第66話 岩割り、割れる
その報せを持ってきたのは、コタだった。
「聞きました!?《岩割り》の兄貴たち、パーティ解散したって!!」
「「「「は?」」」」
《岩割り》。斧使いの兄弟パーティである。迷宮の調査隊で一緒に戦った、フォルテ生え抜きの手堅い中堅。兄のドムと、弟のガレン。生まれてから三十年、一日も離れたことがないのが自慢の、筋金入りの兄弟だった。
「喧嘩か?依頼の取り分で揉めたとか」
「それが……喧嘩じゃ、ないんです。二人とも、けろっとしてて。“いや、なんとなく”って」
「「「「なんとなく」」」」
出た。四例目である。しかも今度は、顔見知りだ。
——俺たちは、その足で、酒場に向かった。
酒場のマスターが、俺たちの顔を見るなり、顎で奥の席を指した。
「……《岩割り》の兄貴の方なら、奥だ。三日前からああやって、一人で飲んでる。なあ、あんたら、あの兄弟と迷宮で一緒だったろ。何があったか、聞き出してくれや。駆け出しの頃から、うちの同じ席で二人で飲んでた客が、急に一人になったんだ。……酌の勘定が、狂っちまってよ」
勘定の話にして、心配を隠すのが、この街の酒場の流儀である。
《岩割り》の兄・ドムは、いつもの席で、一人で飲んでいた。いつもは、隣に弟がいる席で。
「おう、《腐れ縁》。王都帰りだってな。景気はどうだ」
「ドムさん。……単刀直入に聞きます。ガレンさんと、解散したって」
「ん?ああ、したよ」
あっさりと、ドムは言った。エールを一口飲んで、実に、普通の顔で。
「三十年もつるんだしな。まあ、潮時ってやつよ」
「潮時って……何か、あったんですか。喧嘩とか、仲違いとか」
「いいや?何も。ただ、こう……朝起きたらよ、“あれ、俺、なんで弟と組んでるんだっけな”って。理由が、思い出せなくてな。聞いたら、ガレンも同じだって言うんだ。で、笑って、解散した。それだけよ」
「理由が、思い出せない」
「おう。……変か?変かもなあ。でも、不思議と、なんともねえんだ。清々してるくらいで」
俺は、正面から、ドムを視た。
加護が、流れ込んでくる。健康状態: 良好。機嫌: 平静。酒量: 二杯目。そして、見たことのない行が、ひとつ。
——特記: “絆・該当なし”。
「(該当、なし?)」
背中が、冷えた。
見間違いかと、もう一度視た。同じだった。健康でも空腹でもない、見たことのない欄に、見たことのない文言。まるで、あるはずの項目が、綺麗に、消されたような——
「どうした、兄ちゃん。俺の顔に何かついてるか」
「……いえ。ドムさん、最後にひとつ。ここ数日で、誰か、変わった人に会いませんでした?例えば、旅の巡礼、とか」
ドムは、少し考えて、ぽん、と手を打った。
「ああ、そういや、会ったな。五日前か。街道の帰りに、白っぽい服の巡礼さんによ。えらく丁寧な人でな。“あなたがたの絆に、祝福を”とか言って、拝んでくれたっけ」
思わず、聞き返していた。
「白っぽい服」
「おう。にこにこした、いい人だったぜ。……ん?それがどうかしたか?」
「……いえ。ありがとうございます。お邪魔しました」
——外に出ると、日が暮れかけていた。
全員、無言だった。口を開いたのは、路地の角を曲がってからだった。
「……視えたのね、あんたの眼に。何か」
「ああ。……ドムさんの“状態”に、見たことのない特記が出た。“絆・該当なし”」
「該当なし、って」
「兄弟の絆が、消えてる。跡形もなく。……喧嘩で切れたんじゃない。切れた痕すら、ない。最初から“なかったことに”されてる。それも本人は、痛くも痒くもない」
「「「「…………」」」」
「そして、五日前の“白っぽい巡礼”だ。……ヴィク。灰色の巡礼と、同じやつか?」
ヴィクは、フードの下で、首を振った。
「分からない。僕が見た灰色は、喋らない。拝まない。“祝福”なんて言わない。……でも」
「でも?」
「結果が、同じだ。あれが通ると、縁が、痩せる。……いや、今回のは、痩せるどころじゃない。“刈られてる”」
刈られてる。
嫌な言葉だった。だが、的確だった。ドムさんの三十年は、五日前のどこかで、静かに、刈り取られたのだ。本人に、痛みひとつ、残さずに。
「……リタさんの言ってた解消届、四組。全員に話を聞くわよ。“白っぽい巡礼”に会ったかどうか」
「ん。あと、においも、しらべる」
「頼む。……それと、だ」
俺は、暮れていく空を見上げた。
「明日から、動く時は、二人以上。単独行動は、なし。……相手は、三十年の絆を五日で消す何かだ。俺たちの十年が、無事で済む保証はない」
「あら。私たちのは大丈夫でしょ」
沙耶が、ふ、と笑った。
「なんでそう言い切れる」
「忘れたの?私たちの絆、四回測って、四回とも“数えられなかった”のよ。数えられないものは、刈りようがないじゃない」
「「「「…………」」」」
「……理屈は無茶苦茶だけど!」
「なぜか否定できない!」
「ん。かられない」
「よし、全員いつも通りだ!」
不安の夜に、いつもの調子が、少しだけ、灯りになった。
——ただ、その夜の観測日誌に、ヴィクは、新しい欄をもうひとつ、書き足していた。
『白い巡礼の目撃情報: 一件(五日前・東街道)。要追跡』
北の空の色は、今夜も、静かな藍色だった。静かすぎるくらいに。




