第49話 山賊、経理に敗れる
王都まで、あと二日。
街道が丘陵地帯に入り、道の両側に岩と灌木が増えてきた頃、御者さんが、ぽつりと言った。
「この先の谷はね、出るんだよ」
「出る?何がです」
「山賊。“赤鼻団”っていう、しょぼくれた一味でね。ここ最近、王都の警備が北の警戒に人を割いてるもんだから、残った隙間に湧いたのさ」
「(北の警戒、だってさ)」
「(また北ね)」
「(……)」
ヴィクが黙り込む横で、俺は御者さんに聞いた。
「しょぼくれた、というと」
「殺しはやらない。身ぐるみも剥がない。“通行料”って言って、荷の二割だけ取ってく。……まあ、山賊としちゃ良心的だが、商売としちゃ大打撃さね」
「二割……関税ね。無認可の」
経理の目が、すっ、と細くなった。この時点で、赤鼻団の運命は、たぶん決まっていた。
——果たして、谷の真ん中で、彼らは現れた。
岩陰から、ばらばらと十人ほど。革鎧はつぎはぎ、武器は年季物、そして先頭の大男の鼻は、聞いていた通り赤かった(酒焼けらしい)。
「動くなァ!赤鼻団だ!命は取らねえ、荷の二割が通行料だ!」
「敵影十、武装は中の下、練度……低いな。隼人、調子は?」
「んー。“そこそこ”。……つまり、あいつら、危険度そこそこってことだな」
「ふむ。まあ待て、お前ら。まずは、交渉だ。……それと、口上だ」
「(あ、始まる)」
「(止める?止めない?)」
「(山賊相手なら実害ないでしょ。泳がせましょ)」
俺は、馬車から降りた。風呂敷マントを、翻す。
「止まれ、赤き鼻の同胞たちよ!汝らが求めし通行料、この“漆黒の存在”が聞き届けよう!」
「な、なんだぁ?てめえは」
「だが、その前に問おう!汝ら、その稼業は“儲かって”いるかァ!!」
山賊たちが、ぴたりと止まった。
「……は?」
「儲かっているのかと聞いている!荷の二割、換金の手間、贓品の買い叩かれ、王都警備の巡回リスク!差し引きで、汝ら一人頭の実入りは、いかほどだ!!」
山賊たちは、顔を見合わせた。赤鼻の頭目が、うろたえながら答えた。
「え、えっと……月に、銀貨2枚……いくか、いかねえか……」
「銀貨2枚!?」
叫んだのは、俺ではない。馬車から降りてきた、俺たちの経理である。帳面を、既に開いていた。
「ちょっと待って。十人で山道に張り込んで、月に一人銀貨2枚?宿場の皿洗いが月3枚よ?あなたたち、山賊やって皿洗いに負けてるの!?」
「う、うるせえ!好きでやってんじゃねえ!俺たちゃ元は、北の山裾の村の——」
頭目は、そこで口をつぐんだ。だが、遅かった。
「……村を、出てきた口か」
「ふん。話が早えな、兄ちゃん。……そうさ。畑が急に痩せてよ。獣は増えて、人は減って、なんとなく、居られなくなった。流れて、流れて、気づいたら山賊よ。笑えるだろ」
「「「「…………」」」」
笑えなかった。“なんとなく、居られなくなった”。行商のおっちゃんの言葉と、寸分違わぬ言い回しだった。北の異変は、こういう形で、南の街道にまで滲み出している。
「……なあ、頭目。ひとつ提案がある」
「あ?」
「山賊を、廃業しないか」
「はあ!?て、てめえ、俺たちに飢えて死ねってのか!」
「逆だ。沙耶、例の件を」
経理が、帳面をめくった。ここからは、俺たちの独壇場である。
「王都のギルドの掲示板、来る途中の宿場で写してきたの。“王都近郊、護衛・警備の人手不足。北の警戒への増員につき、経験者優遇”。あなたたち、地形と張り込みのプロでしょ。転職しなさい」
「て、転職ぅ!?」
「山道の見張り十年の経験は、警備業では即戦力よ。月給、下っ端でも銀貨4枚から。皿洗いの上、山賊の倍。……計算、できるわよね?」
「で、でもよ、俺たちゃお尋ね者だぞ」
俺は、隣の経理を親指で示した。
「“赤鼻団、死者ゼロ・強奪は通行料のみ”。この程度なら、被害弁済と登録で減免が利く。ギルドには前例がある……って、うちの知識係が言ってる」
「言った覚えはないけど今降りたわ。事実よ」
「便利なのよね、この連携」
赤鼻の頭目は、口を半開きにして、帳面と沙耶の顔を交互に見た。手下たちが、ざわざわと寄り集まる。
「なあ、姐さん……俺、字ぃ書けねえんだけど、警備の仕事、できるかな」
「読み書きは職場で覚えられるわ。手当も出る制度よ」
「お、俺は膝が悪くてよ、立ち仕事は」
「座りの検問番って枠があるわね。募集要項のここ」
「あんた、なんで山賊の再就職相談にそんなに詳しいんだよ!!」
「経理だからよ」
「経理ってそういう職業だっけ!?」
「あ、頭ぁ……銀貨4枚だってよ……」
「屋根の下で寝れるんだよな……」
「俺、もう岩の上で寝るの、嫌だ……」
「お前ら!!……くっ、だがよ、山賊が今さら堅気になんて、なれるわけが」
「なれる」
口を挟んだのは、ヴィクだった。フードの奥から、静かな声で。
「……居場所を失くした奴が、次の居場所を見つけるのに、遅いも早いもない。——僕の、知り合いにも、いる。そういう奴らが」
「「「「(お前のことでは)」」」」
「(う、うるさい)」
赤鼻団は、その場で解散した。
沙耶が減免の手続き書式を書いてやり(なぜ書けるのかは聞かないでおいた)、頭目は「……あんたら、何なんだ、ほんとに」と繰り返しながら、手下たちを連れて王都へ下っていった。俺たちの馬車が、その行列を追い越す時、頭目が叫んだ。
「おい!名前!あんたらの名前を聞いてなかった!」
「《腐れ縁》!フォルテの、Dランクだ!」
「《腐れ縁》……!覚えたぞ!この恩は、いつか必ず返す!」
「恩なら、真面目に働いて返しな!給金から!」
「経理の返しが手厳しい!!」
馬車が谷を抜けると、御者さんが、呆れ半分、感心半分の顔で言った。
「……長年この街道を走ってるがね。山賊を“転職させた”護衛は、初めて見たよ」
「戦うより、安いので」
「経費の話なのかい、今の」
「買い取った武器も、王都で売れば路銀の足しになるわ」
「ちゃっかりしてるねえ!」
なお隼人は、山賊の年季物の剣を検分して「これ、磨けば銀貨1枚にはなる」と三本買い取っていた。転んでも、否、転ばせてもただでは起きないのが、俺たちである。
——その晩、宿の寝床で、俺はふと考えた。
北から滲み出したものが、村を痩せさせ、人を流し、山賊を生んだ。俺たちは今日、その末端をひとつ、拾って繋ぎ直した。……だが、元栓は、まだ北にある。
「(……考え事は、禁止)」
「(ひなた。寝ながら人の思考を読むな)」
「(かんがえてるかおは、おなかがすくかお)」
「(初耳の理論だが、一理ある気がしてきた)」
王都まで、あと一日。




