↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆値、測定不能。〜親友4人でまとめて異世界転生〜  作者: ある


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/172

第42話 監視長の観測日誌

夜明け前の西の丘に、五つの影があった。


「時刻、夜明け前。天候、晴れ。風、北西より弱く。月齢、十九」


岩の上で、ヴィクが観測日誌を広げ、羽根ペンを走らせる。淀みの定点観測、本日は五日に一度の「全員当番」の日である。


「靄の高さは、目測で。おい、圭吾。目測」


「うむ。我が千里の眼が観測する。穴の上、靄の高さ……およそ、大人三人ぶん。色は白。禍々しさ、なし」


「“大人三人ぶん”……せめて単位で言え。ええと、約三身長……」


「日誌の単位が“身長”なのも、大概だと思うがな」


観測日誌は、監視長ヴィクの決めた本格仕様である。異常の有無、靄の高さ、風向き、月齢。当番は日替わり。そして、判明したことがある。当番ごとに、日誌の書き味がまるで違うのだ。


圭吾の回: 『靄、静謐。世界は今宵も闇の腕の中』(却下され、書き直しを命じられた)


隼人の回: 『異常なし。眠い。手当を要求する』(却下された)


ひなたの回: 『いじょうなし。よあけのやたいの、パンのにおい、よし』(なぜか採用された)


沙耶の回だけが、まともだった。まともすぎて、ヴィクの書式より詳しくなり、監視長が対抗心を燃やして書式を改訂した。俺たちの家には、几帳面が二人いる。


「……ん。今日も、異常なし。ただ」


ヴィクの羽根ペンが、少しだけ止まった。


「先週より、靄が……ほんの少し、高い気がする」


「気がする、の範囲か?」


「範囲だ。誤差かもしれない。……でも、記録はする。気のせいは、積もると気のせいじゃなくなるからな」


「監視長は、真面目だなあ」


「当番制にしたのは、お前たちだろ」


日誌の隅に、小さな字で『靄、微増?(要継続観察)』と書き込まれた。夜明けの光の中では、それはただの、几帳面な備考だった。


観測を終えた帰り道は、夜明けの屋台で朝飯を買うのが、当番の役得である。ひなたの日誌の『パンのにおい、よし』は、つまりこれの事だ。


「おっちゃん。やきたて、五つ」


「あいよ!観測ご苦労さん!嬢ちゃんには、おまけだ」


「ん。……えらいひと」


「屋台のおやじを偉い人認定するな。……いや、偉いな。うん」


さて。本日はもうひとつ、大きな行事がある。


迷宮の、再開である。


氾濫から一か月あまり。調査と安全確認を終えたフォルテ迷宮が、今日から冒険者に開放されるのだ。ギルドの掲示板には、再開記念の依頼がずらりと並んでいた。


「『浅層の魔石採集。再開記念につき買い取り二割増』。いいわね、リハビリにちょうどいいわ」


「ちなみにヴィク。お前も来るか?迷宮」


「……行く」


即答だった。それから、慌てて付け足した。


「か、監視のためだ。あの穴の底がどうなったか、この目で確かめる義務がある」


「はいはい。義務義務」


——迷宮の一層は、見違えていた。


湧きは平常値。魔素は清浄。通路の光る苔が、心なしか明るい。検問の職員も、心なしか誇らしげである。


「おう、《腐れ縁》!待ってたぞ、うちの英雄!」


「その呼び方はやめてくれと、何度も」


「じゃあ“くちじょうずのざこ”の方で」


「戻して!英雄に戻して!」


一層の魔物は、スライムとコボルトがぽつぽつ。黒パンと隼人の通常営業で、魔石が順調に袋に溜まっていく。ヴィクは俺たちの後ろを歩きながら、通路の壁を、時折、指先でなぞっていた。


