第68話 白い巡礼
白い巡礼は、予想通りの場所に、予想通りの日に、いた。
北門の外。街道の脇の、古い道標のそば。白っぽい旅装の人影が、行き交う人に、にこにこと会釈をしている。
出発前、我が家では、対“祝福”の防御会議が開かれていた。
「相手の手が光ったら、即、散開。祝福は絶対に受けるな。……そこでだ、俺は考えた。奴の祝福を、物理的に防ぐ方法を」
「ほう?」
「この風呂敷マントである!!聖別済み!!祝福と聖別、聖なる力同士は、相殺するはず!!」
「理屈が屋台の値切りレベルなのよ」
「ん。でも、けいごの“じょうとうしゅだん”は、たまに、あたる」
「兵站長は俺の味方!!」
「あたるとは言ったけど、たまに、って言った」
結論として、風呂敷は「気休め枠」で採用された。気休めも、装備のうちである。
俺たちは、四人で(ヴィクは鉄壁の留守番布陣の中である)、正面から歩み寄った。
「ご機嫌よう、巡礼」
「はい、ご機嫌よう」
振り向いた顔は、普通、だった。
中年とも青年ともつかない、穏やかな顔。柔らかい声。糊のきいた白い外套。どこにでもいる、感じのいい巡礼。強いて言えば、感じが良すぎることだけが、引っかかる。
そして、俺の眼は、何も、読めなかった。
——状態:【???】
灰色と、同じである。中身が、視えない。
「おや。あなたがたは……ええ、ええ、分かりますとも。良い絆の匂いがする。実に、豊かな」
「絆の、匂い?」
「ええ。私どもは、それを“寿ぐ”のが務めでして。よろしければ、あなたがたの絆にも、祝福を」
巡礼が、両手を、ゆっくりと持ち上げた。
来た。あれが、祝福。三十年を五日で刈る、あの——
「「「「お断りします」」」」
四人の声が、綺麗に、揃った。
巡礼は、両手を上げた姿勢のまま、ぱちぱち、と瞬きをした。
「……おや」
「俺たちの絆は、間に合ってるので」
「祝福は、他をあたってください」
「ん。けっこうです」
「営業お断りの札、貼っときゃよかったな」
「……おやおや。おやおやおや」
巡礼は、両手を下ろして、困ったように、それでも、にこにこと、首を傾げた。
「祝福を、断られたのは……久しぶりです。ええ、とても。皆さん、祝福がお嫌いで?」
「嫌いですね。あんたの祝福を受けた連中が、どうなったかを知ってるので」
「どう、とは?」
「《岩割り》の兄弟。《双月》の姉妹。《鉄鍋会》。《夜明け鳥》。全員、絆が消えた。理由も思い出せずに、笑って、別れていった」
巡礼は、きょとん、とした。
それから、心の底から、不思議そうに、言った。
「ええ。ですから、“祝福”です」
「「「「…………」」」」
「皆さん、揉め事の種が消え、憂いなく、身軽になられた。誰も泣かず、誰も憎まず、綺麗に、円満に。……あんなに穏やかな別れが、他にありますか?絆とは、いずれ痛むもの。痛む前に、綺麗なうちに、そっと解いて差し上げる。これほどの祝福が、他にありますか?」
声に、嘘がなかった。
皮肉でも、欺瞞でもない。こいつは、本気で、良いことをしていると、思っている。
背中に走った寒気は、灰色の時より、深かった。悪意なら、憎める。敵意なら、構えられる。だがこれは、善意だ。底の底まで、まっすぐな。
「……なるほど、な。あんたの理屈は、分かった。その上で、言わせてもらう」
俺は、一歩、前に出た。
「——余計な、お世話だ」
「おや」
「絆ってのはな、巡礼。痛むから、いいんだよ。俺たちのなんか、毎日痛んでる。毎日切れかけて、毎日繋ぎ直して、うるさくて、面倒で、清々しさの欠片もない。それでも、翌朝そこにあるのが、俺たちの絆だ。綺麗に解いてもらう予定は、未来永劫、ない」
巡礼は、俺の口上を、にこにこと聞いていた。
聞き終えて、初めて、その目が、じ、と俺たちを「視た」。値踏みでも、敵意でもない。何かを、数える目だった。
「……ふむ。……ふむふむ。ああ、なるほど。あなたがたが、“あれ”ですか。数えられなかった、四つ」
「「「「…………」」」」
「王都の水晶の話は、聞き及んでいます。ええ、ええ。……なるほど、なるほど。これは確かに、絡んでいる。深く。古く。どこから解けばよいのか、見当もつかないほど」
巡礼は、うっとりと、そう、うっとりと、俺たちを眺めた。
「素晴らしい。解き甲斐の、ありそうなこと」
「解かせると、思うか?」
「ふふ。今日のところは、ご挨拶まで。祝福は、望まれた方にだけ、が流儀ですので」
巡礼は、綺麗に一礼して、道標の向こうへ、歩き出した。数歩行って、思い出したように、振り向く。
「ああ、そうそう。ひとつ、うかがい忘れました」
にこにこと。あくまで、にこにこと。
「あなたがたのお宅に、“古いもの”の匂いが、しますね。北の、とても古いものの。……あれは、どなたの、お連れで?」
誰も、答えられなかった。
「ふふ。お答えは、結構。では、皆さま。良き縁を」
白い外套は、街道の雑踏に紛れて、消えた。
——帰り道、俺たちは無言で、早足だった。
家。ヴィク。“古いもの”。あいつは、知っている。我が家に、何が居るかを。
家の扉を開けると、広間の円卓で、ヴィクとコタと棟梁が、湯守イタチを囲んで茶を飲んでいた。無事である。何事もなく。
「……な、なんだ、お前たち。血相を変えて」
「ヴィク。引っ越しの相談だ、と言いたいところだが、逆だ。今日から、我が家の警備を三倍にする」
「は?」
「白いのと、会ってきた。……あいつは、お前の“存在”に、気づいてる」
ヴィクの顔から、血の気が引いた。
——その夜の観測日誌。“北の空の色”の欄に、ヴィクは初めて、こう書いた。
『藍。ただし、地平の際に、灰色の帯。気のせいでは、ない』




