第46話 リベンジは丼の中
フォルテ迷宮、完全復興。
それを祝う「復興祭」が、大通りで開かれることになった。収穫祭ほどの規模ではないが、屋台が並び、楽師が出て、そして広場の特設舞台に、見覚えのある看板が掲げられた。
『復興祭名物ォ!大食い大会ァ!優勝賞金、銀貨3枚!』
司会は、もちろんブロム棟梁である。そして、出場受付の列の先頭に、燃える瞳の犬耳が、いた。
「コタだ」
「コタね」
「ん。コタだ」
コタは、受付台に拳を叩きつけ(やさしく)、宣言した。
「今日この日のために、俺は食い込みを鍛え直してきた!!ひなたさん!!俺と、再戦してください!!」
「ん。いいよ」
「そして、もし……もしも俺が勝ったら!その、お、俺と——い、一日、屋台を、一緒に……!!」
「……?ん。いいよ」
「軽っ!?承諾が軽い!?」
「(あいつ、賭けの重さが伝わってないぞ)」
「(ひなたにとっては“ごはんの約束”だもの。むしろ負けても付いてきそう)」
「(それを言ったらあの青年の特訓が全部無駄になるから黙っときな)」
ちなみに開始前、ブロム棟梁は、よその胴元の賭け板に張り付いていた。
『ひなた優勝: 1.01倍』『コタ、十杯超え: 3倍』『コタ、勝利: 151倍』
「151倍!?おい棟梁、俺の勝ちの目、ないと思われてんのか!?」
「ガッハッハ!夢は買うもんだ、兄ちゃん!ちなみにわしはお前さんの“十杯超え”に大枚張っとる!励め!!」
「励むけども!!応援の形が賭けなんだよなあ!!」
——大会は、十二人で争われた。
ルールは前回と同じ、制限時間内のボア丼勝負。俺は今回、実況席に招かれていた。復興祭の実行委員の指名である。人選を疑う。
「さあ始まりました復興祭大食い決戦!!実況はわたくし、漆黒の実況者・圭吾!!見よ、十二の胃袋が今、深淵の丼と対峙する!!」
「実況が既にうるさい!!」
「三丼目に突入したのは犬耳の挑戦者コタ!!速い!!前回の彼とは別人だ!!その瞳に宿るは飢え、否、恋!!」
「個人情報を実況に乗せるな!!」
コタは、強かった。前回八杯で沈んだ男が、十杯を超えても箸が止まらない。特訓は、嘘ではなかったらしい。会場が沸く。
だが。
「見よ、挑戦者の箸の疾さ!!あれぞ恋の霊圧!!丼という名の試練の淵より、彼は今、立ち上がらんとしている!!深淵より来たりて丼に至る、その名はコタ!!」
「実況が勝手に二つ名をつけるな!!」
「一方こちらは王者ひなた!!……おおっと、これは!?王者、十五杯目にして、“おかわりの前に、丼を積み直して塔の美観を整えている”ゥゥ!!余裕!!圧倒的余裕!!」
「たわー、くずれると、あぶないから」
「安全管理までするな!!食え!!」
結果。
ひなた、二十九杯(自己記録更新)。コタ、十七杯で撃沈。
会場割れんばかりの拍手の中、犬耳の挑戦者は、丼の谷に突っ伏していた。
「ま……まただ……また、届かなかった……」
「コタ」
ひなたが、ぽてぽてと歩み寄り、突っ伏した犬耳の頭の横に、しゃがんだ。
「じゅうななはい。まえより、きゅうはい、つよくなってた」
「ひ、ひなたさん……」
「たべっぷりも、きれいだった。ぜんぶ、のこさず、たいせつにたべてた。——えらい」
「…………っ」
「だから、ごほうび」
ひなたは、優勝賞金の袋から銀貨を一枚つまんで、コタの手に、ちん、と載せた。
「これで、やたい、いっしょにまわろ。きょう」
「え」
「かったひとが、おごる。それが、たべともの、れいぎ」
会場が、どよめいた。実況席の俺は、務めを果たした。
「勝者からの逆指名だァァ!!賭けの条件は敗者側の勝利条件!!しかし食い倒れの女王は言った、“奢るのは勝者”と!!つまりこれは、デートか!?デートなのか!?」
