第48話 乗合馬車は五人乗り
出立の前夜、荷物の最終査察が行われた。検査官は、経理である。
「圭吾。この“儀式用蝋燭一式”は置いていきなさい。旅装の重量規定オーバーよ」
「旅先の宿で魂を清める用だが!?」
「湯で清めなさい。隼人、この空袋の束は何」
「王都で仕入れる用。商機ってのは袋の数だけ拾えるんだよ」
「三枚まで。ひなた、非常食が旅嚢の八割を占めてるんだけど」
「ぜんぶ、ひつじゅひん」
「半分は置いていく。で、ヴィク。あなたの荷物は……あら、優秀ね。無駄がない」
「旅は、五年やってる。……ただ、その、ひとつだけ、規定を聞きたい。“甘いの”は、荷物の何割まで、許される」
「二割まで」
「に、二割……即答できるのか、そこは」
「ひなたで鍛えられてるのよ、私たちの規定は」
——出立の朝は、快晴だった。
東門には、見送りが集まっていた。リタさん(胃薬の注文書持参)、ブロム棟梁(家の鍵預かり)、コタ(冷蔵庫の番人)、じいさんと新人三人組(観測当番)、そして非番のヘクトルさんまで、腕を組んで立っていた。
「教官まで。わざわざ見送りですか」
「か、勘違いするな。巡回のついでだ。……王都は、フォルテとは勝手が違う。貴様らの流儀は、あちらでは通じんこともある。……気をつけて行け」
「教官、それ、心配って言うんですよ」
「言わん!!行ってこい、馬鹿ども!!」
素直になれない男の見送りは、これで最大級である。
「けいごさまー!おみやげー!」
「教会の子たちまで来たか。よし、王都の土産話を三百ほど仕入れてこよう」
「「「くちじょうずのざこー!!」」」
「その二つ名で送り出すな!!」
乗合馬車は、六人乗りの幌馬車だった。
俺たちの五人と、相席がひとり。恰幅のいい、商人風のおばちゃんである。
「あらあら、賑やかな一行だねえ。王都かい?」
「ええ。総本部に呼ばれまして」
「呼ばれ……あんたたち、まさか例の《腐れ縁》かい!聞いてるよ!パンで狼を落とすんだろう!」
「「「「(それもう大陸中に広がってないか)」」」」
噂の伝達速度は、馬車より速い。おばちゃんは王都で小間物屋を営んでいるそうで、道中の話し相手には最適の、生きた王都案内だった。
「王都はねえ、とにかく“区”で覚えるんだよ。北の貴族区、東の職人区、南の市場区、西の学問区。真ん中に王城と、大聖堂」
「大聖堂……サンサーラ教の本山ですね」
「そうさ。年がら年中、巡礼で混んでてね。ああ、あんたたち総本部なら学問区の隣だ。書庫も近いよ」
「書庫!」
「市場区は!」
「食堂街は!」
「はいはい、順番にね」
おばちゃんの王都講座を聞くうち、馬車は最初の宿場に着いた。旅程は六日。宿場を五つ乗り継ぐ、のんびりした旅である。
——のんびり、で済むはずだった。二日目までは。
三日目の昼。馬車が、街道の真ん中で停まった。
御者さんが、前方を見て、舌打ちする。
「……検問だ。珍しいな、こんな街道の真ん中で」
見れば、道を塞ぐように木の柵が置かれ、槍を持った兵が数人、立っていた。フォルテの門番とは装備が違う。胸当てに、見知らぬ紋章。
「王都の兵、ですか?」
「いや……ありゃ、この辺りを治めるトルーカ男爵の私兵だね。……嫌だね、田舎領主の検問は。難癖の名所だよ」
馬車の中の空気が、少しだけ張り詰めた。俺の隣で、フードの小柄な影が、静かに硬くなる。
「(……ヴィク。落ち着け)」
「(お、落ち着いてる)」
「(手が短剣に伸びてるぞ)」
「(……癖だ)」
検問の兵は、幌をめくって、順番に中を検めた。商人のおばちゃんの荷、御者の通行証、そして俺たちの番になった。
