第47話 招待状は金の封蝋
その手紙は、リタさんが両手で捧げ持ってきた。
「来ました……!皆さん、来ましたよ!王都から、正式なやつが!!」
円卓に置かれたのは、上質な羊皮紙の封筒だった。捺された封蝋は、金色。ギルド総本部の紋章である。ロズリンさんの言っていた“招待”が、一か月越しに届いたのだ。
「開けるぞ。……ふっ、我が漆黒の指が、王都の封を破る」
「破らないでよ、綺麗に開けて。記念に取っておくんだから」
「経理は封筒まで資産計上するのか」
中身は、三枚。読み上げは、沙耶が担当した。
「一枚目。“パーティ《腐れ縁》を、王都ヴェルナのギルド総本部に招聘する。目的、絆値測定不能事例の特別検分、および、Cランク特例昇級の審査”」
「「「「Cランク!!」」」」
「二枚目。“滞在中の宿舎および食事は総本部が用意する”」
「「「「タダ飯!!」」」」
「三枚目。“往路の乗合馬車の手配は……各自”」
「「「「そこは自腹なんだ」」」」
「お役所仕事って、異世界でもこうなのね」
——夜、円卓会議が開かれた。議題「王都、行くか行かないか」。
もっとも、議論の余地は、あまりなかった。
「大書庫。総本部の資料室。行かない選択肢が、私にはないわ」
「王都の市場。大陸中の商品。相場の差額。行かない選択肢が、俺にはない」
「おうとの、めしや。ぜんぶ」
「王都……!王の都……!大聖堂、旧市街、そして王城の地下に眠るという古の遺構!行くに決まっている!!」
満場一致。所要は片道六日、滞在含めてひと月弱の旅になる。家を買って以来、初めての長期遠征である。
そして、円卓の隅の監視者が、じっと黙っていた。
「……ヴィク。お前は、どうする」
全員の視線が集まる。ヴィクは、膝の上で拳を握って、しばらく黙っていた。
「王都には、教会の本山がある」
「ああ」
「人も多い。目も多い。憲兵も、貴族も、……“目端の利く連中”も。僕みたいなフード頭には、大陸でいちばん息のしにくい街だ。……前に、そう言ったよな」
「言ったな」
「…………でも」
ヴィクは、顔を上げた。フードの奥の金の瞳が、順番に、俺たちを見た。
「監視対象が五人……じゃない、四人まとめて移動するんだ。監視者が残ったら、職務放棄だろ。……そ、それに、留守番なんて、その、暇だし。だから——」
「「「「一緒に行こうぜ(ましょ)(ん)(我が眷属よ)」」」」
「まで言わせろ!!僕の決意の場面だぞ、今の!!」
「長かったんだもの、前置き」
「安心しろ、ヴィク。人混みでは俺たちがお前の周りを固める。フードの奥を詮索しない連中の壁は、なかなか快適だぞ」
「……ふん。せいぜい、壁として役に立て」
素直じゃない返事と裏腹に、ヴィクの肩から、力が抜けたのが分かった。
「じゃ、決まりね。出発は五日後。それまでにやることを整理するわよ」
沙耶が、帳面を開いた。議題は、山積みだった。
一、留守中の家の管理。
二、観測当番の代行。
三、旅装と路銀の算段。
四、リタさんへの挨拶と、依頼の整理。
「五、大鎌の購入」
「議題に混ぜないの」
「王都の武具屋なら、漆黒の大鎌が置いてある」
「五、却下。以上」
「早いんだよ、議事進行が!!聞け!!王都の武具屋には、フォルテの武具屋にはない“本物”があるはずなんだ!!漆黒の、柄の長い、刃がこう、三日月形のやつが!!」
「銀貨20枚の観賞用に振られた男が、王都で金貨の観賞用に振られるだけよ」
「振られる前提で話を進めるな!!……ちなみにヴィク、魔族的に大鎌はどうなんだ。浪漫だろう」
「僕に振るな。……ま、まあ、実用性はともかく、見た目は、その……わ、悪くないとは、思う」
「聞いたか!!本物のお墨付きが出たぞ!!」
「本物を審美眼に使うんじゃないの」