「「デートじゃない(ちがうよ)!!」」
「片方は否定の意味が違うんだよなあ……」
というわけで、その日の午後、フォルテの屋台通りに、犬耳の青年と小柄な少女の二人連れが現れた。
なお、その後方十五歩には、物陰から見守る保護者面の三人組(+監視者)がいた。
「(尾行はやめましょうって言ったの、誰だったかしら)」
「(お前も全力で付いてきてるだろうが)」
「(ち、違うぞ。僕は監視者として、構成員の交友関係を把握する義務が)」
「(はいはい義務義務)」
二人は、串焼きを食い、揚げ芋を食い、果実水を飲み、焼き菓子を食った。会話は九割が「うまい」「ん。うまい」だった。だがコタの尻尾は、終始、千切れそうなほど振れていた。
そして、屋台通りのおやじたちは、全員が、事情を知っていた。
「おっ、コタ!ついにか!ほれ、串、二本おまけだ!」
「大将、声がでかい!!」
「嬢ちゃん!この芋はな、コタが今朝、“今日は特別いいのを”って予約してった芋だぞ!」
「おやじさん!!それは言わない約束で!!」
「ん。……よやくの、いも」
「ひなたさん、違うんです、これはその、下心とかではなく、いや下心もありますけど!」
「おいしい。よやく、えらい」
「(通りのおやじ全員がコタの恋を応援してるの、この街らしいわね)」
「(外堀から埋まる恋だな)」
「(……あれで、いいのか?会話、成立してるのか?)」
「(ヴィク。あれがいいんだ。あいつにとって“一緒にうまい飯を食える相手”ってのは、たぶん、最上位の枠なんだよ)」
「(人間の求愛は、複雑だな……)」
「(お前も甘いの一つで陥落したろ)」
「(か、陥落してない!!)」
——夕暮れ。屋台通りの端で、コタは深々と頭を下げていた。
「今日は、その、ありがとうございました!!俺、また鍛えて、挑戦します!!」
「ん。まってる」
「あと、これ!途中の屋台で、こっそり買っておいたんですけど……蜂蜜がけの、揚げ菓子です!ひなたさん、さっき三回見てたから!」
「!!」
ひなたの目が、まん丸になった。それから、袋を両手で受け取って、ふにゃ、と笑った。
「……コタ、みどころ、ある」
「!!!!生きててよかった!!!!」
「(見てるものに気づいて、黙って買っておく。……あの青年、恋の基礎がちゃんとしてるわね)」
「(どこかの誰かたちに聞かせたい台詞だわ)」
「(なぜ全員こっちを見る)」
夕方の解散間際、賭け板の精算があった。
「“コタ、十杯超え”、的中!!払い戻しだ、ガッハッハ!!」
「よっしゃ!!……って、あれ。棟梁、俺も張ってたよな、それ」
「おう、隼人の兄ちゃんは“コタ、十五杯超え”に張っとったな。十七杯。大的中よ!!」
「「「賭けてたの!?」」」
「応援だよ、応援。金のかかった、な」
「あんたの応援、いつも金がかかってるのよ」
なお配当は、沙耶により全額回収され、「コタ君応援基金(次回の特訓の飯代)」として帳簿に計上された。俺たちの経理は、恋にも複式簿記で参戦する。
——祭りの帰り道。
戦利品の袋を抱えたひなたが、ぽつりと言った。
「きょうの、コタ。たべともから、“ともだち”に、しょうかく」
「ほう。昇格制度があったのか」
「ん。つぎは、なんだろうね」
「本人の前でそれを言うなよ。心臓が保たん」
恋の行方は、まだ丼の中である。だが、九杯ぶんの前進ではあった。幸あれ、犬耳の挑戦者。
なお、翌朝、我が家の冷蔵庫から蜂蜜がけ揚げ菓子がひとつ消えており(ひなた本人が夜食に食べた疑いが濃厚)、なぜか聞かれてもいないうちの眷属が「ぼ、僕じゃないからな!!」と全力で無関係を主張した。疑われるのは、日頃の甘いの専用棚のせいである。




