第80話 驚く順番
ヴィクが消えた広場は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ま、魔族だ!!魔族が、村の中に!!」
「今までずっと、あの一行と一緒に!?」
「お、恐ろしや……子供らに近づいて、何を企んで——」
「お待ちよ!!」
騒ぎを、一喝で割ったのは、おばあちゃんズの筆頭だった。村長夫人(96点)である。
「企んで、何をしたって?あの子が今、何をしたか、見とらんかったのかい!!」
夫人は、杖で、避難所の戸口を指した。腰を抜かしたままの、子供二人を。
「うちの孫と、隣の坊が、生きとるのは、誰のおかげだい!!猪の突進の前に、体ひとつで立った、あの小さい子のおかげだろうが!!」
「し、しかし、婆さま、魔族は——」
「魔族が、なんだって!?」
夫人は、一歩も引かなかった。
「わしゃ知らんよ、北の伝承なんぞ!!わしが知っとるのは、目の前で見たことだけさ!!角の生えた小さい子が、うちの孫を庇って、一人で化け物三頭と戦った!!それが全部だよ!!」
広場が、静まった。
恐怖の形をしていた顔が、少しずつ、揺らいでいく。伝承の恐怖と、目の前の記憶の間で。
「……そう、だよな。あの子……震えてたのに、逃げなかったよな」
「圭吾様ご一行の、連れだしなあ……」
「押しかけ女房の子だろ?悪い子には、見えんかったが……」
「(女房じゃない、眷属だが、今は置いておこう)」
空気が、完全に染まり直る前に、俺は前へ出た。畳みかけるなら、今である。
「皆さん。詳しい話は、必ず、する。だが今は、時間が惜しい。あの子が、行ってしまう」
「けいご様……」
「ひとつだけ、言っておく。あいつは五年間、正体を隠して旅をしてきた。理由は、簡単だ。バレたら、今夜みたいな顔で見られるからだ。それでも、あいつは、いざという時に隠すことより庇うことを選んだ。……それが、あいつの正体だ。角なんかより、よっぽどな」
俺は、広場に落ちたフードを、拾い上げた。
「——追いかける。文句のある人は?」
「「「「あるもんかい!!(ないよ!!)」」」」
「連れて帰っといで、けいご様!!」
「うちの村の恩人を、野宿させるんじゃないよ!!」
コルン村は、強かった。伝承の恐怖より、芋の恩と目の前の記憶が勝つ村だった。……ここが最初のバレの場所で、本当に、よかった。
——追跡の支度は、五分で終わった。
正確には、支度は五分で、村の差し入れ攻勢が十分だった。
「ほら、握り飯!!角の子のぶんも入っとるよ!!」
「うちの芋!!焼いてある!!」
「これは膝掛けじゃ!!北は冷える!!」
「皆さん、追跡なんです!!身軽さが命なんです!!」
「身軽より、手土産だよ!!喧嘩した相手を連れ戻すのに、手ぶらで行く馬鹿がおるかい!!」
「「「「(正論)」」」」
村長夫人(96点)の一喝で、荷は倍になった。……そして、後に分かることだが、この握り飯と芋が、実際、いちばんの武器になるのである。
「よし。ひなた、鼻は?」
「ん。……だいじょうぶ。ヴィクのにおい、おぼえてる。はちみつと、ふるいかみと、よるのにおい」
「監視長の匂い、詩的なのよね」
「隼人、体は」
「三番目の調子、継続中。……つまり、追跡行にはもったいないくらいだ」
「なら、行くぞ。夜のうちに距離を詰める。あいつの足は速いが、消耗してる。あれだけの魔法を三連発した直後だ」
歩き出そうとした、その時だった。
隼人が、ぴたり、と足を止めた。
「いや、待て。待て待て待て」
「どうした」
「今さらだけどよ。……整理させてくれ。ヴィクって、魔族だったんだよな」
「ああ」
「角、生えてたよな」
「立派なのがな」
「紫の髪で、金の目で、あんな馬鹿げた魔法をぶっ放す、正体不明の同居人だったわけだよな」
「そうなるな」
「——っていうか、女なのかよ!!!!」
「「「そこ!?!?」」」
夜道に、三人ぶんのツッコミが響いた。
「お前なあ!!角より先に驚くとこ、あっただろ!?あんだけ一緒に住んでて!!」
「うるせえな!!だってあいつ、ずっと“僕”っつってたろ!?言っとくがな、俺の中で、ボクっ娘なんてもんは、この世に存在しねえんだよ!!だから男だ!!髪が長いのは、長旅で切る暇がなかっただけ!!完璧な推理だろうが!!」
「推理の全部が、願望と決めつけなのよ」
「……けどよ。さっき、魔法が解けた時、あいつ、言ったろ。——“これが、私だ”って」
「「「…………」」」
「僕、じゃなくて、私、だ。……偽るのを、やめたってことだろ、あれ。それで、極めつけが、あのドレスだよ。どこの姫様だって格好でよ。……そこまで揃って、やっと俺の推理が、音を立てて崩れたんだ!!」
「聞くべきところは、ちゃんと聞いてるのが腹立つわね。……最初から崩れてたのよ、あんたの推理は!!」
「え、じゃあ何か?湯屋の女湯、正しかったのか?俺が“男のくせに”って歯軋りしてたの、何だったんだよ!!」
「正しい湯に正しく入ってただけよ!!」
「く……!!湯屋の日からの敗北感を返せ!!」
「あんたの驚く順番、どうなってるのよ!!魔族!!角!!の後に性別なの!?」
「俺の中では性別が一番の衝撃なんだよ!!」
「ん。はやとくん、にぶい」
「ひなたにまで言われた!?」
……緊張の夜に、俺たちのエースの鈍さが、良い仕事をした。肩の力が抜けたところで、俺は夜空の北を見上げた。
丘の稜線。星。その下のどこかを、一人で走っている、俺たちの眷属。
「さて、お前ら。おさらいだ。俺たちの家訓は?」
「「「“見捨てて生き延びるを選んだら、俺たちは俺たちじゃなくなる”」」」
「よろしい。……もっとも、今回は少し違うがな」
フードを、懐に納める。返しに行くものが、ある。
「見捨てるも何も、あいつはまだ、俺たちの月謝を、今週ぶん受け取ってない。北方古語講座の、な。……取り立てに行くぞ」
「理由が世知辛いのよ」
「腐れ縁の追いかけ方なんて、こんなもんだ」
——夜の街道を、北へ。
腐れ縁四人の、眷属追跡行が始まった。




