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絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


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第87話 酔いどれ猫の姉御

その人は、酒場の喧騒の中で、樽の上に座っていた。


燃えるような赤毛。着崩した革鎧。片手にエール。長い足を組んで、俺たちを、正確には、俺と隼人を、面白そうに眺めていた。


「へえ。あんたらが、噂の《腐れ縁》」


「ロゼの姉御だ……!」


コタが、小声で教えてくれた。B級パーティ《酔いどれ猫》の頭目・ロゼ。長期の遠征から、昨日戻ったばかりだという。フォルテの古株で、酒と喧嘩と後輩いじりが三度の飯より好きな人、とのことである。


「三か月も空けたら、あたしらの街が大変なことになっててさあ。氾濫は終わってる、変な五人組が英雄になってる、湯屋にイタチの番人がいる。極めつけは、魔族の新人ちゃんときた」


姉御は、樽から、ひらりと降りた。降りて、まっすぐ、ヴィクの前に立った。


ヴィクが、身構える。姉御は、しゃがんで、目線を合わせて、にっ、と笑った。


「よろしくね、角の子。あたしはロゼ。……あんたの角、いい色してるわ。黒曜石?磨きは油?」


「え……あ、う、うん。布と、油で」


「今度、あたしの磨き布、貸したげる。革鎧用のやつ、角にも良さそうだしさ」


「……い、いい人?」


「いい女、って言いな」


姉御は、からからと笑った。……なるほど、大物である。角を見ても、瞬き一つしなかった。


そして——姉御の視線が、ぬるりと、こちらへ回った。


「で。……あんたが、例の【変態紳士】くん?」


「ふ。いかにも、俺が——」


「へえぇ。思ったより、初心そうな顔してんじゃない」


姉御は、俺の顎を、指先で、くい、と持ち上げた。


至近距離。エールの香りと、豹みたいな笑み。


「ちょっと視てみてよ、その自慢の眼で。あたしの“全部”、視えるんでしょ?」


「…………」


視える。いや、視てしまった。絞れるはずの焦点が、挑発に、反射で合ってしまった。俺の技術が、俺の煩悩に負けた音がした。年齢、身長、体重、スリー——


「(言わぬ!!言わぬぞ!!墓まで!!)」


「あっはっは!!顔ァ!!真っ赤!!」


姉御は、俺を解放して、腹を抱えた。


「なにそれ、視えてるのに言えないの!?拷問じゃん!!ね、そっちの気配消してる君も」


「お、俺!?」


「隼人くん、だっけ。……君、さっきから、あたしの革鎧の“留め具の数”、数えてたでしょ」


「か、数えてねえよ!?」


「五個よ。教えたげる」


「聞いてねえ!!」


「「(だ、駄目だ、この人、俺たち男性陣の天敵だ)」」


攻めの色気、という新兵器であった。俺たちの変態(顕)とむっつり(隠)は、受けに回ると、こんなにも脆い。


そして、当然のように、ぴしり、と空気の凍る音がした。


「……ふうん。お邪魔だったかしら、私たち」


沙耶が、笑顔のまま、目だけ笑っていなかった。その視線は、姉御の顔より、やや下の、革鎧の隙間の高度で固定されていた。


「(……勝てる要素が、また、ない……)」


「あら、眼鏡の子。あんたが経理の沙耶ちゃん?噂は聞いてるよ、王都で貴族を値切ったって」


「値切ったのは役所です。それも、うちの街の。……どうも」


「いいねえ、その目。あたし、気の強い子、好きよ。今度、女子会しよ。ひなたちゃんと、角の子も」


「じょ、女子会……」


「ん。おかしが出るなら、いく」


「出す出す。山ほどね」


姉御は、来る者を全員からかい、拒む者を全員口説き、五分で俺たちの全員の呼び名を決めた(俺は「紳士くん」、隼人は「留め具くん」、沙耶は「眼鏡ちゃん」、ひなたは「大食い姫」、ヴィクは「角の子」)。留め具くんが一番不服そうだった。


「なあ、姉御。呼び名の再考を要求する。留め具くんは、あんまりだろ」


「あら、なんで?事実じゃない」


「事実だから困るんだよ!!……じゃなくて!!数えてないからな!?」


「今“事実だから”って言ったわよね、この男」


「言ってない!!せめて“剣士くん”とかあるだろ!!」


「んー。じゃあ、次に会うまでに留め具を見ないでいられたら、剣士くんに昇格ね」


「よし、約束」


言いながら隼人の視線が、無意識に、す、と下がった。


「「「「今、見た」」」」


「留め具くん、継続でーす」


「くそおおお!!」


俺たちのむっつりの敗因は、いつも、条件反射である。


——で、本題である。姉御が俺たちに声をかけたのは、からかいのためだけでは、なかった。


「実はさ。あんたらに、依頼の相談があんのよ」


姉御は、卓に、一枚の地図を広げた。北の山裾の、見覚えのある地域に、印。


「あたしら、遠征帰りに北の街道を通ったんだけどさ。……妙なもん、見ちゃってね。谷にさ、魔物が“溜まって”んのよ。狼だの猪だの、種族ばらばらのが、百かそこら。喧嘩もせず、じっと」


「「「「…………」」」」


「あんたら、コルン村で似たようなのと、やり合ったんでしょ?ありゃ、何?そんで、また来るの?」


俺たちは、顔を見合わせた。


散ったはずの群れが、また、集まっている。谷に。じっと。——芯を砕いたのに、である。


「……姉御。その谷の場所、正確に頼む。それと、ギルドに同行報告を」


「ん。話が早いね、紳士くん。ちなみに、あたしらも噛むよ、この件。B級の腕、貸したげる」


「「「「心強い(です)!!」」」」


「その代わり、終わったら、宴ね。あんたらの奢りで」


姉御は、エールを干して、豹みたいに笑った。


——夜。観測日誌。


『北の空の色: 藍。灰色の帯、濃い。今夜は、はっきり見える』


『特記: 谷に、群れの再集結。芯は、砕いたはず。……なら、誰が、また集めてる?』


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