第52話 王都の型、野良の型
Cランク昇級審査、実技の朝。
総本部の大訓練場は、昨日に増して満員だった。王盤騒ぎが一晩で広まり、「例の測定不能を一目見よう」という職員と冒険者で、見学席が鈴なりである。
「本日の実技審査を担当します。総本部教導部、Bランク相当・アデル」
審査官は、長身の女性だった。革鎧に王都の紋章、背には大剣。動きの一つひとつに無駄がなく、目つきは静かに鋭い。
「事前に、フォルテの試験官、ヘクトル殿から書状をいただいています」
「教官から?」
「はい。曰く」
アデルさんは、書状を開いて、無表情に読み上げた。
「“奴らを型に嵌めようとするな。時間の無駄だ。奴らの流儀ごと受け止めて、それでも折れぬかだけを見ろ。……あと、パンは武器である。驚くな”」
「「「「教官……!」」」」
「(あの人、完全に私たちの取扱説明書を書けるようになってるわね)」
「なお、追伸がありました。“それと、奴らに賭けをさせるな。奴らは自分の合否に賭ける”」
「「「「(バレてる)」」」」
「……もう、賭け板が出ているようですが」
見学席の隅で、王都の冒険者たちが板を掲げていた。『腐れ縁、審査官を転がす: 2.1倍』。フォルテの文化は、伝染が早い。
「正直、書状の意味が半分も分かりませんでしたが、始めれば分かる、とも書いてありました。では」
アデルさんが、大剣を抜いた。
「始めましょう。実技審査、開始」
——結論から言えば、アデルさんは強かった。ヘクトルさんより、たぶん強い。
大剣の一振りが空気を割り、踏み込みは砲弾で、防御は城壁だった。王都の型。無駄も隙も、教本の外の動きも、ない。
だから、俺たちは、いつも通りやった。
「散れッ!!沙耶、右!!例のやつだ!!」
「はいはい、走る応援団ね!!ちょっと、あんたこそ今の避け方なに!?腰が引けてたわよ!!」
「引いてない!!あれは“漆黒の後退機動”だ!!うおっ、大剣!?待て、今のを避けられる人間がいるか!!」
「あんた避けたでしょうが!!」
「褒めるな照れる!!」
「褒めてない!!」
罵倒が回り、バフが乗る。アデルさんの大剣が、面白いように空を切り始めた。
「……なるほど。“折れぬか”の意味が、分かってきました」
アデルさんは、無表情のまま、剣速を上げた。
「では、これは、どうです」
大剣が、地を這った。薙ぎ払いではなく、石畳を削って土煙を上げる、視界潰し。その煙の向こうから、砲弾の踏み込みが来る。
足元だけ、煙が薄い。革の爪先が、右へ沈んだ。
「隼人ァ!!煙の中、右前!!」
「見えてるよ、相棒の眼がな!!」
土煙を割って出たアデルさんの大剣を、強化された隼人の剣が、正面から受け止めた。鍔迫り合い。観客席が沸く。
「重っ。あんた、教官より強いな!?」
「そちらこそ。Dランクの膂力ではありませんね」
「今だけな!!俺、危険なほど強いんで!!」
「ひなた!!弾!!」
「ん。ざんだん、じゅう」
ゴッ!!と、黒パンがアデルさんの足元の石畳で跳ねた。体勢がわずかに揺れる。
「これが、噂の——パン!?」
「弊パーティの正式装備です!!」
「書状の通りだ……!!」
審査は、四十分に及んだ。
最後は、俺の影揺らし(こけおどし)にアデルさんが半歩だけ視線を落とし、その半歩ぶんの隙に、隼人と黒パンとそよ風(目潰しの砂運び)が同時に入って、決着とも引き分けともつかない形で笛が鳴った。
「審査、終了」
アデルさんは、大剣を収めて、俺たちを順番に見た。無表情の奥に、ほんの少しだけ、笑いに似たものがあった。
「型は、ゼロ。連携は、教本のどこにもない。罵倒は品位を欠き、武器はパンで、作戦名は却下され続けている」
「(全部言われてるぞ)」
「(事実だから返す言葉がないのよ)」
「ですが、四十分間、誰一人折れなかった。誰一人、仲間の位置を見失わなかった。そして誰一人、“楽しそうにするの”を、やめなかった」
アデルさんは、審査板に、大きく何かを書き込んだ。
「教導部として、記録します。“王都の型に非ず。されど、崩れぬ。——これも、型である”。……昇級判定は数日後に。お疲れさまでした」
一礼して去る背中は、最後まで隙がなかった。見学席から、拍手と笑いと指笛が降ってくる。王都の観客も、フォルテと大差なかった。
そこへ、拍手の中を、金の巻き毛が駆け下りてきた。
「見たよ見たよ見たよ!!何だい今のは!!罵り合いながら強くなって、パンが飛んで、砂が舞って、王都の社交界が十年かけても作れない見世物だ!!」
「見世物言うな」
「ユリス卿。約束の接待は今夜では」
「待ちきれなくてね!!ああそうだ、今夜の料亭、料理長に言って“大食いの君”のためにひと樽単位で仕込ませてある!存分に食べてくれたまえ!」
ひなたの目の色が、変わった。
「……ユリス。みどころ、ある」
「はっはっは!光栄だね!」
「(俺たちの台所が籠絡されかけてる)」
「(飯で落ちるの、早いのよ、私たちは)」
——その夜の料亭の顛末は、簡単に記す。
ひなたはひと樽ぶんの料理を完食して料理長を号泣(歓喜)させ、隼人はユリス卿と相場の話で意気投合しかけて沙耶に回収され、俺は給仕の淑女がたを採点しかけてヴィクに襟首を確保され、沙耶は「それで、ご用件は?」と切り込み続けた。
ユリス卿の用件は、結局、こうだった。
「単純さ。君たちが、面白い。うちの派閥に来ないか?後ろ盾、金、王都の家。望むものを言ってくれたまえ」
俺たちは、顔を見合わせた。そして、綺麗に声が揃った。
「「「「お断りします(けど飯はうまかったです)」」」」
「即答!?理由を聞いても!?」
「俺たちはフォルテの野良なので」
「派閥って、絆の“型”でしょ。私たち、型に嵌まると弱くなる仕様なんです」
「ん。でも、ごはんは、また、たべたい」
「はっはっは……ふ、ふられたのに、また会いたくなる断られ方だねえ……!」
ユリス卿は、樽の空いた卓を眺めて、実に楽しそうに笑った。悪い男では、なさそうである。財布の心配は、しばらく彼にしてもらおう。
——なお、料亭の帰り道。
通りの角の暗がりに、灰色のローブが立っていた。枯れ木の老人。昨日の、あの飢えた目の学者である。
老人は、すれ違いざま、しわがれた声で、一言だけ言った。
「近いうちに、魔導院へ来てもらう。正式な手続きでな」
「……どちら様で?」
「セヴラン。……“測れないもの”を、生涯かけて測ってきた者だ」
灰色のローブは、それだけ言って、夜に溶けた。
「「「「(面倒、二方向目が来た)」」」」
王都は、今日も賑やかである。