「……綺麗になってる。魔素の流れが、まっすぐだ。……あの“芯”を砕いたのが、よっぽど効いたんだな」


「そういうものか」


「そういうものだ。淀みは、流れが滞るから溜まる。流れてる水は、腐らない。今のこの迷宮は、いい迷宮だ」


「監視長のお墨付きが出たぞ、お前ら」


「ん。じゃあ、おひるにしよ」


「迷宮でお昼を広げるパーティ、私たちくらいよ」


「言っておくが、これも観測の一環だ。……魔素の綺麗な場所の飯は、うまい。まずい場所の飯は、まずい。つまり昼飯の味は、立派な観測記録になる」


「監視長、それは屁理屈では」


「ん。きょうの、あじ——“よし”」


「観測係が二人になった」


「ちなみに、ん。ヴィクは、いつも、うっすら“まほうのにおい”が、する」


「ぼ、僕の観測はしなくていい!!」


「魔法の匂い?……お前、何か魔道具でも持ってるのか」


「た、旅の護符だ。詮索するな」


早口だった。詮索しない主義なので、しなかった。しなかったが、観測日誌の隅に、俺の頭が勝手に一行、書き足した。“監視長、常時、魔法の匂い(要継続観察)”。


——二層の広間で、昼食になった。ひなた特製の芋餅と、冷蔵庫で冷やした果実水である。文明の味がした。


と、その時。広間の入り口から、遠慮がちな声がした。


「あ、あのー……《腐れ縁》の皆さん、ですよね」


見れば、若い冒険者の三人組だった。真新しい装備。おろしたての革鎧。どう見ても、登録したての新人である。


「再開初日から潜るなんて、命知らずだな。……ん?その顔、どこかで」


「お、覚えててくれたんですか!俺たち、氾濫の時に避難誘導を手伝ってて」


「ああ!門のところの!荷車を押してた!」


聞けば、氾濫の騒動で冒険者に憧れて、先週登録したのだという。フォルテの氾濫は、あの夜、こういう芽も残していたらしい。


と、和んだ直後である。新人たちの背後の通路から、コボルトが三体、のそりと現れた。


「ひっ!か、囲まれ」


「慌てるな。いい機会だ、見ていろ。俺たちの流儀の講習会と行こう」


実演は、十秒で終わった。ひなたの黒パンが一体目の眉間を撃ち、隼人が二体目を峰で転がし、三体目は俺が“影揺らし”で足元に目を落とさせた隙に、また黒パン。魔石が三つ、ころんと転がった。


「じゅ、十秒……し、しかもパンで……」


「いいか、新人諸君。講習その一。“武器は硬ければ何でもいい”」


「その二。“詠唱は自由。ただし九割九分は飾り”」


「その三。“危険度・低を信用するな”」


「「「最後だけ真剣な声!!」」」


最後のは、家訓なので。


「それで、その、あの……握手して、もらえませんか!俺たち、《腐れ縁》みたいなパーティになりたくて!」


「「「「やめておけ(なさい)」」」」


「即答!?」


「憧れる先を間違えている。俺たちを目指すと、台帳が汚れて、備考欄が埋まって、住所が“くちじょうずのざこ通り”になるぞ」


「な、なんですかその末路」


「実話なのが怖いでしょう」


とはいえ、悪い気はしない。俺たちは新人たちに、一層の安全な狩場と、黒パンの武器としての運用法(悪用注意)と、「危険度・低を信用するな」といううちの家訓を授けて、見送った。


「……先輩っぽかったわね、今の私たち」


「先輩に、なっちまったんだよなあ。もう」


「ん。せんぱい」


「ふ……いいだろう。ならば俺は今日から“漆黒の先輩”——」


「それが台帳に載る前に帰るわよ」


「ちなみに新人諸君、最後にひとつ。俺たちに憧れるのは自由だが、真似をするなら、まず“十年、同じ連中と喧嘩し続ける”ところから始めたまえ」


「「「気が遠くなる修行だ……」」」


「一番の必須科目なんだ、それが」


——夕方。魔石の袋を換金し(二割増はありがたい)、帰り道の丘で、ヴィクがもう一度だけ、西の穴を振り返った。


夕焼けの中、靄は白く、細く、まっすぐに立ち上っていた。


「……なあ、圭吾」


「ん?」


「あの岩場の、小さい淀み。……ああいうのが“なんで、あんな場所に出来たのか”。お前、考えたことあるか」


「そりゃあ、まあ。考えなかったと言えば、嘘になるな」


「……僕は、ずっと考えてる。淀みは、流れが滞った場所に溜まる。なら、大陸のあちこちで、同時に、流れが滞り始めてるんだとしたら。それは、もう」


ヴィクは、そこで言葉を切った。フードの奥の金の瞳が、夕日で揺れた。


「——いや。今のは、忘れろ。観測が足りないうちに結論を言うのは、三流のやることだ」


「監視長は、今日も真面目だ」


「茶化すな。……ほら、帰るぞ。今日は僕が、日誌の清書をする日だ」


——その夜。井戸端で、恒例になりつつある問答が、あった。


「時に我が眷属よ。お前のその篭手……“封印されしもの”の調子は、今宵、どうだ」


「ふ。問われたからには、答えよう。——“封印の篭手”は、今宵も、沈黙を保っている。……保っていてもらわねば、困る」


「ほう。“血に眠る古の力”は、月夜に疼くというが」


「疼かせない。そのための、篭手だからな」


「ふはは、良い設定だ!!今夜も実に、良い夜である!!」


「せ、設定………ん。まあ、そういうことに、しておいてやる」


「(あの二人、井戸端で何やってるの、毎晩)」


「(ん。“ごっこ”。たのしそう)」


俺たちの眷属は、俺の中二に、妙に息の合った相槌を打つ。話が通じる同志は、得がたいのである。


帰り道、ヴィクの旅袋の中で、観測日誌が、かさりと鳴った。


『靄、微増?(要継続観察)』


その一行が意味を持つのは、まだ、少し先の話である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。