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絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


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第75話 三つ目は、空だった

三つ目の集落、キリノ里には、誰もいなかった。


戸は開いたまま。鍋は竈に載ったまま。物干しの服が、風に揺れたまま。人だけが、いない。


「……全戸、空か」


「争った痕は、ない。荷物も、半分は残ってる。……“逃げた”んじゃないわ。“出て行った”のよ。ゆっくり、一人ずつ」


「ん。におい、ほとんど、ない。ここ」


ひなたの声が、小さかった。当然である。ここは、匂いの死んだ、抜け殻だった。


ヴィクは、集落の真ん中で、立ち尽くしていた。


「……五年前の、あの村と、同じだ。北の山裾の。……こうなるんだ。最後は、こう——」


「ヴィク」


「……大丈夫だ。仕事を、する」


俺たちは、手分けして集落を検分した。最後の住人が出たのは、たぶん十日と経っていない。竈の灰が、まだ湿気っていない。


そして、集落の一番奥、里長の家で、俺たちは、それを見つけた。


書き置き、である。卓の上に、石で重しをして。


『たれか、ここを訪う人へ。みな、出て行った。わけは、わからぬ。ひきとめる言葉を、わしは持たなかった。さいごまで残った者として、これだけ記す。ここは、いい里だった。それだけは、ほんとうのことだ』


「「「「…………」」」」


誰も、何も言えなかった。


引き留める言葉を、持たなかった。縁が痩せ切った里では、「行かないでくれ」の一言すら、口が忘れるのだ。


「……この書き置きは、持って帰るわ。ギルドに。……誰かが、覚えてないと」


沙耶が、書き置きを、丁寧に写し始めた、その時だった。


「けーご」


ひなたの声が、鋭かった。


「“においのしないひと”。きた。ふたり」


全員が、外へ出た。


集落の入り口。抜け殻の通りの向こうに、灰色が、二つ、立っていた。


王都で見た、あの二人。フードの奥の、深すぎる影。足音のない立ち姿。


「(来た……!)」


「(陣形!!ヴィクを中へ!!)」


俺たちは、壁を作った。灰色は、動かない。ただ、立っている。そして、王都の時と同じように、その視線は、俺たちを通り過ぎて、中央のヴィクに、注がれていた。


長い、長い、静止。


先に動いたのは、ヴィクだった。


「……どけ、みんな」


「ヴィク!?」


「大丈夫だ。……逃げるのは、もう、やめる」


小柄な影が、壁の間から、前へ出た。フードの奥の金の瞳が、まっすぐに、灰色を見た。


「僕に、用があるんだろう。五年前から。……言え。聞いてやる」


灰色は、答えなかった。


代わりに、二つのフードが、ゆっくりと、同時に、傾いた。礼、のようにも見えた。観察、のようにも見えた。


そして、片方が、初めて、声を発した。


声、と呼んでいいのか、分からなかった。風の音に、言葉の形がついたような、輪郭のない響きだった。


『——かぞえた』


「「「「…………っ」」」」


『のこり、ひとつ』


それだけ、だった。


灰色の二つは、す、と身を翻し、集落の外へ、北へと、歩き去った。追う気配を、俺たちの体が、勝手に拒否した。あれは、追ってはいけないものだと、背骨が知っていた。


「…………数えた。残り、ひとつ」


「何のことよ。何を、数えたのよ」


「分からん。だが、嫌な符合が、ある」


俺は、セヴラン導師の言葉を、思い出していた。


——“灰色は、数えに来る”。


「五十年前の記録の通りだ。あいつらは、数えてる。何かを、ずっと。……そして、その勘定が、終わりかけてる」


ヴィクは、灰色の消えた北の道を、じっと見ていた。


その横顔に、恐怖は、なかった。代わりにあるのは、五年ぶんの問いに、ようやく輪郭が見え始めた者の、静かな決意だった。


「……圭吾。ひとつ、分かったことがある」


「ん」


「あいつらは、僕を“害する”気は、ない。五年前も、今日も、見るだけだ。……あいつらにとって、僕は、たぶん、“勘定の対象”じゃ、ないんだ。むしろ」


「むしろ?」


「“同じものを数えてる、同業者”を見る目だった」


ぞく、と、した。


俺たちの眷属と、あの灰色が——同じものを、数えている?


「……帰るぞ。報告が、山積みだ」


「ああ。……ただ、その前に、ひとつだけ」


ヴィクは、里長の家に戻ると、卓の書き置きの横に、何かを、そっと置いた。


蜂蜜菓子、である。自分の、大事な備蓄の、ひとつ。


「……いい里だった、って書いた人に。……供物だ」


誰も、茶化さなかった。


帰り際、集落の入り口で、ひなたが、立ち止まった。


「……ん。けいご」


「どうした」


「ここ、ごはんの、においが、しない。……それが、いちばん、かなしい」


俺たちの兵站長は、世界の悲しみを、いつも匂いで測る。そして、その物差しは、たぶん、どんな学者の物差しより、正確だった。


「なら、決まりだな。いつか、ここに、飯の匂いを戻す。水の味と、同じだ。戻るものは、戻る」


「ん。……やくそく」


小さな小指が、差し出された。指切りをした。空の里の入り口で交わした約束は、観測日誌の特記より、たぶん、重い。


——帰路につく俺たちの背に、空の集落の風車だけが、からから、から、と回っていた。


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