第51話 王盤、受理を拒否
検分初日の朝は、ロズリンさんの点呼から始まった。
「本日の予定。午前、絆値の測定。午後、加護の実演。……言っておきますが、見物人が入ります。総本部の職員、魔導院の導師がた、それと、お偉方が、少々」
「少々、とは」
「見なければ幸せでいられる程度、です」
案内された大広間で、俺たちは「少々」の意味を知った。
すり鉢状の見学席が、埋まっていた。ざっと三百人。制服の職員、ローブの学者、そして最上段には、明らかに仕立ての違う衣装の一団。貴族である。
「「「「聞いてない」」」」
「言いました。“少々”と」
「感覚がもう役人なのよ」
広間の中央には、それが据えられていた。
見上げるほどの、青い結晶柱。フォルテの絆晶盤の十倍はある。台座には王国の紋章。
「総本部の“大絆晶盤”。通称、王盤です。大陸に三基しかない、最高精度の測定器。上限は、通常盤の十倍」
「十倍」
「王都の英雄パーティ《白金の暁光》の絆値98も、これで測りました。歴代最高記録です。100の大台には、大陸の歴史上、誰も届いていません。さあ、どうぞ」
ロズリンさんが、事務的に手で示した。三百人の視線が、俺たちに刺さる。
「(なあ。これ、四度目だよな)」
「(四度目ね)」
「(そろそろ様式美よね)」
「(ん。おやくそく)」
測定の直前、俺は一歩前へ出て、大広間に向けて両腕を広げた。
「王都の賢者諸君!!よくぞ集った!!これより諸君が目にするのは、大陸の計測史が敗北し続けてきた、我らが“測定不能”である!!」
「口上は記録に残りませんので、省略してください」
「事務!!事務が俺の浪漫を!!」
「残るのは数値と現象だけです。どうぞ、手を」
ロズリンさんに口上を却下され、俺たちは、王盤に手を置いた。ひんやりと冷たい。ここまでは、いつも通りである。
「「「「共に在るッ!!」」」」
結晶柱が、輝いた。
目盛りの光が、登る。30、50、70、90。《白金の暁光》の98を、超えた。見学席がざわめく。100。誰も踏んだことのない大台を、超えた。150。200。学者たちが立ち上がる。300。500。貴族席から声が漏れる。700。
「「「おおおおお!!」」」
800。900。
「記録だ!大陸記録だぞ!!」
950。980。
そして——
王盤は、ぷつん、と光を消した。
悲鳴なし。破損なし。ただ、事務的に、ふっと。何事もなかったかのように、青い結晶柱は沈黙した。
「「「「…………」」」」
三百人の沈黙は、フォルテの比ではなかった。静寂が、痛い。
ロズリンさんが、無言で王盤に歩み寄り、こんこん、と叩いた。
「……四度目の、測定不能。しかも王盤で」
「ロズリンさん、これ、報告書のどこに」
「備考欄です」
「王都でも備考欄なんだ」
直後、見学席が、爆発した。
「測定不能!?王盤がか!?」
「980までは出たぞ!数値はある!あるのに!」
「違う、見ろ、記録紙を!“数えるのをやめた”と出ている!」
「意味が分からん!器物の故障だ!」
「王盤は三百年壊れたことがない!!」
学者たちが記録紙に群がり、職員が王盤を検査し、貴族席がざわざわと扇を揺らす。
「すみません、点検しますので。皆さんは、そちらでお待ちください」
広間の端へ寄ると、ひなたが床に腰を下ろした。隼人が隣に座った。俺も座った。沙耶は一度、ロズリンさんの方を見たが、目が合わなかった。
四人並んで、体育座りになった。
「予備の記録紙を!!」
「故障じゃない!受理を拒否しているんだ!!」
「だから、その違いを報告書に書いてくれと言っている!!」
目の前を、同じ靴が三度通った。三度とも、俺たちに用はなかった。
ひなたが、膝に顎を載せた。俺たち三人も、載せた。
「……おひる、まだ?」
ロズリンさんのペンが、一瞬だけ止まった。
騒ぎの中で、俺の眼は、二つの視線を拾っていた。
