第73話 北の見回り、一つ目
北の見回りは、コルン村から始まった。
正確には、コルン村は見回り対象ではない。その先の三集落が対象だ。だが、北へ行くのにあの村を素通りする選択肢は、俺たちには、ない。
「圭吾様ご一行!!ようこそようこそ!!」
「ご婦人がた!!お変わりなく!!ふむ、今日も平均93点!!」
「あらまあ!!上がったよ、点!!」
村は、変わりなかった。畑は実り、ホリネズミの餌場条約は続き(むしろネズミたちが水路の番人として定着していた)、おばあちゃんズは元気だった。むしろ元気すぎた。俺の採点に、行列ができたのである。
「次はあたしだよ!!ほら、新しい前掛け!!」
「96点!!色柄の勝利!!」
「あたしはどうだい!!昨日、髪を結い直した!!」
「94点!!結い目の気合いに加点!!」
「(ねえ、あれ、もう加護関係なくない?)」
「(いいのよ。あれがあの村の“縁の点検”なんだから)」
採点の行列は、そのまま立ち話の輪になり、笑い声になった。フォルテで流行り出した点検を、この村は、とっくの昔からやっていたのである。
「……よかった。ここは、痩せてない」
「ん。においも、こい。ごはんと、ひとの、いいにおい」
ひなた印の「縁の健康診断」も、合格である。俺たちは村長さんに白い巡礼の人相書き(沙耶画・特徴“にこにこ”)を渡し、「見かけたら祝福を断るように」とだけ伝えて、北へ発った。
——一つ目の集落、ハシバミ野。
丘をふたつ越えた先の、二十戸ほどの小さな集落である。着いて、まず気づいたのは、静けさだった。
人は、いる。畑にも、家先にも。だが、声が、ない。
「……変ね。誰も、立ち話をしてない」
「挨拶も、ないな。すれ違っても、目も合わせん」
「ん。……におい、うすい。ここ」
集落長の家で、話を聞いた。人口は減っていない。事件もない。ただ、答え方が、奇妙だった。
「事件、ですか。いやあ、何も。……何もないですよ、ほんとに。最近はみんな、その、静かで。寄り合いも、自然と、なくなって」
「寄り合いが、なくなった?」
「ええ。別に、仲が悪いわけじゃ。ただ、こう……集まる理由も、特にないなあ、と。皆がそう言うもんで」
集落長は、へらりと笑った。ドムさんと、同じ笑い方だった。
俺は、視た。集落長の状態。特記: 絆・希薄化。
該当なし、ではない。まだ、消えてはいない。だが、痩せている。集落まるごと、ゆっくりと。
「(白いのが来たか?それとも灰色か)」
「(聞いても“来てない”と言うだろうな。覚えてないか、気づいてないか)」
「(なら、処方箋だけ、置いていきましょ)」
俺たちの外来の、出張診療である。とはいえ、二十戸を一軒ずつ喧嘩させて回る時間はない。そこで、沙耶が考えた「集落用の処方」が試された。
——祭り、である。
「集落長さん。ギルドの見回り事業の一環で、本日“収穫前の宴”を開催します。費用はギルド持ち(あとで経費で通す)。全戸、参加です」
「え、ええ?いや、うちはそういうのは、もう……」
「参加です。ひなた、始めなさい」
「ん」
ひなたが、広場のかまどに火を入れた。持参の食材と、村の芋で、大鍋の煮込みが始まる。匂いが、集落に流れる。
飯の匂いは、偉大である。
一人、二人と、人が出てきた。鍋を覗く。椀を受け取る。隣に、誰かが立つ。
「……よう。あんたも来たか」
「まあ、匂いがな。……そういや、あんたと飯食うの、いつぶりだ」
「さあ。……春の、種蒔きの時か?」
「そんなに前か」
会話が、ぽつり、ぽつりと、灯り始めた。俺たちは、給仕をしながら、種を蒔いて回った。
「ときにご老人、あちらのご老人とは、お知り合いで?」
「ん?ああ、幼馴染よ。……最近は、話しとらんが」
「ほう。実は先ほど、あちらの方が“あいつの打つ蕎麦は俺より下手”と」
「なんだと!?おい、ジジイ!!聞いたぞ今の!!」
「言っとらんわ!!……言っとらんが、下手なのは事実じゃろうが!!」
「上等じゃ表出ろ!!」
「(圭吾、あんた今、完全に捏造したわね)」
「(種蒔きだ。芽は本物が出た)」
宴は、夜まで続いた。怒鳴り声と、笑い声と、鍋のおかわり。終わる頃には、集落の“におい”は、目に見えて(正確には、ひなたの鼻に利いて)濃くなっていた。
「……あんたら、何なんだろうねえ、ほんとに」
集落長は、酔いの回った赤い顔で、しみじみ言った。
「見回りってのは、魔物を見るもんだと思ってたよ。……人の縁を見て回る見回りなんて、初めてだ」
「魔物より、そっちが先に痩せてたので」
「ああ。そうだな。……なあ、冒険者さん。うちの集落、危なかったのかい」
「ええ。……もう、大丈夫です。今夜みたいなのを、月に一度。それが処方箋です」
——夜。集落の外れで、見張りに立った俺の隣に、ヴィクが座った。
「……鮮やかだったな、今日の」
「俺たちの流儀が、たまたま効く病気だっただけさ。……で、だ。先生の見立てを聞きたい。この集落、白いのか?灰色か?」
「——どっちでもない、と思う」
ヴィクは、北の空を見た。灰色の帯が、ここからは、フォルテより近く、濃く見えた。
「祝福の痕がない。巡礼の目撃もない。なのに、痩せてた。……つまり、これは“自然に”痩せたんだ。北から流れてくる、あれの、気配だけで」
「……気配だけで、か」
「二つ目の集落は、ここより北だ。……覚悟しておけ、圭吾。たぶん、ここより、悪い」
北の見回り、初日終了。
診療所の旅は、まだ始まったばかりである。




