第61話 Cランクと胃薬三瓶
重い夜の翌朝は、たいてい、間の抜けた報せから始まる。
「昇級判定、出ました。パーティ《腐れ縁》、Cランク昇級。正式決定です」
朝の宿舎の食堂で、ロズリンさんが辞令を配りながら、事務的に告げた。
「「「「おおー」」」」
「反応が薄い。あなたがた、一昨日まであんなに騒いでいたのに」
「いやあ、ここ二日で、ランクより重いものを色々と……」
「?……まあ、いいでしょう。授与式は明日。総本部の大広間で。正装でお越しください」
「正装。……正装?」
「「「「(持ってない)」」」」
「夜会で着た“そこそこの礼服”があるでしょう。あれで十分です。それと、圭吾さん。式典に風呂敷は」
「これは聖別された——」
「風呂敷は、お控えください」
「王都は俺の魂に厳しい!!」
——授与式は、つつがなく(俺たちにしては)終わった。
壇上で認定証を受け取り、拍手を浴び、アデルさんに「Cランクとして、型のない型を磨きなさい」と激励され、見学席のユリス卿が一人で指笛を吹いて摘み出されかけた。
Cランク。異世界に来て、およそ三か月。野宿から始めた四人組は、中堅と呼ばれる場所まで来たのである。
「Cランクかあ。……なあ、Cって、どのくらい偉いんだ?」
「受けられる依頼の幅が段違いよ。国境越えの護衛、他都市への長期派遣、それに、“北部方面”の依頼も、Cから」
「……北部」
全員の目が、ちらりとヴィクを見た。ヴィクは、気づかないふりで、認定証(同行者用の写し)を眺めていた。眺めながら、口元が少しだけ緩んでいた。
さて。式典の後、俺たちは総本部の売店に向かった。
忘れてはならない、故郷からの依頼がある。
「すみません。“胃薬”を、三瓶」
「はいよ。……あんたら、噂の《腐れ縁》だろ?胃薬なんて誰が飲むんだい」
「俺たちの担当受付です」
「ああ……」
売店のおばちゃんは、全てを察した顔で、四瓶目をおまけしてくれた。リタさんの胃は、大陸規模で心配されている。
ついでに、土産の物色になった。
「コタには、王都の串焼きの香辛料ね。ブロム棟梁には王都の酒。じいさんには、眼鏡拭きの上等なやつ。教会の子供たちには?」
「飴だな。大袋で」
「ヘクトルさんには?」
「「「「…………」」」」
土産の物色は、市場区で二刻に及んだ。
途中、俺は運命の店を見つけた。武具屋の飾り窓に、鎮座する、漆黒の大鎌。
「在った。王都には、在ったぞ!!本物が!!」
「値札を見なさい、値札を」
「金貨……12枚」
「はい、次の店行くわよ」
「待て!!分割!!分割という文明があるだろう!!」
「私の帳簿に“浪漫ローン”の項目はありません」
「くっ……待っていろ、漆黒の君よ。いつか、いつか必ず……!!」
「(あの大鎌、たぶん十年後も売れ残ってるわよね)」
「(観賞用だからな、あれも)」
「で、宿題が残ったわね。ヘクトルさんの土産。……難しいのよね、あの人。素直に受け取らないから」
「ん。おかし。“くばるよう”って、かいて、わたす」
「天才か。“子供に配る用”なら、あの人、受け取るわ」
「私たちの台所、人の落とし方が的確すぎない?」
——午後は、久々の、何もない時間だった。
隼人とひなたは市場区へ(食べ納めと相場の見納め)。沙耶は大書庫へ(特別閲覧証の使い納め)。俺とヴィクは、宿舎の屋上で、王都の屋根の海を眺めていた。
「……なあ、圭吾。写しの件だが」
「ん」
「沙耶が、写しを“二部”作ってた。一部は僕に。もう一部は“家の保管用”だと」
「経理は、大事な書類は必ず控えを取る主義なんだ」
「…………あれは、僕の探し物だぞ。お前たちが、控えまで持つ理由はない」
「あるさ」
俺は、屋根の海の向こうの、北の空を見た。
「お前がいつか“北に行く”と言い出した時に、俺たちが地図を持ってないと、ついて行くのに困るだろう」
隣で、息を呑む気配がした。
「先に言っておくが、留守番はせんぞ。俺たちはCランクだ。北部方面の依頼、受けられるようになったんでな」
ヴィクは、しばらく黙って、それから、フードの縁を、ぐいと引き下げた。
「……気が早いんだよ、お前たちは。……まだ、行くとも言ってない」
「ああ。まだ、な」
「……………………甘いの、食うか。給金で買った」
「もらおう」
屋上で食う王都の蜂蜜菓子は、暴力的に甘かった。我が眷属の趣味は、今日も正しい。
——夕方、事件がひとつだけあった。
大書庫から帰った沙耶が、妙な顔をしていたのである。
「ねえ。……ちょっと、気持ちの悪いことがあったの」
「どうした」
「例の、欠番の棚。今日、最後にもう一度見に行ったのよ。そしたら——棚の“空き”の埃が、また、拭われてた。私たちが最初に見た時より、新しく」
「……誰かが、また触った?」
「それだけじゃないの。司書さんに聞いたら、ここ数日“北方の伝承について問い合わせる客”が、私たちの他に、もう一組あったって。灰色の外套の、二人組。顔は、フードでよく見えなかったって」
「「「「…………」」」」
灰色の外套。フード。顔の見えない、二人組。
「……セヴラン導師の使いとか、じゃないのよね」
「導師なら本人が来る。あの爺さんは人を使うのが嫌いだ」
「じゃあ、誰よ」
誰も、答えられなかった。
ただ、ヴィクだけが、窓の外の暮れていく空を、じっと見ていた。フードの奥の金の瞳が、暗い。
「……“取りに来る者”」
ぽつりと、俺たちの眷属が呟いた。
「五十年前の遺命の相手が……もし、今も、動いてるんだとしたら。僕たちは、たぶん、間一髪だったんだ。写しが、先で」
大司教の言葉が、頭をよぎる。錠が、二度、試された。触れずに。
王都の空に、夕鐘が鳴った。
——王都を発つのは、三日後である。それまで、何も起きないことを、柄にもなく祈った。
祈りは、だいたい、通じないのが相場である。