「冒険者か。全員、認識票を出せ」
Dランクの認識票を、順に見せる。兵の目が、俺の票の裏の記載で止まった。
「……【変態紳士の加護】?」
「正式登録です」
「ふざけた名の加護だな。……ん?待て。《腐れ縁》……聞いたことがあるな。ああ、あれか、氾濫の」
「はい。その節は」
「で、そこのフードは何だ」
来た。
兵の視線が、ヴィクに刺さった。認識票のない、フードを目深に被った小柄な同行者。難癖の名所で、これほど格好の的もない。
「フードを取れ。顔を検める」
ヴィクの肩が、強張った。フードの下には、紫の髪。この辺りで紫の髪が何を意味するかは知らないが、目立つことだけは、間違いない。
俺は、口を開いた。
「兵士さん。それは、できかねる」
「なんだと?」
「この者は、我が“眷属”。ではなく、分かりやすく言おう。ギルドの規定でいう“被保護同行者”です。氾濫で家を失い、心に傷を負った。人前で顔をさらせない。……ギルド総本部の招聘状に、同行者の記載があります。ご確認を」
差し出したのは、例の金の封蝋の書状である。三枚目の隅には、沙耶が出立前に総本部へ問い合わせて追記させた“同行者一名”の一文がある。俺たちの経理は、こういう時のために書類を完璧にするのである。
兵は、金の封蝋と、総本部の紋章と、俺たちの顔を順番に見た。田舎の私兵にとって、総本部の紋章は、男爵の紋章より重い。
「……っ、通れ。行け」
「ご苦労さまです」
馬車が、柵を抜ける。しばらく走って、検問が見えなくなった頃——ヴィクが、長い長い息を吐いた。
「……助かった。……その、悪かった。僕のせいで、危うく」
「なんの。書類の勝利だ。礼なら経理に」
「言ったでしょ、ヴィク。“書類は、裏切らない”の。裏切るのは大抵、書類を舐めた人間の方」
「経理の格言、今日も渋い」
商人のおばちゃんは、一部始終を見ていて、にやりと笑った。
「……あんたたち、いい仲間だねえ」
「「「「仲間じゃなくて腐れ縁です(なかまだよ)(監視対象だ)」」」」
「返事がばらばらなのも、いい仲間の証拠さね」
検問の緊張がほどけた車内では、おばちゃんの王都講座・食物編が開講されていた。
「市場区で外しちゃいけないのはね、まず“焼き腸詰め横丁”。それと大聖堂裏の“蜂蜜堂”。ここの蜜がけ揚げ菓子は、王都一だよ」
「はちみつどう」
「みつがけあげがし」
荷台の隅で、二つの声が、同時に反応した。大食いと甘党である。ひなたは食レポ帳(新調した)に店名を書き付け、ヴィクはフードの奥で書き付けるひなたの帳面を、こっそり覗き込んでいた。
「……ヴィク。自分の帳面に書けばいいだろ」
「ぼ、僕は別に、興味など……場所だけ、一応、監視対象の行動予測のために……」
「蜂蜜堂の行だけ二重線で強調されてるぞ、お前の日誌」
「見るな!!」
——その晩の宿場で、ヴィクは珍しく、自分から俺たちの卓に着いた。
そして、もっと珍しいことに、自分から口を開いた。
「……王都に着く前に、言っておく。さっきみたいなことは、王都では、もっと増える。検問、目、詮索。……僕がいると、お前たちの旅は、確実に面倒になる」
「だろうな」
「即答するな。……それでも、連れて行くのか」
「即答しよう。——連れて行く」
「「「ん(ええ)(おう)」」」
ヴィクは、俺たちの顔を順番に見て、それから、諦めたように、ふっと笑った。
「……お前たちのそういうところ、本当に、どうかしてる」
「今さらだな」
「今さらね」
「ん。いまさら」
窓の外、街道の先の空に、うっすらと、大きな街の灯りが滲んで見えた。
王都ヴェルナまで、あと三日である。




