。ひなたの鍋が回り、姉御の酒が回り、ドムとガレンの油論争が三巡した。
宴の途中、姉御が、とんでもない遊びを始めた。
「はい、注目〜。今から“紳士くん我慢大会”やりまーす。あたしが革鎧の留め具を、上からひとつずつ——」
「やめろぉぉ!!野営地で何を開幕する気だ!!」
「外すのは肩当てよ?何を想像したの、紳士くん」
「〜〜〜っっ、姉御ォォ!!」
「あっはっは!!二連敗!!」
「(ん。けいごの“がまん”、よわい)」
「(留め具くんは目を逸らして正解だったわね。……逸らした先の焚き火をずっと睨んでるけど)」
俺たちの男性陣の敗北を肴に、姉御の酒は進み、ドムとガレンの油論争は四巡目に入った。賑やかな夜だった。明日、戦だというのに——いや、明日戦だからこそ、である。
その輪から少し離れて、俺とヴィクは、見張りの岩に座っていた。定位置の、野営版である。
「……明日、うまくいくと思うか」
「五分五分、と言いたいが、六分四分で、いける。稽古の時のお前たちの“どーん”は、悪くなかった」
「六分の根拠は」
「私が、隣で撃つのが、ひなただからだ」
ヴィクは、焚き火の方を見た。鍋の湯気の向こうで、大食い姫が四杯目をよそっていた。
「あいつの魔力は、底なしで、まっすぐで……“怖くない”。隣に立つと、分かる。……あんな魔力、私は、初めてだ」
「ほう」
「私の一族の魔力は、その、少し……“重い”んだ。歴史とか、役目とか、そういうのが染みてて。……でもあいつのは、ただ“おいしいものが好き”でできてる。隣に居ると、私のまで、軽くなる」
「……なるほどな。良いコンビだ」
「こ、コンビじゃない。臨時の、共同砲撃班だ」
「はいはい」
夜空の北に、灰色の帯。明日は、あの下へ行く。
だが、今夜の焚き火は、暖かかった。それで、十分である。




