第71話 絆外来、開院
《岩割り》復活の報は、一晩でギルド中に広まった。
そして翌朝、俺たちの卓に、行列ができた。
「た、頼む!!うちの姉妹も、元に戻してくれ!!」
「《鉄鍋会》です!!三人とも、まだ間に合いますか!?」
「うちは解散してないんだが、最近女房との会話が減って——」
「最後の人は管轄外です!!」
かくして、非公式の「絆外来」が開院した。院長・ヴィク(理論担当)。執刀・腐れ縁(汚し担当)。受付・リタさん(なぜか巻き込まれた)。
なお、開院にあたり、俺は看板を自作した。
『絆外来 “漆黒の医院”。診療科目: 縁・絆・腐れ縁。処方: 罵倒(自家製)。院長は世を忍ぶ仮の姿』
「最後の一行で信用が全部溶けるのよ」
「リタさん、受付印を!!」
「ギルドの印は捺せません!!これ非公式ですから!!……(小声)でも、まあ、机の端に置くくらいなら」
受付の机の端に、看板は置かれた。非公式の、黙認である。この街の制度は、いつも、こういう緩み方をしてくれる。
症例二号、《双月》の姉妹。
譲れなかったもの: 「どちらが姉か」(双子である)。
処方: 姉妹が同時に採取依頼を受け、報酬の袋を「一つだけ」用意する。宛名は「姉様へ」。
「私が姉よ。先に生まれたもの」
「へえ。三分でしょ。三分。……そういえば姉様は、三分の貫禄で、いつも私のおやつを」
「あれは姉の権利!!」
「出た!!その理屈、二十年前から!!」
結果: 罵倒開始から四半刻で再結。姉妹は取っ組み合いのまま再登録の列に並んだ。
症例三号、《鉄鍋会》の三人。
譲れなかったもの: 鍋の〆(しめ)。
処方: 三人の前に、鍋をひとつ。〆の材料を、麺と飯と餅、三種類置く。
「〆は麺に決まってる」
「飯だろ。汁を吸ってこそ」
「餅」
「「餅はねえよ!!」」
「餅うまいだろ!!」
結果: 開始直後に再結。なお鍋は三回転し、〆は三種類全部やった。ひなたが四種類目を提案して、鍋の宗派がひとつ増えた。
症例四号、《夜明け鳥》の幼馴染二人。
これが、難航した。
「譲れないもの、ないんですよ、俺たち。喧嘩したことも、ほとんどなくて」
「幼馴染で、喧嘩なし。……綺麗な絆だったのね、もともと」
綺麗な絆は、綺麗に梳かれる。引っ掛かりが、見つからない。油壺も、報酬袋も、鍋も、不発だった。
「……先生。理論側から、何かないか」
「……ひとつだけ、ある。だが、劇薬だ」
ヴィクは、二人に向き直った。
「お前たち。お互いに、言ってないことは、ないか。言えば喧嘩になるから、言わずにきたこと。綺麗なままでいるために、呑み込んできたこと」
「「…………」」
「あるな。顔に出てる。言え。今、ここで。喧嘩になったら、僕たちが繋ぎ直す。保証する。ここは、そういう外来だ」
長い、長い沈黙のあと。
片方が、ぽつりと言った。
「……お前さ。三年前、俺の姉ちゃんに告白して、振られたろ」
「なッ!?し、知って——」
「知ってるよ!!姉ちゃんから全部聞いてるよ!!なんで俺に隠すんだよ!!水くせえだろ!!」
「言えるか!!気まずいだろうが!!……って、待てよ、じゃあお前も隠してたじゃねえか、知ってたこと!!」
「そ、それは……!!」
「「水くせえのはどっちだ(よ)!!」」
結果: 幼馴染二人、初めての大喧嘩ののち、再結。絆の光は、前より少しだけ、濁って、太くなった。
「……綺麗な絆より、汚れた絆の方が、太くなるのね」
「引っ掛かりが増えたからな。先生の劇薬、効いたな」
「……ふん。理屈通りだ」
そう言うヴィク先生の横顔が、少しだけ、誇らしげだったことは、記録しておく。
——外来は、三日で全症例を完治させた。
そして、思わぬ余波が、街に広がった。
「聞いたか?絆ってのは、綺麗にしすぎると、消えるらしいぞ」
「うちも、たまには亭主と喧嘩しとくか……」
「おい、屋台のおやじ!今日も生きてるか!縁の点検だ!」
「なんだそりゃ!生きとるわ!」
“縁の点検”なる言葉が、勝手に流行り始めたのである。顔なじみに声をかける。憎まれ口を叩く。約束を確かめる。白い巡礼への、フォルテなりの、免疫だった。
「……見ろよ、ヴィク。あれが、俺たちの街の防衛線だ」
夕方の大通り。呼び込みと、憎まれ口と、笑い声。いつものフォルテが、いつもより、少しだけ声が大きい。
「城壁でも、騎士団でもない。騒がしさ、だ。あの白いのが一番苦手なやつだ、たぶん」
「…………ああ。……いい街だ、本当に」
ヴィクは、フードの奥で、静かに笑った。それから、ふと、真顔に戻った。
「でも、圭吾。……忘れるな。あれは“断られたら引く”流儀だ。今のところは。……流儀が変わった時が、本番だ」
「分かってる。で、その本番の前に、だ。例の北の見回り、そろそろ行くぞ。準備はできた」
「……ん。北、か」
我が眷属は、北の空を見た。地平の灰色の帯は、この三日で、目に見えて、濃くなっていた。