——翌日から、出立準備が始まった。
まず、家の管理である。ブロム棟梁が「見回りついでに屋根の点検もしといてやる」と請け負ってくれた。庭の物置には、コタが「ひなたさんの冷蔵庫は、俺が命に代えても守ります!!」と通いの番人を志願した(冷蔵庫の中身は空にしていくのだが、言わないでおいた)。
観測当番は、じいさんと、例の新人三人組が引き継いだ。
「いいか、新人諸君。観測日誌の書式は、この通り。靄の高さ、風向き、月齢、その他もろもろだ」
「監視長さん、この“朝飯の味”の欄は」
「……そ、それも立派な観測項目だ。書け」
「私たちの書式が完全に我が家仕様なのよ」
そしてリタさんは、餞別にと、書類の束をくれた。
「王都のギルド総本部への、紹介状と……あと、これ、私の個人的なお願いなんですけど」
「なんです?」
「総本部の売店にしか売ってない“胃薬”があるんです。よく効くって有名で。……買ってきてもらえますか。ひと瓶……いえ、三瓶」
「リタさんの胃、そんなに」
「誰のせいだと思ってますか?」
「「「「すみませんでした」」」」
リタさんは咳払いして、それから、手書きの紙を一枚、差し出した。
「あと、これ。“王都で《腐れ縁》がやらかしそうなことリスト”です。道中で読んで、全部、回避してください」
『一、総本部で加護の名称を大声で名乗る。二、貴族に値切り交渉。三、備品の破壊(特に測定器)。四、賭け事の胴元。五、屋台の食い尽くし』
「「「「(心当たりしかない)」」」」
「回避、できますね?」
「「「「善処します」」」」
「善処って言った人から順に信用しません」
出立前日には、家の戸締まりが行われた。
窓に板、竈に灰、冷蔵庫は空に(コタが管理)。そして地下室の扉に、俺は、封印の札(自作)を貼った。
「““漆黒の間、封印中。開けし者に千の呪いあれ””……あんた、食料庫に何を貼ってるの」
「防犯だ。呪いの札は、鍵より安い」
「ブロム棟梁が見回りで開けるわよ、普通に」
「棟梁には解呪の言葉を伝えてある。“ガッハッハ”だ」
「解呪が雑!!」
——出立前夜。
荷造りを終えた俺は、屋根の上(修繕済み)に登って、夜のフォルテを眺めた。
ギルドの灯り。湯屋の煙突。西の丘の、静かな穴。二か月と少し前、無一文で門をくぐった街が、いつの間にか「帰ってくる場所」になっている。
「先客がいたか、屋根の上」
隣に、音もなく小柄な影が降りた。我が眷属である。
「お前こそ。荷造りは済んだのか」
「済んだ。……甘いのの備蓄も、済んだ」
「準備の優先度がお前らしいよ」
しばらく、二人で夜景を見た。ヴィクが、ぽつりと言った。
「……この街は、いい街だ。詮索しないし、飯がうまいし、屋根が走りやすい」
「最後のは初めて聞く評価基準だな」
「王都は、そうじゃない。……圭吾。ひとつだけ、約束しろ」
「内容による」
「僕が王都で、もし……もし“まずいこと”になったら。お前たちは、僕を知らないと言え。それだけで、いい」
夜風が、フードの端を揺らした。俺は、少し考えて、答えた。
「——断る」
「な……っ」
「俺たちの家訓を教えてやろう。“見捨てて生き延びるを選んだら、俺たちは俺たちじゃなくなる”。……氾濫の朝に、喧嘩までして決めた家訓だ。曲げる気はない」
「〜〜〜っ、お前たちは、本当に、どうして……!」
「それに、だ。忘れたか、我が眷属よ。眷属の不始末は、主の不始末。お前が“まずいこと”になったら、俺が出る。漆黒の名にかけてな」
「……………………ばか」
小さな声は、夜風に半分溶けた。溶けたが、俺の耳は拾った。拾ったことは、言わないでおいた。
明朝、出立である。
行き先は王都ヴェルナ。片道六日の、初めての大旅行。
腐れ縁四人と、監視者一人の旅が、始まる。




