第82話 実話中二
粥を二杯たいらげた我が眷属は、ようやく、人心地がついた顔になった。
囲炉裏に火が入り、空の里の冷たい家が、少しだけ、家の温度を取り戻していた。
「……で、だ。まず、聞かせてもらおうか」
俺は、切り出した。
「言える範囲でいい。お前は、何者だ?」
ヴィクは、椀を置いた。長い沈黙のあと、観念したように、口を開いた。
「魔族だ。見ての通り」
「うむ」
「北の、魔領の生まれ。家は……」
そこで、言葉が、止まった。金の瞳が、囲炉裏の火を映して、揺れた。何かを言いかけて、飲み込んで、それから、目を伏せた。
「……ふ、普通の家だ。ちょっと、古いだけの。……と、とにかく。五年前に、故郷を出た。探し物、いや、探し“人”をするために。それが、“見張りの塔”に居るはずの人で。……写本を追ってたのも、そのためだ」
「うむ」
「歳は……お前たちと、そう変わらない。魔族は育ちが遅いから、こう見えるだけだ。……子供扱いは、心外だ」
「うむ」
「それと……もう、気づいてると思うけど。“僕”は、やめる。男のふりの、名残だから。これからは……わ、私、だ。……に、似合わないとか、言うなよ」
「ん。“わたし”のほうが、にあう」
「〜〜っ、そ、そうか」
兵站長の即答により、新しい一人称は、あっさり承認された。
家の話が、明らかな誤魔化しであることは、誰の目にも見えていた。俺は、あえて、ゆっくりと頷いた。
「……フッ。何、すべてを話せと言うつもりはない。俺たちは、詮索はしない主義なのでな」
「……すまない」
「だが、我が眷属よ。お前は今日、秘密をひとつ、教えた。つまり、だ」
俺は、粥の椀を、悠然と掲げた。
「……一度あることは、二度ある、ということだ」
「……っ。……ん。……いつか、な」
それで、十分だった。
「ほう。……で、ちなみに、あの紫紺の炎は」
「一族の……家系の、魔法だ。本当は、人前で使っちゃいけなかった。目立つから。……それと」
ヴィクは、そこで、ちら、と俺を見た。言いにくそうに。恥ずかしそうに。
「……それと、だ。その。今まで私が語ってきた、いろいろ……“夜を統べる一族”とか、“封印の篭手”とか、“血に眠る古の力”とか」
「うむ。お前の中二設定の数々だな。実に良い趣味をしていた」
「あれ、全部、本当だ」
「「「「…………は?」」」」
「だから!!設定じゃなくて、全部、事実なんだ!!夜を統べる一族というのは魔族の古い呼び名で、篭手は本当に家宝の封印具で、血に眠る力っていうのはさっきの紫紺のことで!ぜ、全部、隠すための誤魔化しのつもりだったのに、お前が“わかってる方の人間”みたいな顔で乗ってくるから、引っ込みがつかなくなって……!!」
沈黙が、落ちた。
俺は、震えていた。
「実話、だと」
「け、圭吾?」
「あの日々の掛け合いが……夜の井戸端の“封印されしもの”問答が……W詠唱ごっこが……全部、実話との共演だったと、いうのか」
「お、おい」
「俺は、ずっと、本物と、中二をやっていたのか!!!!」
俺は、天を仰いだ。魂が、震えた。
「羨ましいとかじゃない!!いや羨ましい!!ずるいぞお前!!設定に実体があるとは何事だ!!俺の右腕には何も眠ってないのに!!」
「知るか!!というか、そこなのか、お前の反応は!!」
「大事なところだが!?」
「「「(いつも通りすぎる……)」」」
ひとしきり騒いだあと、俺は、咳払いをして、本題に戻った。
「……ま、つまりだ。整理しよう。お前は魔族で、探し人がいて、中二の語りは全部実話だった。以上を踏まえて、だ。何か、この家を出て行く理由が、あったか?」
「あるだろ!!」
ヴィクが、叫んだ。膝の上の拳が、白い。
「見ただろ、村の人たちの顔!!あれが普通なんだ!!魔族と一緒にいれば、お前たちまで、あの目で見られる!!依頼だって減る、街にも居づらくなる、下手をすれば、お前たちが、私のせいで——」
「うむ。それで?」
「“それで”じゃない!!私は、お前たちの迷惑に——」
「ヴィク。あなた、勘違いしてるわ」
沙耶が、静かに、帳面を開いた。
「私の帳簿、見せてあげる。あなたの欄。貸し方、氾濫の警告一件、街の救済。淀みの浄化二件。北方古語の講座、十二回ぶん。観測日誌の管理。風呂の出資、銀貨5枚。コルン村の子供二人の命。借り方、白パン二個、蜂蜜菓子多数、部屋ひとつ」
「な、なんだよ、急に、帳簿なんて」
「差し引き、あなたの貸しが、山ほど残ってるのよ。……返す前に債権者に逃げられるの、経理として一番困るの」
「わ、私が債権者なのか!?」
「そうよ。この家に“居させてあげてる”んじゃない。私たちが“居てもらってる”の。とっくにね。数字は、嘘をつかないわ」
「なあ、ヴィク。俺からも一個だけ」
隼人が、囲炉裏の火を突きながら、言った。
「迷惑って言うけどよ。……お前、俺たちの“迷惑の基準”、まだ分かってねえだろ。俺たちはな、変態が公文書に載って、パンが武器で、住所が“くちじょうずのざこ通り”なんだよ。魔族の一人や二人、俺たちの看板の賑やかしにもならねえって」
「ん。ヴィクは、めいわくじゃ、ない」
ひなたが、三杯目の粥をよそいながら、こともなげに言った。
「ヴィクは、“かぞく”のわく。……あ、まちがえた。“かんししゃ”のわく」
「い、今、家族って言いかけた……」
「いいまちがい。……たぶん」
ヴィクは、俯いた。
長いこと、俯いて。肩が、小さく、震えて。
やがて、囲炉裏の火が爆ぜる音に混じって、ぽつりと、声がした。
「…………ずるいだろ、お前たち。……そんなの、帰るしか、なくなるだろ……」
「ああ。そういう風に、言っている」
「〜〜〜っっ、ばか。ばかばか。……全員、大ばかだ……」
罵倒が弱い。悪口一年生は、涙声だと、なお弱い。
——朝日が、空の里の窓から、差し込んでいた。
「……なあ、ヴィク。最後にひとつ、俺の感想を言っていいか」
「……なんだ」
「お前は“縁の切れた場所がお似合いだ”と言ったな。見ろ、この光景を」
冷たかった里長の家には、今、火が入り、粥の匂いが満ちて、五人分の声が響いている。空の里の真ん中に、ひと部屋だけ、生きている場所ができていた。
「縁ってのはな。場所に宿るんじゃない。——連れて歩くもんだ。だからお前は、どこに居ようが、もう、独りには戻れんよ。諦めろ」
「……ん」
小さな返事は、いつもの生意気ではなく、素直だった。
帰り支度をしながら、隼人がぽつりと言った。
「にしてもよ。中二が全部実話って、つまりあれだろ。結局ヴィクも、俺たちと同類……っていうか」
「ああ。結局ヴィクも、腐れ縁だったんだな」
「私はまだ認めてない!!」
「はいはい。帰るぞ、腐れ縁二号」
「番号までつけるな!!」