ひとつは、貴族席の最前列。若い男だ。仕立ての良い青い上着、整えられた金の巻き毛、退屈と好奇心が半々の目。それが今、完全に好奇心へ振り切れて、俺たちを見ている。値踏みではない。玩具を見つけた子供の目だった。
もうひとつは、学者席の隅。灰色のローブの、枯れ木みたいな老人。騒ぐ同僚たちに加わらず、ただじっと、記録紙と俺たちを交互に見ている。その目は静かで、深くて、底のほうに、飢えみたいな光があった。
「(……圭吾。どうした)」
「(見られてる。二方向から。……あれは、たぶん、面倒の顔だ)」
「(あんたの面倒センサー、当たるのよね、変に)」
——午後の加護実演も、大盛況(という名の大騒ぎ)だった。
特に、俺の番は、ひどかった。
「では圭吾さん。加護の実演を。……あの、事前に言っておきますが、対象の選定は、慎重に」
「無論。紳士の実演とは、品位と精度の両立。では、僭越ながら、最前列の白髭の導師を」
視線を、向けた。加護が、流れる。
「齢七十二。左肩に古傷、二十年物。昨晩は蒸留酒を二杯。今朝の朝食は抜き。理由は、実験に夢中で忘れた。それと、三日前から靴下が左右違う」
「な……ッ!?なぜ靴下まで!?」
「視えるものは、視えるので」
会場がどよめき、学者たちが一斉にメモを取り、当の導師は靴下を確かめて赤面した。……そして、最上段の貴族席から、扇の淑女がたの声が飛んだのである。
「まあ!!わたくしも視ていただきたいわ!!」
「あら、わたくしが先よ!!」
「(おい、貴族の奥様がたが行列を)」
「(視るのは自由だけど、口に出せる情報がないのよ、あの年代は所作が完璧だから)」
結果、俺は奥様がた七名を「扇の角度」「歩幅の気品」だけで採点し、社交界の一部で“視えるのに紳士”なる評判が立った。何度も言うが、視えている情報の九割は、墓まで持っていくのである。
俺の看破は「観客席の三列目の導師、昨晩深酒、下着は——言わぬが花」で会場を凍らせ(紳士なので寸止めした)、ひなたの魔力測定は計器を三台沈黙させ、隼人は平時の非力測定で総本部の荷運びに敗北し、沙耶のそよ風は「これが例の観測官魔法か」と学者たちのメモを埋めた。
終了後、ロズリンさんは分厚くなった記録を抱えて、言った。
「……初日から、想定の三倍の記録量です。明日は昇級審査。実技です。今日より、静かに済むと思いますか」
「「「「思いません」」」」
「私も思いません。……解散」
——宿舎への帰り道、夕暮れの学問区で、声をかけられた。
「やあやあやあ!待ちたまえよ、噂の《腐れ縁》!」
振り向くと、あの金の巻き毛だった。貴族席の、玩具を見つけた目の男。従者を二人連れて、気安い足取りで近づいてくる。
「見たよ、王盤の一件!いやあ、痛快!あの澄まし顔の学者どもが蜂の巣をつついたようだった!ああ、名乗りが遅れたね。ユリス・メルヴィル。メルヴィル侯爵家の三男坊さ」
「侯爵家……!」
「堅苦しいのはなしだ。ときに君たち、明日の晩は空いてるかい?王都で一番うまい料亭を予約しよう。君たちの話を、ぜひ聞きたくてね!」
「「「「(出た)」」」」
「(接待だわ。絵に描いたような)」
「(狙いは何だ?俺たちを飼いたいのか?)」
「(まあ、飯は、うまいんでしょうね)」
「(ん。いく)」
「(即決するな、台所)」
俺たちの小声会議を、ユリス卿はにこにこと待っていた。悪意は、俺の眼で視る限り、ない。あるのは山盛りの好奇心と、退屈の反動と、ほんの少しの計算。
「お招き、謹んで受けよう、侯爵家の御曹司。ただし、俺たちは五人だ」
「もちろん!フードの子も一緒にどうぞ!」
「(気づいてたのね、ヴィクにも)」
「(貴族って、目ざといのよ)」
こうして、王都二日目にして、俺たちは貴族の接待を取り付けた。
なお、その一部始終を、学者席にいた灰色のローブの老人が、通りの向こうから、じっと見ていたことを、俺の眼は視ていた。
面倒は、二方向から来る。たぶん、もうすぐ。




